外伝2-5 ベラ

「何してるんだい、君。そんなところにいたら死んじまうよ」


「………死にたいんだ」



あの山の小屋まで戻って、ただひたすらに、床に蹲っていた。カンザの家に帰る気力は無かった。

───カンザに、その家に帰ることを不審に思われ、ベラがそこに住んでいたと証明するものが全て無くなってでもいたら───本当に、それだけで死んでしまうような気がした。



それから数日経って、誰だか分からないが、ノックも無しに飛び込んできた人がいた。盗賊なら殺されるだろうかと、ぼんやりと考えていたが───違った。



「ここに住んでたおばあさんに会いに来たんだけど…あー寿命か。探しには行くべきじゃないんだろうね、きっと」


無遠慮にずかずかと入ってきて、ある一つの本を棚から引っ張り出し、その本の間に挟まっていた手紙を読んでいた。


「それで君は一体誰だい?おばあさんに子供なんていなかったと思うが…」


「………助けてくれた、人」


「ふうん?君は助けられた人間のようには見えないけどね」


「……」


「まあいいさ。私はあれだ、悪い魔法使い。何か話したいことでもあるなら歓迎するぞ。海の近くにおんぼろ小屋があるだろ?あそこを開けて本棚を動かすと階段が現れる。大抵私はそこにいる」


「……」


「……慣れないことはするもんじゃないな。私はどうすればいいと思う?ここで君を引っ張り出すのが最善か?」


「……知らない」


「じゃあ私にも分からない。答えをまた明日聞きに来る。決まったら言ってくれ。…あと、これは食材だ。食べて欲しいおばあさんはもういないから君にあげるさ。餓死するならせめてこの小屋以外にしてくれよ」


「……」


カンザ以外なんて、心底どうでもいい。


ーーー


「答えは決まったかい」


「……」


「当ててみせようか。私の勘はよく当たる。…好きな人が記憶喪失にでもなったか?」


「……」


「当たりのようだね。……………なら私と一緒じゃないか」


「……」


「私じゃ決められないし、君を放っておくのも寝覚めが悪い。コインの表が出たら連れ出す、裏が出たら答えを待つ。さっきやったんだ。表だった」


「……アタシは、死にたいんだ…」


「私は博識だ。彼の記憶喪失が治らないなら知識など無駄でしかないと思っていたが、君の役に立てるかもしれない」


「放っておいてくれよ……」


「私は悪い魔女だ。誠実と成り果てた男を、元に戻そうとしている。私の愛した彼は私が取り戻す。そのためなら誰を殺したって、どれだけ迷惑を掛けたって興味が無い」


「……」


「君もこっち側だろ?一緒に来ればいい」


その言葉が、嫌に耳の奥で反響した。


記憶を取り戻して欲しい。

魔法少女だかなんだか知らないが、カンザが他の人を守っていると考えたら、あまりにもムカムカとする。

役目を放り投げて、お願いだから、あの箱庭でいつまでも一緒にいたい。



しばらく時間が経ってから、ベラは顔を上げた。


「……分かッた」



こうしてベラは、悪の組織へと入った。


ーーー


「戦神ボースハイト……ボースハイト……ちょっと待ってくれ思い出す」


「知ッてるのか!?」


「『桃日記』42ページ12行目……あと76ページか77ページのどちらかの5行目……『蒼蒼風景と来る』124ページ21行目だ」


「あんた記憶力凄ェな…」


「どこに入れてたっけな…探してくるから待ってろ」


積み上げられた本をするりするりと通っていきあっという間に見えなくなった。

『お姉ちゃんは知らない人に着いていってはいけないよ。どれだけ良いものを差し出されてもね』血塗れの顔でカボチャのケーキを片手に、事切れたガリガリの少年を嘲笑う義弟───嫌なことを思い出した。ベラは首を振る。

カンザだって知らない人だったが助けてくれた。今度はベラがカンザを助ける番で、この人に頼る他にない。


義弟の言ったことなんて、もう、思い出さなくていい。


「あったぞ」


だって義弟は頭がおかしいのだから。義弟が言ってたことなんて、全て全て、きっと嘘なのだから。



ーーー


「戦神として名前が上がっているのと、登場する神の従兄弟として触れられているのだけか…思っていたより少ないな」


「……それだけでも感謝してる。アタシは……」


「おいおい記憶を取り戻すんだろう?今にも自死しそうなその顔をやめなよ」


「……」


1度期待しただけに、その収穫の少なさに落胆してしまう。


もう二度とカンザの記憶が戻らなかったら、どうなるのだろうという嫌な考えが、こんなこと考えたくないのに広がっていく。


ベラとの思い出を全て忘れて、魔法少女として人々を救い、人々に称えられて、いつかベラじゃない誰かの隣にいるカンザを見ることになり、そうして何も思い出さないままカンザが死んでしまったら。


「………死にたい」


「私はまだ全部を尽くしきってはいないぞ?書籍はダメだった、それだけ。他にも色々あるだろう」


「………」


「記憶喪失となった原因は戦神ボースハイトの加護のせいだ。それによって引き起こされているのが『魔法少女』の出現。それならまず遠ざけろ。つまり君の好きな人を『魔法少女』ではなくすんだ」


「……どうやッて?」


にたりとその人は笑う。

私たちは悪の組織として行動するんだ、君の心は痛むかもしれないけどね───という前置きをして、話し始める。


「『魔法少女』に完膚なきまでに勝つんだ。そいつがヒーローみたいに称えられてる現状を無くす。誰にも頼られない『魔法少女』なんてもはや『魔法少女』じゃないからな。

同時に私が『魔法少女』のデータを解析していこう。記憶を思い出しそうな物を身につけることや、愛した人が近くにいないことで、どれだけの影響があるかを調べよう」


いつかその全てが君を救ってくれるさ、と言った。


「なぜ……なぜ、アンタは、そこまでやってくれるんだ?」


「決まってる。君の想い人は簡単に接触できてデータが取りやすいからだ。私はそのデータを、私の想い人の記憶喪失を治すために利用させてもらう」


「アンタの好きな人は……」


「ノーコメントとさせてもらうよ。私は自分で自分の傷を抉るのは嫌いだ」


ーーー


そうしてベラは悪の組織となった。

全てはカンザとの思い出を取り戻すために。もう箱庭のようなあの日々に戻れないとしても、せめて、せめて、あの思い出を無くしたままのカンザでいてほしくない。



それから思い出しそうになっては忘れられ、それの繰り返しを続けて、そして───あの日が来た。

世界が終わった日。

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吸血鬼の少女と刹那主義の少女による終末異世界放浪記 トラ @annzunatu

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