第3話 喫茶店

店内に入ると、大桜は手をあげて私を呼んだ。


「珍しいものが結構あると評判の店だよ。食べ物も、文字通りも」


 たしかに雑貨が山のように並んでいる。しかも、飲食店では珍しいがお香を焚いているようだ。不思議なにおいだが心地のいい香りだ。何の匂いだろう。桂皮シナモンの香りは感じられるが、それだけではない。私はしばらく鼻を動かしていたが(ほかの犬の縄張りに足を踏み入れた犬のように見えただろう)、その匂いの真相をかぎ分けることは出来なかった。


 店内の奥には沢山のろうそくが並んでいた。灯がともっているものはなかったが、色とりどりで大変美しかった。中には不思議な形のものもあった。それはどう見ても人間の手であった。さらに蝋でできた手のひらの上にガラスでできた蜂の置物が鎮座し、指はそれを囲うように折り曲げられている。まるで牢屋のようだ。もしくはブランデーグラスを不意に取り上げられた石原裕次郎の手。これはろうそくが主役なのだろうか。それとも蜂を美しく見せるための装飾なのだろうか。


 私がこのように思考の海を漂っていると、背後に気配を感じた。振り返るとそこには白いシャツに、サスペンダーを付けた人物がたっていた。


 正直驚いた。それはその人物がふいに立っていたからではない。その人物の顔があまりにも左右均等だったからだ。通常人間の顔というのは、どんなに整っている人であっても左右で違いがある。しかし、その人物は不自然なほどに左右均等だった。


「お食事のご用意が出来ましたよ」


 その人物は微笑みながらそう言うと、私を席へ座るよう促した。

 おそらく彼が店主なんだろう。


 席に座ると、カウンターテーブルには二人分のモンブランがお行儀よく私を待っていた。


「ずいぶん集中していたね」


 大桜はそういうと自分の前に置かれているモンブランにフォークを入れて口に運んだ。


「不思議な形のろうそくがあってね」


 そういうと私もそのモンブランを口に運んだ。

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