外伝2-4 カンザとベラ

迎えた能力測定の日。カンザとベラはそれぞれ能力測定の日の衣装である花をモチーフにしたドレスを着ていた。


カンザは山茶花サザンカをあしらった、白色のドレスを着ている。

無地のキャンパスに、赤、ピンク、白の山茶花が散りばめられており、その美しさがカンザの魅力を引き出している。

丁寧に編み込まれた赤髪は、紫色のリボンで結ばれている。



ベラはラベンダーをあしらった、薄紫色のドレスだ。

スカートには控えめにラベンダー。上半身にはリボンがついており、その可愛らしい感じが庇護欲を唆る。

肩まで伸ばされた髪には、小さな三つ編みが作られている。そしてその髪は山茶花が差し込まれている。

少し恥ずかしげに下を向いている睫毛は朝日を反射して光り輝いて見え、薄灰色の髪の毛はサラサラで美しく、触れたらきっとふわふわだろうと思わせる。その髪に、自分がモチーフにした山茶花が存在するのは、あまりにも倒錯的でぞくぞくとする。

ああ、その姿は、まるで───


「───天使」


「そ、そうか…?」


「えっ!?あっ、声漏れてた!?」


カンザのベラへの溢れんばかりの賞賛は、どうやら声になっていたらしい。


それにしても、照れきって赤くなった耳を手で覆っているのはあまりにも美しいし、潤む目はどんな宝石にも勝る。照れきって目をぐるぐるとさせているのは、あまりにも、可愛くて───。


「か、カンザ……ほら行くぞ」



またカンザの心の声は抑えきれていなかったらしい。しかし照れきっているベラを見られたのはあまりにも最高───とカンザは昇天しかけた。

ベラは、何しろ今日告白の返事をしようと決めているものだから、いつもの褒め言葉でも心拍数が上がってしょうがない状態である。


お互いに照れつつ、手を繋ぎながら島の中心である精霊樹への道をたどっていった。



ーーーーー


「能力ッてのは…どういうのなんだ?」


「どの精霊様がくださるかで違っているのよ!例えばそうね…炎が出せるだとか、水を操れるだとか、そういうのよ」


精霊樹の根元にある水晶玉。それにさわると、稀に能力が手に入るらしい。

カンザとベラはその水晶玉への行列のほぼ最後列にいる。カンザの家は少し街から離れているため、到着するのが遅れたのである。



淡くぼんやりと前方が光り、ざわめきが増えた。


「能力者が出たみたいね!じゃあもう今年はいないと思うわ」


「大体一人なのか?」


「そうね…かなり前は毎年3人とかだったのだけど、精霊樹の力が弱くなって、精霊様たちが引き寄せられにくくなってるらしいの」


「ふぅん……ありがとう、カンザ」


「ぐはっ!……めちゃ可愛すぎる……!!」


いつもオーバーリアクションだな、とは思いつつもそれが嬉しくなっているベラは、にへらと緩んだ頬のままカンザの方を見る。

カンザはその衝撃に耐えられなかったのか、空を見上げて声にならない嬉しい悲鳴を上げている。



「あ、もうすぐアタシたちだぞ!カンザ!」


「可愛い……!そ、そうね、ベラ先にやる?」


「えッ、あ、いいのか?」


「もちろん!!」


わくわくとした顔で笑いかけてきたベラに、またもやカンザはめちゃかわダメージを受けた。

大金があっても買えない『かめら』とかいう幻の物の購入を検討するほどである。



「んじゃ、行ってくる…!」


ベラは精霊樹の前に立つと、おそるおそる水晶玉に触れた。


「わっ…!?」


透き通った紫の色の波が、一瞬だけあたりに広がった。

ベラが慌てて手元を覗き込むと、そこには能力名が浮かんでいた。


「……呪文を、寿命を削って封じ込む能力……?呪文……?」


義弟の使っていた、精霊様に与えられたものではない能力のことだろうか、とベラは首を捻ったが、その疑問も直ぐに消え失せ、喜びだけが感情を支配する。

真後ろを振り向くと、身を乗り出しているカンザと目が合った。



「カンザ!!アタシ、能力者だって!」


「すごいわ!!ベラ!!」



ベラが能力者になったことを、我が身のように喜んでくれる。

心底愛おしいと見てくるその瞳、飛びついてきたベラをぎゅっと抱きしめたその全てが。


(好きだ)


