外伝2-3 カンザとベラ

次の日、目覚めたベラは穏やかな顔の少女の眠る姿をじっと眺める。


(……夢じゃなかった)


ふかふかのベッドに、悪臭のしない部屋に、何より人が近くにいるということが、あまりにも幸福だった。


「………て、天使?」


目覚めた瞬間に少女が言い放った言葉は、なんの事かさっぱりだったけど。



ーーーーー


「あんた、朝食はパン?ご飯?」


「…パン」


「そう!分かったわ!ほら座ってなさい、ベラ」


どうやら少女は尽くしたがりらしく、朝ごはんを鼻歌交じりで作り始める。

少女の名前もまだ聞けていないままで、甲斐甲斐しく世話をされていて、しかも告白されているというのは……何だか色々とおかしい気がした。


そもそも最初から家に連れ帰るってかなり……

そこまで考えたがベラは目の前に出された朝ごはんを見て思考を中断した。


手を合わせて、目を閉じる。



「いただきます」


「ねえ、それってどこの祈り方なの?」


「…祈り方?」


「今の、“いただきます”っていうの!」


「祈り方じゃなくて…義弟が食べ始める前にそう言ッてたから真似してたんだ。……変、か?」


「いやいやめっちゃうつくし……ゴホン!ここだと食べる前に“精霊様よ慈悲に感謝致します”って言ってるのよ!」


「アタシも、そうした方がいい、のか?」


「うーん、そうね……精霊様に祈った後に“いただきます”と祈る、その方がいいような気がするわね」


「わかッた。…精霊様よ慈悲に感謝します。いただきます。……これで良いのか?」


「尊い……あっ、うん、それで良いと思うわよ!!」



自分の言ったことを素直に飲み込んで実践した、ベラの姿を見て思わず心の叫びが漏れてしまったらしい少女。

ベラはオッケーが出たので嬉しそうに朝ごはんを食べ始めた。ひと口ひと口美味しい!と顔をほころばせながら食べるその姿にも、少女は悶えている。


「ぐうかわ…結婚して欲しい…」


「結婚の前にまず付き合うとかじゃないのか…?」


「今のはちょっと欲望が出てしまっただけ!返事を急かすつもりは全く無いから安心して!ね!」


ここまで囲いこまれてる時点で、告白を断るなど思いつきもしなかったけれど。

心の準備が出来るまで待っていて欲しい、とベラは思った。


あまりにも幸せで、こんなこと今まで一度も無かったのだから、全て夢で目が覚めたら親と義弟のいる家に戻ってるのではないかと、不安だから。



「…お、美味しかった?」


「美味しかった」


「よかったわ!!」


食べている間ずっと見てきた少女は、花が咲くような満面の笑みを見せた。

しばらくそれを眺めていたが、あっ、とベラはある事を思い出し、おずおずと声を発する。


「…あの、名前を、教えて貰ってもいいか…?」


「えっ!?わたし言ってなかった!?カンザ!わたしはカンザよ!!」


ーーーーー


それから数年一緒に過ごした。


実家でのことは思っていたよりも深い傷となっていたらしく、何度も悪夢に魘された。


カンザと穏やかな日々を過ごす中で、過去のあの日々は異常であったのだと分かった。


ベラをいないものとして扱う両親と義弟。

毎日のように母を殴る父。

自らの美貌を保つために幼い美少年の血を欲していた母。

人々をどろどろに甘やかして依存させてから殺す義弟。


あれは異常だった。

異常さが異常であるとして分かっていくほどに、恐ろしさが込み上げてきて何度も吐いた。泣きじゃくって、カンザに何回も抱きしめてもらった。



穏やかな日々を過ごしていて、だからこそ全てが夢なのだと目が覚めるその時が来るのではと恐ろしくてたまらなかった。



「ベラ。わたしはあんたのことが心の底から好きで、結婚してほしいし、絶対に幸せにしたいの」


返事はいつでもいいのよ、と愛を伝えながらベラを慈しみ続けた。


「カンザ、アタシは……もう、あの家族のところに戻りたくない。これが夢だったらと思うと怖くて、たまらない……アタシ、は…」


「ベラ。大好きよ。ずっとずっと愛してる」


カンザに抱きしめられている時だけは、心の底から安心できた。


もうとっくに、告白の答えは決まっていた。



ーーーーー


「ベラ、能力測定の日っていうのがあるのよ」


「能力、測定?」


「そう!たまに精霊様に能力っていうモノを貰ってる人がいて…16歳になった人は全員測定する決まりなの」


「いつなんだ?」


「年が変わった、その次の日よ!花や草をモチーフにした衣装を着て参加するの!──ということでドレス選びに行きましょう!」


その日はああでもないこうでもない──と、ベラとカンザはお互いのドレスを選びあった。

ベラの足と手はリハビリによって日常生活において問題ない程度には回復していたから、一緒に街へ出かけて歩き回った。



家に帰ってきて、カンザの作るシチューの匂いを漂わせた空間で、ベラはくつろぎながら考える。


(…能力測定の日は、節目みたいなものか……アタシは、それが終わったら)



何年も保留にした返事を、その時こそは、と。


ふふ、と笑ったベラの声でカンザが振り向く。カンザに向かって微笑むと「ぎゃんかわ…」と言って心臓を押えている。最近この行動も愛によるものだとようやく理解した。




────この時は、幸せな日々が続くのだと、そう信じきっていた。

何もかもが崩れ去ってしまうなんて、考えもしなかったのだ。

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