第15話 化け物と異常者
「さあ、終わったよミヤコ!行こう!」
魔法も得意だけど、やっぱり殴る方が得意なんだよね、と笑いつつ都の方へと向き合った。
「うん!その前にこの人達起こせる?」
「??? どうして?」
すごい!!とパチパチと拍手したあと、都はそうリズに聞く。
リズにはその意図が理解出来ず首を傾けた。
「ああ、血がいっぱい出てて目障りだから?それなら清浄するけど…」
「それもあるんだけど、やっぱり現地の人がいるなら解説を頼みたくって!」
「おぉ……ミヤコって、本当に人間向いてないね」
何らかの誤解をされてる上に、殴り飛ばし瀕死にさせた相手に、どの場所でも祀られていることがほとんどの精霊樹へと案内を頼もうとしている。
しかも、血がいっぱい出てて目障りなのも理由の一つであると、そう言った。
正気の沙汰では無かった。
「ふふふ…ミヤコのそういうところ、私すっごく大好きだよ?」
「そういうところって、どこの話?」
発した言葉が、どれだけ残虐なものであるか理解せず笑っている都。
リズにとって、これほど好ましい人間は今まで生きていていたことがない。
「! そうだ、良い機会だし回復魔法を教えてあげよう。ちょうど実験台もいるし」
「大分時間がかかるんじゃなかったの?」
「あの時は、実質回復力が凄まじいだけの人間だったからね。今はだいぶ血が馴染んで吸血鬼に近くなってる」
「えっ!!じゃあ魔法使えるってこと!?」
「もちろん!ふふふ、これは私の吸血鬼としての素質がとてつもないからこそだよ。私はマナが余り過ぎて、人間の英雄を軽く越すぐらいのマナを譲渡できる」
「つまり、使い魔じゃない時の私にはマナはないってこと?」
「いや、マナはあるよ。けど吸血鬼と人間ではマナの凝縮量が違って、吸血鬼の方が魔法を使う上で優れてるんだよ」
「なるほど!」
どんな回復魔法がいい?とリズは都に問う。都は回復魔法は一つでは無いのかとワクワクした目をして、聞き返した。
「回復魔法って言っても、一般的な人間が使う回復魔法とか、精霊術との組み合わせとか色々あるんだよ。
一般的な回復魔法は、詳しい医療知識が無くても使えるんだけど───」
例の如く長くなった話を、「またやらかした…アレと一緒…」と落ち込んでいるリズの代わりに都が頭の中でまとめる。
一般的な回復魔法。
医療知識なしでも可。病気には効かない。外傷のみを治す。ただし失った手足等は元に戻らない。
その原理は、細胞の再生を早めるだけの魔法。
ちなみに、頭に出来た外傷を何度も治すと毛根が死ぬまでの期間が縮まりハゲやすくなる。
精霊術に関する回復魔法は、リズの落ち込みによって聞く事が出来なかった。
「じゃあ一般的な回復魔法をやってこう!細胞の活性化!……細胞って分かる?」
「授業で習った!けどそんな小さいところ考えにくいよ」
「まあ原理が細胞の再生を助けるってものだから、“治る”のイメージは何だっていい。イメージって言っても完成形とか治る仕組みは考えなくても良くって……実際の治る仕組みとは違ったイメージでも別にいいんだよ。マナが勝手に治す魔法に変わってくれる」
「違ったイメージでも良いの?」
「いい。治る原理とか深く学んだらイメージと全然違った、って人がいたけどそれまで回復魔法は使えてた例もあるし。深く願うことによって神が叶える、空気中の物体により体を形成しなおす、欠けたマナを完全に戻すことで体も戻る……どんなイメージであっても回復魔法は使えるよ」
「ふぅん…」
傷が塞がるイメージ、傷が塞がるイメージ……と都は口の中で言葉を転がす。
「血小板!」
「…ケッショウバン?それも異世界語?」
「なんか…怪我治す働き…?血を止める…?みたいなものだったはず!あんまり覚えてない!授業そんなに受けてなくって」
「うんうん。イメージが固まったのなら、さらにそれを向けるイメージを持ってね。手をかざすとかがやりやすいかな」
「手を、かざす…!」
リズの言葉を反芻しながら、都はたったと血を流して倒れ込んでいる少女───ベラへと近づいた。
「あっちの方が近かったのに、どうしてこっちにしたの?」
リズは、都の近くに倒れ込んでいたカンザの傍を通り過ぎて、ベラへと走っていったことを不思議そうに首を傾けた。
「“カンザ”より“ベラ”の方が人質を取られてる状態で指示に従いそうだから!」
「なるほど」
吸血鬼の血が予想以上の影響を加えているのか、それとも元々の性質なのか───。
天真爛漫にリズに笑いかけた都は、むむむと患部に手をかざし続けている。
「わっ!光ったよ!」
「いいね!上出来。そのまま続けてみて」
「おお……治ってる!魔法使えてる!」
眩いとまではいかない光がきらきらと辺りに舞い降りていく。その光は初歩的な回復魔法の成功を意味する。
「そうそう!ここの傷は治ったね。じゃあ傷が深そうなところから魔法を掛け続けてね」
「とりゃー!!」
威勢のいい掛け声を上げて、都は回復魔法を行使していく。
「ぅぁ………」
弱々しく呻く音が響いた。
目線の定まらない目が、控えめにうろうろと動く。
「……か…………」
漏れた声は、誰かを案ずる音が混じっている。そうリズは感じた。
そしてそれが誰なのか。それはもう、これまでの事を考えれば明らかである。
「少しは頭が冷えた?まだ君のお友達は倒れたままだよ。ねえ。───降参、して?」
まだぼんやりと不明瞭な頭が明瞭になるのを待たずに、吸血鬼は言葉を放つ。
「……………わか、った」
大量出血のせいだけでなく、心情的にもだろうか、顔が青白くなっている。
恐怖を大量に孕んだ目をリズへと向け、ベラはかたかたと震えている。しかし、自分が死ぬことに対してはなんの恐怖も抱いていない。ただそこにあるのは、カンザを喪うことへと恐れだった。
(たまにいるんだよね。他のために生きているような人間。人質がある時は非常に動かしやすい)
「あ、アタシのことは殺したっていい…!カンザには、お願いだから手を出さないで……」
ほらね、とリズは笑う。
がたがたと懇願している人間の姿にリズは何とも思わない。別に取って食う訳でもないのにね、と都にひそひそと笑いながら言う。
「まずは認識のすり合わせからしよう。私は本当に君たちの言う“幻”の意味が分からないんだよ?」
ねえ?と笑い合う少女2人は、ベラにとって。
化け物と異常者だった。
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