吸血鬼の少女と刹那主義の少女による終末異世界放浪記
トラ
都とリズ
第1話 刹那主義の都
刹那主義とは、過去や将来のことを考えないで、ただ現在の瞬間を充実させて生きればよいとする考え方のこと。
とはいえ、元々の意味である「今の一瞬、一瞬を大事にして生きる事」という意味は残念ながら違う。
刹那主義、と聞いて最初に思い浮かべた人柄をそのまま人へと当てはまると、都という人物ができる。
あるいは、極端に言うならば、後先考えず楽しさを追い求めて行動するような生き方をしているのだ。
それが良い結果になるのか、それとも悪い結果を引き起こすのか、それはひとまず置いておこう。
もしも、を考えて欲しい。
刹那主義の少女が異世界へと飛ばされたら、どうなると思う?
自分の身の危険を考えずに冒険をする?
感情に任せて魔法を使う?
面倒事に顔を突っ込むかもしれない。
怒りのままに行動するかもしれない。
後先考えず人を助けるかもしれない。
…少しばかり、異世界へと送り出すには不安である。あるいは、物語としては分かりやすく行動する人物とも言えよう。
主人公たりうる少女だ。
けれど、現実にそんな少女がいるとしたら、危なっかしくて、いささか面倒くさい。
だが、もしもその異世界の文明は滅んだ後で、大気は汚染されていて生物の過ごせる環境ではなかったとしたら。
刹那主義の少女は──都は、今そんな事態に直面していた。
トラックを必要としない異世界転移。
いつの間にか異世界へと辿り着いた都は、異世界に来たと自覚するよりも、汚染された空気に肺が悲鳴をあげるのが先だった。
「あ、れ…?」
手足が痺れたのか、がくがくと足が揺れて都はその場にぱたりと座り込んだ。
──目の前に、面白そうな光景が広がっているのに。
都は、砂の舞う砂漠に1人立っていた。
暑さのない砂漠に建てられているのは、砂まみれで存在するお城。
否、おそらく砂のみで出来た城が、風などの影響で崩れ始めているのだろう。
触ったところから、サラサラと崩れてしまいそうな見た目をした城でありながらも、その存在感は凄まじいものであった。
何十年も人の手が入っていないであろう光景だ。それなのに、表面こそ剥がれてきているが、どこも欠けることなく建っていることが信じられない。
堂々と存在するその砂の城はあまりにも美しい。
それを目にしているのに、手を伸ばすことができないのが、都にとっては何よりも辛い。
───探検がしたい。今すぐ砂の城の内部へと入りたい。楽しそうなのに。
都はなぜかあくびが止まらなくて、吐き気がする。ぞわりとした。がくがくと痙攣して、喉に溜まった血で息が吸えなくなった。
目の前が歪んできて、都はぱたりと地面へと倒れ込む。
喉を抑えて息を吸う。喉が痛い。息をしているのに空気が入ってこない感じ。空気自体が、気持ち悪い。震えが止まらない。
───ヤバイのは分かる。けど、何が起こっているのか、さっぱり分からない。
どれぐらいヤバイのか、ここはどこなのか、分からないことを確かめたいのに体が動かない。
「ぁぁぁぁあぐぅぅうっっ」
苦しさのままに引っ掻いた地面が、爪から出た血で染まり痛々しい爪痕が残される。
喉から出るのは獣のような叫び。
肺が、頭が、喉が、目が、口が、鼻が、臓器が、心臓が、あらゆる場所が苦しさを訴えてきて、そして───
都はようやく、意識を手放した。
ーーーーーーー
「……」
都が目を覚ますと、砂色の壁に囲まれていた。ところどころに模様があるけど、ほとんどは削れてしまったらしく元々どんな部屋だったのかは分からない。
何十年も放置されたような、場所だ。
「……」
都は直接地面に寝かされていて、背中はおそらく砂まみれ。
───もしかして、私は砂の城の中にいる?
「…あ、起きました?あの、死にかけたばかりで悪いんですけど、」
「砂の城に入れた!やったぁ!!探検したい!面白そう!!」
目を開き、どの場所にいるのかを把握した都は寝かされた状態から起き上がり、その場で飛び上がる。
都は、刹那主義である。
何度でも言おう。都は、刹那主義なのだ。
都にとって、大切なのは【今】だけ。
都の頭の中には、なぜさっきまで家にいたはずなのに砂漠の中にいるのか、なんて疑問はない。
何かを喋りかけてきた声についても、意識の外にある。
砂でできた建物内で動き回ることの危険性についても、考えてはいない。
しかも、先程死にかけたばかりで、そんな経験など初めてだというのに、目先の楽しさの方を優先するのだ。
平和な日本社会に生まれたからこそ、死にかけるなど刹那主義の都でもなかっただけ。
もしも生まれた場所が戦場であったなら、我が身を顧みないその行動は死へと繋がる。
都は異常である。
平和な時代に生きていたから何も無く生きてこられたものの、時代や世界が違っても変わらないその本質は、あまりにも異常。
【今】以外の、何もかもが見えないのだ。
例えば、今。砂の城の中に入れて、今いる場所から廊下が見え、さらにその先には階段が見える。
───ああ、楽しそう。どこまで広がっているのかが気になる。冒険する!
都の頭には砂の城で冒険することしか存在せず、それ以外は考えない。冒険しよう、ではなく冒険する、だということも異常だとしか言いようがない。
危険性なんて、未来の話だ。起こってから考えればいい。
砂漠に突如降り立ったことだって、もはや過去の話で、都は今のことしか考えるつもりは無い。
だが。都は、自分ではもう既に過去としているが、倒れたばかりなのだ。その体で勢いよく走り出そうとすれば、それはすなわち。
「えっ、待って!まだ動いたら…!」
慌てたような声が聞こえたと思った瞬間、都の意識はもう一度ふっと消え失せた。
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