バニラアイスを食べるのに最良の日
バニラアイスを食べるのに最良の日には、2種類ある。耐えられないほどの暑い日と、どうにもならない夜である。
ひどく寒い日に炬燵でアイスを食うのは、その次に良いと言える。まあ、とにかく何が言いたいかというと、僕はバニラアイスが大好きなのだ。
そして今日はひどく寒い夜で、そして、どうにもならない夜であった。
コンビニで買ったカップのバニラアイスを一口食べる。とても甘い。僕は自分を慰める。あれは仕方のなかったことで、誰も予想し得なかったし、自然の流れでそうなったのだ、と。
僕は昔から人とうまくコミュニケーションを取ることができなかった。どうしてだろう。わからない。ただ、人と話すという段になると、言葉が頭の中から一切消え失せてしまうのだ。
そんなわけで、僕は友達も少なく、当然恋人もいないのだった。そして、僕はどんどん暗い性格になり、夜に突然涙が止まらないこともあった。
そうしたコミュニケーション不足も影響したのだろう、今日は仕事でミスを連発し、上司から散々怒られた。人生で怒られた経験は数多くあるが、その中でもトップクラスに入るくらい、怒られた。大人になっても怒られるのだなと思った。小学生の頃は、大人になれば誰からも怒られないものだと思っていたのに。
まあ、そうした事情があり、今日はひどく落ち込んでいるのだ。ため息を何度もつき、部屋の二酸化炭素濃度は致死量に達しつつあった。僕は気分転換をする必要があると思った。そこでコンビニへ行き、好きなバニラアイスを買ったのだ。
バニラアイスにスプーンを入れる。この瞬間がとてもたまらない。僕はそれを口に運ぶ。冷たさと、甘さが口の中に広がる。これほど素敵な時間はない。
好きなロックミュージックをかけながら、僕はアイスを食べ続けた。
少し経って、僕は何かがおかしいと思った。何かがおかしい。何か、異変が起きている。僕はそれにすぐには気づくことができなかった。しかし、ようやく思い至った。
アイスが減っていないのだ。何度スプーンを入れても、次の瞬間には、元通りになっている。その元通りになっている瞬間は、なぜか視認することができない。じっとアイスを見ていても、瞬きをしている間に元に戻ってしまうのだ。
そしてもう一つ疑問があった。どうして僕はその異変にすぐ気づけなかったのだろうか。これはおかしなことだ。アイスが減っていないことくらい、普通の人ならばすぐに気づけるだろう。しかし、僕はしばらくしてから、この異変に気がついた。どうしてだ。僕はおかしくなってしまったのか。
でも、僕は同時に、こうも思っていた。
それはそれでいいか。
減らないアイス。この世に一つくらい、そんなアイスがあってもいいじゃないか。考えることに疲れ果てた僕は、そう思った。
このアイスがあれば、いろんな人と一緒にこの楽しさを共有できる。
僕はそう思い、前から気になっていた女性の家に行くことにした。
彼女の部屋はアパートの二階にあった。インターフォンを押す。僕が自分の名前を告げると、彼女はドアを開けてくれた。
「どうしたの、こんな時間に」
「いや、アイスでもどうかな、と思って」
「アイス」
彼女は虚を突かれた様子だった。無理もない。
「とりあえず上がる?」
「いいの?」
「うん」
まさか部屋に上げてくれるとは思わなかった。僕は彼女にアイスを渡そうと思っただけなのに。幸運というものはあるものだ。
「アイスって何?こんな寒い日なのに」
「寒い日だからこそアイスを食べるんだ」
「変わってるね」
「そうかな。そうでもないよ」
僕は持ってきたアイスを彼女に見せた。
「実はこのアイス、減らないんだ」
「減らない?そんなわけないじゃない」
「そんなことがあるんだよ」
僕はアイスをスプーンで掬った。そして瞬きをした。でも、アイスは元に戻らなかった。
「ほら、減るじゃない」
彼女が言う。
「そんなはずはないんだけどな」
僕は焦る。
「手品は練習が命なのよ」
「手品じゃないよ」
「私も食べていい?」
「あ、うん」
僕は彼女にアイスを渡した。彼女はそのアイスをスプーンで掬って、食べた。
「美味しいね。冬に食うのも乙なものだ」
彼女は言う。
二人で食べるアイスも、とても美味しいな。
僕はそう思った。
バニラアイスを食べるのに最良な日は、三つある。耐えられないほどの暑い日と、どうにもならない夜、そして、誰かと過ごす素敵な時間。
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