第3話 吸血鬼と人の血

「じゃ、じゃあ本当に吸っていいんだね?やっぱやめたとかない?」


「私1度決めたことは曲げたくないよ!」


「君、やっぱおかしいよ…」


むうっとした顔でなにやら悩んでいるリズを都はきょとんとした顔をした。



───何も分かってなさそうな人の血を吸って、いいのかな…でも、久しぶりの食事…



「なんでずっと悩んでるの?いつでもいいよ!」


「私が言うのもあれだけど、君どうしてそう簡単に受け入れてるの!?」


「えっ、だって外歩けるんでしょ?それに、吸血鬼!それだけで理由は十分!」


「ええ…そうだけどさ……私としてはもっと吸血鬼に恐れて欲しいっていうか、プライドがあるっていうか、いや吸わせてもらうんだから脅かしたくはないけど…」


「…ちょっと飽きてきちゃった」


「ごめんね!一人で喋りすぎたね!今までずっとそうだったから!───あぁもう!吸血するよ!本当にいいんだね!?」


興奮状態が収まってきて、再び都の興味が吸血鬼から砂の城へと戻ってしまいそうだと悟り、リズは覚悟を決め口をぱかっと開けた。

そして、人の姿をしていた吸血鬼は、元の姿へと戻っていく。


犬歯が伸びて牙へと変わる。

同時に、目が細められて瞳が赤黒い色へと染まっていく。

薄暗い砂の部屋は、リズの顔に暗い影を落とし、都からは牙と目しか見えなくなった。



その姿は、まさしく化け物。

吸血鬼とは、人の血を吸う化け物だ。


人の姿をしている時は美しく可憐な美少女のようだが、少女は人ではない。吸血鬼だ。

そして、可憐な美少女の姿は紛い物。獲物を手に入れるために、その姿になっているだけ。

命の危機を抱かせるような姿に、その見た目のおぞましさに、都の瞳が揺れる。




都は危険へと飛び込んでいきがちだが、不安や恐れがないわけではない。

ジェットコースターとか、今にも崩れそうな砂の城の探検とか。直接的な危険があまりないものは、できるのだ。


けれど、命の危険に直面した時。

恐れが上回り、「逃げる」という感情を1番に行動するようになる。

都は未来のことは考えない。だから、今、怖いのならそこから逃げようとする。

未来で無事であるためではない。今の自分が怖いと思えばその思いのままに行動する。



けれど、都は一度約束したことは破りたくないのだ。

過去はあまり見ない都だが、約束だけは別だ。守らなくてはならないものだ。

都には、それぐらいしかできないのだから。



「なあんだ。……今更、怖気付いた?」


「…!」


「…ねえ、やめたって言わないでね。これでも久しぶりの食事で喉が渇いて死にそうなんだよ」


「……言わないよ。私、は、1度言ったことは曲げたくないから」


「そう。……うれしいよ」


優しそうな言葉を使う声は、先程とは違った低く囁くような声で、うっすらと笑いが含まれている。


「…血の吸われすぎで、死なない?」


「そんなことしないよ。貴重な人間だからね」


「首から?痛くない?」


「吸血する場所のこと?

首だと血が沢山流れてるから吸いやすいし、逃げられないようにできるから選んでるだけで…時間が少しかかってもいいなら、どこからでもいいよ。痛くもしないし。

……逃げないよね?」


「うん……よしっ!!逃げない!!手ならいいよ!!」




突如辺りに頬を手でパチン!と打った音が響いた。

リズは唖然としたあと、慌て始める。


「うへぇっ!?!?うるさい!!ちょっ…ちょっと切り替え早すぎ!!なんで!?人間ってこんなんだったっけ!?」


「え!!!???」


「うぎゃあっ!!耳が壊れる!叫ばないでよっ色気のへったくれもないじゃん!」


意味が分からないという顔で都を見るリズ。


何千年と生きてきた吸血鬼にすら理解不能だという目で眺められた都は、きょとんとした顔でリズを見つめ返す。

そして、手のひらを差し出した。



「え?何?ああ…そうだった、吸血!」


ムードなんかもう全部どっか行ったよ、吸血鬼を驚かせるなんて人間のくせにやるねえ、と再び少女へと姿を変えたリズが笑いを堪えつつ都の手を握った。



そして、牙を手に突き刺して、血を飲む。




「うわぁ…思ってたのと違う…注射で血抜いてる感じ…採血みたいな…」


「勝手に期待してガッカリすんのやめて…あまり痛くないでしょ?」


「学校に来た少し下手な看護師さんに採血されてる感じがする…地味に痛いし手がしびれてきた…血を抜かれてる感じってぞわってしない?そういや私病院とか大っ嫌いで」


「これでも吸血は上手な方なんだけどね…神経とかは傷つけてないから手のしびれは気のせいだし、痛みは…そりゃあ牙刺して吸血してるんだから多少はあるよ。

それにしても君…さっきとのテンションの差やばいね。そんなに吸血嫌だった?」


「嫌って言うか…もっとかっこいいと思ってた…」


「えぇ…もうちょっとほら、気分上げてこ?君の血すっごく美味しいのに。人間がうじゃうじゃいても真っ先に飲みたいぐらい好きな味だよ」


「おいしいの?」


「すごく美味しい。人間で言うなら竜の肉」


「えっ!?竜なんているの!?」


再び騒ぎ始めた都を、呆れた顔でリズは見つめた。

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