もう何の迷いもない。

この式が終わったら、長らく待ってもらった告白の答えを。アタシも好きだと、そう言える。



本当に、幸せだったのに。

しかし何もかも崩れて、消えてしまった。


ーーーーー



「じゃあ、わたしも行ってくるわね。……ふふ、今日は家にケーキがあるの!帰ったら一緒に食べるわよ、ベラ!」


「ほんとか!?やった!」


「うひゃぁ可愛いッ……!!」


ベラの頬をするりと撫でていったカンザが、精霊樹の根元の水晶玉へと向かっていく。



その後ろ姿に、何故か、嫌な胸騒ぎがした。



どくどくどくどく……と心臓の鼓動が速くなるのが聴こえる。


(……?)


元家族のあの人らに対する発作か…?随分と久しぶりだな…とベラは首を捻った。



───この時、止めていたら、と何度も考えた。その度に何も行動しなかった自分が、心底嫌になって仕方なくなる。



三回目の、光だった。

一人能力者が出れば良い方だと言われていたのにも関わらず、その日、三人も能力者が誕生した。

そしてそれは、何もかも覆す、神の光だった。


「綺麗……」


どこからともなく賞賛の声が聞こえてくる。

ひらひらと舞い降りてきた光の粉は、ゆっくりと空気へと消えていく。

そして、空気を鞘に、目を見張るほどに美しい日本刀がカンザの元へと差し出される。


「戦神ボースハイト様の、加護だ…!」


そう言ったのは誰だったのか。ベラはそんな名前の神は知らなかった。聞こうと思っても、カンザは日本刀を握ったままこちらを向かない。


ベラはとんでもなく嫌な予感がした。

振り向いたカンザの、その目を見るのが、恐ろしいと───何故か思った。

気づけば走り出して、その場を去っていた。誰も走り去っていくベラのことなど気にかけず、奇跡を起こしたカンザを見ている。狂信的に。



ーーーーー


「ごめん。アタシ、あんまりうまく喋れなくて……分かりにくかったら、言っていいから。記憶が、ごちゃごちゃになってて」


大丈夫!と手で大きく丸を作った都に、けれどベラは安心したような顔を見せない。むしろ悲しみに沈みきった顔をしている。


「……そこからは、記憶が曖昧なんだ。家に帰ったかもしれない。あの森の小屋に行ったような気もする。───随分と経ッて、アタシは、カンザにばったり会った。けど………」


吸血鬼と人間の少女の前で、咳き込むように、息を吐いた。


ーーーーー


「カンザ…?」


今となっては、なぜそんな場所に行ったのかも分からない。覚えていない。

買い物に行った帰りだっただろうか。それとも朝の散歩だっただろうか。

それとも死に場所を探していたのだろうか。


覚えているのは、あれから数日後、ようやくカンザと、あの精霊樹の下で再会したということだけ。



水晶玉を撫でていたカンザは、くるりと振り向く。瞬間的に、ベラは、ゾッとした。だって───


「なぁに?あっ、もしかして、わたしのファンとかかしら!?───そうね、魔法少女になったばかりだしあんただけ特別よ、握手でもサインでもやってあげる!」



───その目から、ベラへの愛しいという気持ちは、微塵も伝わってこなかったのだ。



「ふふん、わたしのおかげかしら、今この島は平和そのものなのよ!事件もないし、敵もいない!…魔法少女としての活躍はあまりできていないけどね」


「……あんた、顔色が悪いわよ?大丈夫?何か困ったことあるならいつでもわたしに言いなさいよ!」


「…………ねえ、ところで、あんたの名前、教えてくれない?」



その言葉を聞いた瞬間、ベラは走り出していた。


心底、死にたいと、思った。

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