第2話 吸血鬼のリズ
「ごめんなさい、さっきみたいに倒れられると困るから少し動けなくしました」
再び目が覚めた都は、先程と同じように立ち上がり走り出そうとして、体が動かないことに気がついた。
そこで、ようやく目の前の人物が目に入る。
動けなくて、でも自分は行きたい場所がある。そういう時、都は強い怒りを抱き、その怒りは当然その原因へと向かう。
けれど、すぐにその怒りは霧散して好奇心へと変わる。目の前の人物へと興味が移り、都は砂の城の探検のことは意識外へと追いやった。
あれだけ気になっていた城のことも、頭からさっぱりと消え失せる。
都には、「今」しか見えないからだ。
白髪に真っ赤な瞳をした少女。顔はあまりにも整いすぎていて、美しく可憐。
ふわりと微笑む顔は見る人全てを虜にするほど。───都のような一部例外を除けば。
フードのついた黒マントを纏い、その下は桃色の長袖シャツに緑色のロングスカート。パンパンに荷物が詰まったリュックを背負い、都の前で仁王立ちしている。
肌は雪のように白く、何十年も日を浴びてないような、運動をしていないような華奢な見た目だ。
そして───
「影が、ない?」
「…!」
この部屋には、都の影しかなかった。
そして、都は目の前にいる少女の美貌は目に入っておらず、影をじっと見つめている。
「手の込んだ自殺志望か、それともアホかと思いましたけど…分からない。やっと目が合ったにしてはすぐ影に気づきましたね…
ねえ、私の顔をみて思うことは無いの?」
「え?私は自殺志望でも、アホでもないよ
……顔?顔がどうかしたの?影は気になる」
よく言われるけど、という呟きは都の心の中で消した。また、顔を直視するもののその少女が何を言いたいのかが分からず、首を傾げる。
「…また美貌の基準が変わったのかな…こほん、どうして外にいたのですか?それに、君は──」
「分からないし、それは重要なことなの?理由を話す必要があるなら考えるけど…」
「……記憶喪失?」
「んん?そんなのじゃないと思うけど。考えないだけで記憶はあるよ。ねえ、それより影どうなってるの?」
不思議そうな顔をした少女と、同じようにぽかんという顔をした都は顔を合わせる。
「………まあ、どうでもいいです。取引があるんですが、聞いてくれますか?」
「それって、面白い?あと、影どうしてないの?」
「…アホの子?面白く……はないと思うけど、君にとってもいい取引だと思いますよ。」
「うん。いいよ」
その取引に応じることで影がない理由を教えて貰えるなら、と都は首を縦に振る。
いい加減影がない理由を教えてもらいたい、という意味を込めて何度も催促しているものの、全然答えてくれないのだ。
「ええ、ええ、当然話を聞かなければ分かりませんよね。まず利点としては……ええ?ちょっと待って…いいの?本当に?」
「…面白そうだから?あと、影がない理由教えてよ」
「えぇ…私の顔に惚れたわけでも無さそうなのに…面白そう?そんな理由で?
───君って、すぐ死にそう。外でも、私が助けなきゃ死んでたし」
可哀想なものを見るような目で少女は都を見て、ため息を一つこぼした。
どうやら都は外で倒れたあと、目の前の少女に助けられていたようだ。
「あっ、助けてくれたの?ありがとう」
「え?…ええ、まあ……君、こんな場所なのによく生きてこられたね?」
だんだんと敬語が崩れてきて、少女はおもわず素の喋り方になってしまう。
慌てたような素振りを見せた少女は、こほんとひとつ咳をして元の喋り方へと戻した。
「私はリズ。お察しの通り、私は人間ではないので影がありません。そして──」
「人間じゃないの!?えっ、面白そう!じゃあなに?ゾンビとか、妖怪とか、あとは…うーんと、吸血鬼とか?」
「…話を遮らないでほしいです。それに…勘が鋭いのか、たまたまか…私は吸血鬼です。それで、取引は君の血を定期的に飲ませてくれるなら外でも生きられるようにしてあげます」
「吸血鬼なんだね!いいよ、取引成立で!」
少女が人間ではなく吸血鬼である、ということにテンションが上がった都は、ついでに外も歩けるならと取引を受け入れる。
そもそも、影がない理由がわかっただけでも都としては大満足で、さらにはあったことの無いファンタジー的存在に都は大はしゃぎ。
思えば幼児期時代に、絵本で見た龍に会いたいと家を飛び出しそのまま一週間帰ってこず、警察官と共に家へと帰ってきたあと両親に頬を叩かれたことがあった。
三つ子の魂百まで、とはまさにその通りである。
「いや理解早すぎ!ねえ、私が言うことではないかもだけど、もっとよく考えないと!ほら、私が悪い吸血鬼だったらどうするの?あなた自分のことちゃんと分かってる?」
「悪い吸血鬼なの?」
「ちっ、違うけど…!そういうのもいるんだから、っていう話!それに、あなたは!」
「ね、じゃあいいでしょ?取引も良いと思ったし、何より、ねえ!
吸血鬼に噛まれたらどうなるの?私も吸血鬼になる?血を抜かれるのは注射器と同じ感じなの?吸血鬼がニンニクに弱いって言うのは本当?それはなぜ?」
「本当に、好奇心だけなの!?正気!?君、危なっかしすぎるよ!
他の人間は滅んでるのに、君だけが生き残ってる理由が理解できない!」
「えっ?滅んでるの?」
「そこから!!??」
ぎょっとした顔で叫んでいる少女──リズ。
一瞬の間に人間が滅んでいるなどと言われ、都はこれでも驚いているのだ。
楽しそうだという思いが驚きや不安よりも大きく上回っているだけで。
両親のことや、クラスメイトとか、そのことが頭をよぎることはない。
詳しそうな少女がそう言うのなら、人間は滅んでいるのだろう。当たり前のように受け入れて、今を生きている。
────都は、異常だ。
そして、まだ都は気づいていない。一瞬のうちに異世界へと来たことに。つまり、まばたきをした瞬間に人類が滅んで、今いる場所は地球だと考えている。
はあ…と息をついたリズは説明を始めるが、前提として使っている話題を都がそもそも知らないということが何度も起こり、しかも都が話を聞くのに飽きてきた。
「要約するとっ!人間どもが戦争を起こして、武器として使われた殺戮ガスをあたりに撒き散らして滅んじゃったの!
植物や動物とかも生き残ってるのはわずかで、私たち吸血鬼は食事にありつけなくて困ってる!
それで、君は殺戮ガスに汚染されてなくて、生き残るための薬とか機械とかで不味くなってない唯一の人間なの!
だから私は君の血が欲しいし、私は血さえあれば不死身だからその力を分けることで君も外を歩けるようになる!オッケー??」
「うん!オッケー!」
「ねえ、本当に分かってる?」
興味が取引へと移った都は、正直言って今この世界がどんな状況なのか、自分自身がどれだけの価値があるのか、そんなことは一切気にしていない。
吸血鬼に血を吸われる、ということがリズがいなければ成り立たないから、話を聞いているだけだ。
都の性格をある程度把握してきたリズは、じとりとした目で都を見た。
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