外伝2-2 カンザとベラ

「あんた、足動かないの?ほら肩に掴まって。どこまで行くの?…森の中ぁ?今から?本気?今日は私の家に泊まってきなさいよ」


あれやこれやと言い募られて、肩を借りることになり、気づけばお泊まりも決定していた。


その後も何かを喋りかけてくるが、ぐわんぐわんと言葉の意味が聞き取れない。

出来損ないと言い続けられた恐怖から、気づけばその少女を突き飛ばしていた。


呆然と見てくる瞳と瞳が交差して、ひゅっ、とベラは息を飲む。



「ぁ………ちが、違う………違う………ごめんなさい………」


善意を持って接してくれた相手に悪意で返すなど、最低だった。

ぎゅぅと自分の身を抱き締めて、ベラは下を向く。



「今まで、怖い思いをしてきたの?」


「………え?」


「名前は?」


「……………ベラ」


「そう。ベラ、あんた、私の家族になってよ」


「……えっ?」



突き飛ばしてしまったことすら忘れて、呆然とする。カゾクってなんだ。奴隷とか、召使いとか、そういう意味の何かだろうか───。



「一目惚れ!一目惚れよ!悪い!?」


顔を真っ赤にさせた少女の怒鳴り声で、カゾクの意味を理解した。家族。家族。

あまりにも自分に当てはまらない、言葉。


呆然としたベラの口から言葉が零れ落ちた。



「えッ、女の子同士は結婚できねェだろ……」


「ここは同性婚を認めているわよ!!」



「………えっ?」



それが最初の出会いだった。



ーーーーー


「返事はいつでもいいから!とりあえずシャワー浴びなさいよ!」


編み込みの美しい、さらさらで綺麗な赤髪の少女は、ベラの手を引っ張って家へと連れ帰った。

ハテナを沢山頭に浮かべたベラは、抵抗せずその手の引くままに着いて行った。


家には少女以外の人間の気配がしなかった。


「アタシ、松葉杖ないと立ってられないから……シャワーは……」


「大丈夫よ、バスチェアならあるし手すりだってついているもの」


「そ、それと手伝って……ほしい………着替えとか、その……」


話が終わるのも待たずに、ミギャー!!と少女は飛び上がって会話が途切れる。

少女は顔を真っ赤にして、早口で喋り始めた。


「ちょっとあんた、自分の身を大切にしなさいよ!返事も聞いてないのに手を出したらダメなの!わたし自分を抑えられる気がしないのよ!」


「わ、分かッた」



ベラは、手を出す、の意味を知らなかったが、少女の顔と対応を見るに何かダメなことであるらしい。


自分の今までの経験から、ベラは理解した。

“手を出す”とはきっと、好きだから怪我させてしまう、ということではないだろうか、と。

父は母を良く殴っていたし、義弟も仲良くしていた子供たちのいる孤児院に火をつけていた。


ベラはそんな間違った理解をして、けれどももし死ぬならこの少女の綺麗な翠色の目を見て死にたいなあ、と思っていたから。

怖くなかったし、むしろ嬉しかった。



数ヶ月ぶりのシャワーは、汚れきった何もかもを流し去っていくようだった。

少女の用意してくれた猫耳フードつきのモコモコのパジャマを着て、おそるおそるいい匂いのする場所へと近づき、ドアに手をかける。




唐突に、ドアを開けた瞬間に、夢から覚めてしまったらどうしよう、と怖くなった。


少女がもし、この夜の中自分を外に放り出したらどうしよう、と恐ろしくなった。




「具合悪いの!?大丈夫!?」


ベラの恐怖を何もかも払って、ドアを開けてくれた少女。その後ろに広がる、美味しそうな匂いを放つ2人分の食事。

何故か心底─────安心した。



「だ、大丈夫」


「そう?具合悪いならちゃんと言いなさいよ」


そう心配する言葉を言ったあと、ギギギと少女がベラを上から下まで見つめる。

きゃわ……、と漏れ出た言葉はベラには届かなかった。



「ご、ご飯にしましょう!ほらそこに座って、苦手なものはある?わたしはセロリ嫌いだからここにないのよ」


「………か、カボチャが苦手」


「分かったわ!」


苦手なものを伝えただけなのに、満面の笑みで見てくる少女が変だと思った。

どれもこれも、今までで食べた中で1番美味しくて、温かくて、誰かと一緒にご飯を食べるなんて数年ぶりだった。




「この部屋使ってないから自由に使っていいわよ。今日はもう寝ましょう」


使っていないにしては綺麗だからシャワーを浴びている時に掃除したのだろうか。

部屋の紹介をしたあと、扉を開けて出ていこうとする少女の服の裾を、思わず掴んでいた。



「あっ、ご、ごめんなさ……」


「い、一緒に寝る!!??」


「…………いいの?」


「もちろん!!あっ、手は出さないから!本当よ!」



慌てた顔でそう言う少女に、別に手を出したっていいのに、と思った。

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