第8話 とある少女のその先
「へえ…アレには姉がいたんだね」
「この日記の人の、妹のこと知ってるの?」
「もちろん。──というか、みんな知っている」
日記を読み終わったリズは皮肉げに話し始める。都はその不思議な雰囲気のリズに圧倒されてか、大人しく話を聞いている。
「その妹こそが、全世界の機械をぶっこわした戦犯だよ」
「さっき言ってたコンピュータウイルスを作ったってこと?」
「妹の名前はエブリー。魔力が膨大なだけでその他は凡人だった。『能無しエブリー』って名前で有名だった」
エブリーと知り合い、というような感じではなくただリズは淡々と事実を上げていく風に喋る。
「ん?その人が、コンピュータウイルスを作ったの?凡人なのに?」
「そうだよ。エブリーは戦争末期に使われた人間兵器。魔力の多い人間を兵器として特攻させていた。その中でも魔力が膨大で、毎回生き残るのに大した戦果は上げない」
「ふんふん」
戦争の歴史の中でも惨い一面をリズが言っても、都は興味深そうに頷くだけである。
リズはそんな都を見て微笑ましいというように小さく笑い声を零す。
「エブリーは、一般的に秀才と呼ばれる程度にはなった。隠れて努力を続けていたんだよ。……むしろあんなに人としておかしい努力を重ねて秀才にしかなれないんだから、エブリーは本当に凡人だったんだよ」
「リズはどうしてそのことを知ってるの?」
「吸血鬼にとっての毒は暇だよ。何か大きなことをやった人間やら地域にはついつい行ってた。そこで本人と話したんだ」
「へえー…それで?」
「何を思ってコンピュータウイルスを作ったのかは分からないけど、それはあまりにも強力だった。全世界の機械を止めたよ。けれど戦争は終わらなかったし、人間はたくさん死んだし、一部の人々はそのウイルスを克服した機械を作り出せていた。
────何がしたかったんだろうね?」
リズの問いかけに対して、都はうーんと考え込む。次の瞬間にはあっけらかんと、考えることは苦手だよと笑った。
「私は、なんとなくだけど……姉と母親を救おうとしたんじゃないかなって思う」
「この日記が正しければ姉と妹は一度も会えていないはずだよ?どうしてそう思ったの?」
「妹を助けなきゃ、ってとこと、父親の友人は悪い人ってところがなんとなく…妹の膨大な魔力を利用しようとしたってことじゃない?」
「……それで?」
「母親と姉のコールドスリープしてるところを見せて、いつでも殺せるって言ったら妹は従うしかなくなると思ったの」
考えることは苦手だと言ったのに、唸りながら考え続けている都を、じっとリズは見つめる。
見つめられてることに気づかないまま、目を閉じてうーんと唸っている。
「妹は逃げたあとも、そのことを気にしてたんじゃないかな…?でも、『能無しエブリー』ならコールドスリープをどうやって止めればいいのか分からないと思うし、何より子供の頃の記憶なんて曖昧だよね」
「そうだね。それで?」
「機械さえ止めてしまえば、助かると思ったんじゃないかな」
都は話し終わって、そっと目を開ける。
リズは大きく口を広げて笑った。どうしたの?と都が聞く。
「私は、あの時代の人間が、コンピュータウイルスを作ったのは人間兵器として戦いたくなかったから、とか戦争を終わらせるため、とかたくさん議論してたのを見たんだ。────ふふ、どうやら私の考え方は他の意見に影響を受けていたらしいね」
あっははは、と笑ったあと、目尻に浮かんだ涙を拭い、リズは話し始める。
「皮肉なことに、エブリーの姉は大天才だったらしい」
「ん?なんで?」
「姉は知識ゼロの頭で、3年経ったら自身のみ起きるようにコールドスリープの機械をいじくっている。誰にも見られてないうちにやっただろうから、超短時間であんな複雑なものを書き換えてしまったんだよ!
あと、日記に見つかりにくなる術式が刻まれている。この術式は本来、人間ならちゃんとした魔術師が十人がかりで刻むものだ!」
「本当に……皮肉な結果だね」
「うん。それに────死者を一度だけ蘇らせることが出来る私は、エブリーに会いに行った。母親を生き返らせる術を探し続けている姉のことを、エブリーは知らなかったみたいだね」
リズは面白そうに笑った。暇を持て余す長命種の吸血鬼にとって、人間の不幸は面白いものだ。
普通の人間なら、その吸血鬼の在り方に不満を持つのだろうが────都も、面白そうに頷いている。
「ねえ、リズ!私と一緒に旅をしよう!」
「あははは!もちろんいいけど、どうして旅をしたいの?」
「きっと楽しいから!」
リズの手を取って、都は満面の笑みを向ける。
二人のあてもない、いつまでも終わることの無い、終末世界での旅はこうして始まった。
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