外伝2ー1 カンザとベラ

自分は、捨てられたのだと。

そうベラは分かっていた。



あの日、何があったのかは覚えていない。ただ何かしらの事故があって、ベラの左足と右手は動かなくなった。


ベラは良い所の令嬢だった。けれど出来損ないだった。

引き取られた優秀な義弟がいて、ベラはあの家族の中に存在してはいけなかった。


出来損ないだが縁談の時役に立つだろうと、だから生かされているのだと、幼いながらに分かっていた。


けれど、だからこそ片足と片手の動かなくなった少女など、いらないのだろう。




髪の毛を引っ張られて、馬車に押し込められて、鍵を掛けられ、右手が腫れて真っ赤になるほどにガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン───と扉を叩き続けた。

ただ運ばれて、どこかで引っ張りだされまたどこかに入れられて、ゆらゆらとよく分からない所へと──今思えば、あれは海だった──連れ出された。



諦めたわけじゃなかった。

けれどもう手は上がらなくて、足は棒きれのように力が抜けて立てなくなった。

諦めたわけじゃなかった。

けれど、寝てしまった。



気づけば森の中にいた。泥だらけで、雨が降っていた。段々と体の先端から冷たく冷たくなっていくのを、ぼんやりとした頭で感じながら、悟ったのだ。


───ああ、捨てられたんだ。



目の前が、真っ暗になったことを、覚えている。




ーーーーー


次に目が覚めた時、粗末なベッドの上に寝転がされていた。


心配そうにこちらを覗き込む、老婦人がいた。



「もう寿命が残り少なくてね、私の旦那様が亡くなったこの森で死のうと思ってここにきたら、あなたがいたのよ。私、びっくりしちゃってね」と、そう言った。


「ごめんなさいね、私、もうすぐ死んでしまうの」


「だからね、ほら、あの世まで持ってったって仕方ないから、私のお金全部あげるわよ。この小屋もあなたにあげるわ」


「この森で死ぬのは、私と旦那様だけよ。あなたはまだ若いんだから、死んではいけないのよ」


「ごめんなさいね、私、もう行かなくちゃならないの。ごめんなさいね」



口が乾燥しきって動かないベラは、話しかけてくる老婦人に何一つ言葉を返すことはできず、ただ扉を開けて去っていく背中を見ていた。



幸いにも、というべきか、怪我と体力の限界でベッドから出られないベラのそばに、たっぷりと食材が置かれていた。



それを貪り食って、ベラは生きた。

生き延びた。



右手をひたすら動かした。

動かなくなった右手は、1週間目は少しぷるぷると震えるぐらいだったのが、2週間と経つうちにだんだんと手でグーの形が作れるようになっていった。


最悪なことだ。左足と右手が動かないというのは。移動しようとすれば老婦人の置いていった松葉杖を使うしかないが、両手とも松葉杖を持たなくてはならない。しかし右手が使い物にならない。




食料が尽きる前に、右手を何としてでも動かさなければならなかった。

毎日ずっと動かし続けた。最後の1週間は食料が尽きて、死に物狂いで右手に祈った。



その祈りが、神に通じたのだろうか。

奇跡的に右手が動くようになった。




「……っ、………ぅ」


長い間ベッドにいた体は固まっていて、体力も筋肉も何もかもが無くなっていた。

老婦人が置いていってくれた地図を頼りに、お金を持って街へと向かう。



春なのに、汗がぼたぼたと落ち続けて、あまりにも暑かった。



「うぁっ……!」



小さな石に足を取られて、転んでしまった。膝を擦りむいて血が出始める。涙を流しながら、無言で立ち上がって、再び歩く。



ようやく辿り着いて、動かない足と転んで出来た怪我を憐れんでくれたのか、汚い格好をしていた小娘にも嫌な顔せず食料を売って貰えた。



帰路は、行く時より遥かに地獄だった。買った食料を、運ばなくてはならない。


食料を持った方の手は、松葉杖をつくことが出来ない。左足は動かなかった。1回でも転べば食料は散らばり、汚れてダメになってしまうかもしれない。




もう嫌だ、と何かがプツンと切れて、その場にしゃがみこんだ。

何もかも嫌になってしまっていた。

死にたい、と思った。




「ちょっと、あんた大丈夫!?」


慌てて駆け寄ってきたであろう少女が、真っ直ぐに、惹き込まれるようなその瞳を向けてくるまでは。

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