ぐいぐい凛ちゃん

「小さい頃みたいに、凛ちゃんって呼んで、大成くん」


そんなことを言う。覚えていてくれていたのは嬉しい……。それは心の底から。でもそれは嫌な思い出としてだろう。


いやいやに、笑顔を作っているだけで再会したことを、最悪以外の何物でもないと思っているだろう。


「あはは……久しぶりだね。白咲さん」

「だ・か・ら凛ちゃんって呼んでください。いやならいいんですけど……」

「じゃあ凛ちゃん……」

「はい!凛ちゃんです」


そう言ってニコッと笑ってお辞儀をする。綺麗な顔立ちはそのままに、幼さをまだ残している彼女は小さい頃、おばさんなんて呼ばれていたなんて思われないだろう。


軽い自己紹介が終わったことには先生はいなくなって1時間目の授業の準備に移る。例外は凛ちゃんである。転校初日なので教科書は当然ない。


「大成くん、教科書、見せてください」

「……う、うん」


凛ちゃんは椅子をぐっとこちらに持ってきて、俺の近くにすわる。拳ひとつ分くらいかの距離にずっと好きだった凛ちゃんがいる。そんな現実とは思えない光景に、思わず頬をつねるがやはり痛い。


それに、心臓の音が大きくなる。顔も赤くなっているだろう。凛ちゃんの懐かしい匂いがする。ずっと好きだった人の匂い。


「えへへ、きんちょうしてるんですか?大成くん」

「……してない」

「顔、まっかっかですよ。私、成長したんですよ?」


そう言って、ポフンと自分の胸を叩く。小さい頃の凛ちゃんにはなかった、2つの果実に目を奪われる。


「そ、そんなまじまじと見られると、さすがに恥ずかしいといいますか、なんと言いますか……」

「あっ、ごめん」


凛ちゃんはパタパタと手で自分の顔を冷ます。そしてノートをとるために、シャーペンを押して臨戦態勢に入ったが、そのノートに端っこに文字を書いた。


『大成くんになら、恥ずかしいけど嬉しいですよ?』


なんて書いて、小さい頃に俺にいつも向けてくれていた優しい笑みを俺に向ける。


……やめてくれ。もう一回好きになってしまう。あの時は自分の立ち位置とか、理解してなかったから凛ちゃんと一緒に入れたけど、今は違う。


こんな可愛い美少女と一緒にいるなんて心臓が持たない。それに俺は人を好きになったら、何をするか分からない。


それに怖い。またいなくなることが。


「ほら、授業始まるぞ。前向け」

「大成くんが冷たいです……」


そう言ってしゅんとする凛ちゃん。そんな姿を見て俺はやはり胸を打たれる。こっちまで悲しくなる。俺はノートの端をちぎって、凛ちゃんに渡す。


『可愛くなったな』


とだけ書いて。事実しか伝えていない。客観的に見てだ。私情は含んでない、多分。


紙切れを見た凛ちゃんは顔が真っ赤になって、こちらを向くと今にも泣きそうな顔で、


「一生、大事にします」


それだけ言うと、凛ちゃんは大事そうにポーチの中に入れた。そして横から見てもわかるくらいだらしない顔を晒していた。


他の人から見たらただのゴミにしか見えないのかもしれないが、白咲凛からしたら死ぬほど欲しかった、かけて欲しかった言葉だったのだろう。


♣♣

ほら、見るんだよ。次の話も!

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