第10話 吸血鬼と翼

「その光の糸ってどんな風に見えてる?」


「一直線に向こうに伸びてる!」


「じゃあ次はそこに行ってみない?」


「何かあるの!?!?」


「“精霊”っていうのは引き合うものなんだよ。ちょっと話逸れるけど、元々の体質とか魔力とかが精霊に近くて、精霊を引き寄せるっていうのが精霊術を行う者としての前提条件。後天的に精霊術を使いたいなら、ハイエルフのように千年ほど精霊が多く住む森で生活するとか、手っ取り早く精霊界に訪れるとかをしなくちゃならない」


「それで?」


「ミヤコの見えてる光の糸は、精霊術が使われているこの時計と、何か精霊に関連するものが引き合ってるその間を結ぶものなんだよね。ちなみに光の糸が見える目のことを“精霊の目”っていう。安直なネーミングだね。“精霊の目”は精霊術を使える人よりも持っている人が少ないから凄いことだよ。まあ、見えるだけでそれで何ができるか?っていうと精霊に関する何かがあるっていうのが分かるだけなんだけどね」


「そもそも精霊って何?」


「その前に、とりあえず空に上がらない?もちろんちゃんと話してあげるよ」


「そうだった!!飛ぼう!空飛びたい!」


はっと思い出したように手をぽん、と打った都。リズはその姿を見てふふっと笑う。


「宙ぶらりん状態か、おんぶ状態か、どっちで飛びたい?」


「どっちが楽しい?」


「宙ぶらりん状態だと、まぁもちろん絶対に離さないけど、ミヤコの肩を掴んでそのまま私が飛ぶから、そうだね…鷹に捕らえられた獲物みたいな格好になる。スリル満点だね。おんぶ状態なら、そう、人間の言う魔法の絨毯みたいな感じで飛ぶことになるね」


「断然宙ぶらりん!で!」


「迷わずそっち選ぶあたり、ほんと肝が据わってるというか目先のことしか考えてないというか…まあ安心してよ、億が一私が手を離しちゃったとしても、絶対死なないし痛みもない紐なしバンジージャンプになるだけだからね」


「それも楽しそう!」


「……本当に良いね!すっごく良いよミヤコ、最高!」


げらげらとツボに入ったらしいリズは、笑いながらも背負っていたリュックを都に渡す。

リュックを背負ったままだと翼を動かしにくいんだよ、それに絶対落ちない仕様のリュックだから安心して、というリズの言葉を聞きながら都はリュックを背負った。

ぴたりとそのリュックのショルダーハーネスがくっついたのを感じ、都はおおー!!と歓声を上げた。


リズの背中がぼこぼこと動き、するりとマントの下から翼が出てくる。

深い闇のような色の翼で、蝙蝠の翼をそのまま大きくしたような感じだ。

パタパタと動きを確認したリズは、にっこりと笑って都を見る。


都は予想通りと言うべきか、目を爛々と輝かせてリズへと飛びついた。


「わあぁぁぁー!!!!」


「ふふん、そこまで喜んでくれるのならいつまでも見せてあげるよ」


「凄い!これで飛べるんだね!私、ずっと前から空飛んでみたかったんだよ!!翼かっこいい!すっごくかっこいい!わぁ〜!!ねっねえもっと近づいて見てもいい?」


「………えへへ」


満足気にふふんと頷いていたリズだったが、都が凄い凄いと褒めたり目を輝かせて翼を見ているうちに、顔が真っ赤になっていく。

にへらと緩む頬をリズは押さえて、慌てたように澄ました顔を取り繕い都へと声を掛けた。


「さ、飛ぼう」


「うん!!!!!!!!」


都の肩を持ってリズは翼を真上へと動かし、そして下へと、思いっきり風を切る。

その勢いで二人は空へと浮かび上がった。

最初以外はふわりと動かしているだけなのに、どんどん高度を上げていく。


「わっわああわあああ!!」


地面から足が離れて、一気に空へと舞い上がってる中、都の瞳の輝きはどんどん増していく。

雲の真下まで辿り着いて、地面を見下ろした。


「わあ………!!」


先程までいたあの雄大な砂の城は、空から見ても、いや空から全体像を見るからこそ、あまりにも、やはり、美しかった。

数千年と昔のものだと知ったからこそ、砂のみで出来たその城がそのままの姿で、何もかも受け止めるかのような荘厳さで、そこにあるということが。

あまりにも美しい。


堂々たる美しさだった。


もう既に、砂の城が完成したことを喜んだ人々は誰一人として生きてはいない。それどころか砂の城を称えた人間は、いつか行ってみたいと期待に目を輝かせていた人々は、誰一人例外なく戦争による被害で死んで行った。


砂の城でひたすら、何十年という時を掛けて母を生き返らせようと、どうかもう一度喋りたいと、そう願った少女。

この世界にあったありとあらゆる機械を殺した、少女の妹によって、生き返る術を探すことを止めてはならない、ずっとずっと探し続けなくてはと、自分に課していた少女はようやく開放された。


その砂の城の果てが、幸せだったのかどうか。それを知る者は、もう誰もいない。

ただ砂の城が、ゆっくりと朽ち果てていく。これから何千年、何億年とかけて、砂の城はその荘厳さをゆっくりと砂へと解けていき、そして跡形もなく、あらゆる思いが消えていくのだろう。



「光の糸は、どっちにのびてる?」


「ずっと向こうの、砂漠の更に先までのびてる!」


「この先は海なんだよ。つまり、どこかの島か、それとも更にその先の大陸か」


「行ってみよう!」


「ふふ、楽しいね」


「うん!すっごく楽しい!」

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