あんたは食えと言うけれど 飢えた子だって絶対残す
ジョニさん
第1話 恐怖はまだ先のようだ
いつからそんなことが始まったのかよく覚えていないが、何だかいつのまにか品のない大食い選手権や早食い競走みたいな食い方がしょっちゅうテレビで流れている。なんだかなあと思う。大食いや早食いがなんの自慢になるのだろうか。
バイト
その年の初めに年号が昭和から平成に変わった。
その春に俺は日本最北の教育大学になんとか入った。なんとかではあったがこれでようやく大学生だ。
「よおし、元号も変わったし俺も晴れて大学生!キャンパスライフエンジョイだ!」
っていうほど気持ちは盛り上がらなかった。
一浪すると随分気持ちが冷めるようだ。
これからの生活、不安と期待でいっぱいだなあとか、兎にも角にも遊びまくるぞ〜とか、学徒の本業は学問なり、我はまっしぐらに学業に打ち込むぞ!などという類いの意気込みは全くなかった。
その大学はまあ、偉そうに教育大学なんて言って市内でも幅を利かせているようだったけれど、その実態は中途半端に勉強はできるけど、基本、頭の弱い連中が集まる低レベルの大学だった。こんな連中が教員になるんだから、日本のお先は真っ暗だよなあ、などと自分を棚に上げている俺も同じようなものだった。
いやいや、俺は絶対違うぞ!と思おうと思ったが、思えなかった。やっぱり、俺もそんなレベルか。
高校3年の時、親が転勤で引越しして俺は残り一年だからという有難い理由で地方都市で一人暮らしを満喫していたものの、あまりにも満喫しすぎて大学受験を失敗し、それ見た事かと親元の住む街へ呼び出され、そこから一年窮屈な浪人生活をしてきた。そんな窮屈な生活とは真逆な大学生活に徐々に慣れ、すっかり俺はキャンバスライフをエンジョイしていた。入学当初の諦観はどこへ行ったのだろう。
前期が終わり長い夏休みに入った。その終わり頃、俺が所属する哲学ゼミの一つ上の先輩である櫛田さんからバイトをしないかと誘われた。
大学生活というものはなんというか、金が必要だった。本当ならばバイトなんかしたくはない。とはいえ時間は有り余る程あるものの金がない。そしてやりたいことが山ほどあった。そしてそれには金が必要だった。だからバイトへの誘いは二つ返事でお願いした。
入学してからこの数ヶ月、単発のバイトをいくつかやってはいた。
市内や近郊の町の百貨店の催し物の資材の搬入搬出、コンサートの警備員、面白かったのはこの街に一年に一回だけ来るジャイアンツの試合のチケットを買うっていうもの。
天下のジャイアンツがこの街に来るとなると、チケットの争奪戦は激しいらしい。それをゲットするためにはチケット売り場に販売日の前日から並ばなければ買えないらしく、それをぜひとも欲しい人が金はないけど時間は売るほどある暇な大学生を雇って、代わりに並ばせ買わせるっていうものであって、一人4枚まで買える数千円のチケットを買うために日当一万円も払ってくれるという美味しいバイトであった。
このジャイアンツの地方戦でチケットを買うために前日から長い行列ができるというのは当時としては気違い沙汰っていうか、全国的にも珍しいことだったみたいで、翌日の『ズームイン朝』にニュースとして取り上げられていて、バッチリ俺たち数人はそのアホヅラを全国ネットで映しだされたのがなんだか誇らしかった。
大学生活に慣れ、少しずつ世馴れてきた感が出始め俺にはどれもこれも単発のバイトばかりで入ってくる金が少なく、やっぱり定期的な収入が欲しいなあって思っていた。でも実は、俺はほんの一ヶ月前からいわゆる定期的なバイトを始めていた。
四年生の先輩に紹介されたそれは、個人経営の塾の助手みたいなものだった。プリントや宿題の採点、できの悪い生徒の個別指導など、割りに楽なもので時給も悪くはなかった。
雇い主のおっさんとおばさんがなんだか高学歴を鼻にかけて、どこか子供らをバカにしているような感じがするような人種で俺的には好きになれなかったが、妙に俺のことを気にいってくれていて待遇がかなり良かったのでこのまま続けてもいいかなあくらい思っていた。
櫛田さんに紹介されたバイト先は北海道ではそこそこ有名な大人の歓楽街である市内のサンロク街にある酒場だった。
酒場っていうとなんだかくたびれたハゲのおっさん達が集う居酒屋なんかのような店を想像してしまうがそうではないらしく、ビールや洋酒、カクテルなんかを提供する雰囲気もいい小洒落た店だと聞かされた。
俺は自分がパリッとした白いワイシャツと黒いスラックスを身にまとい、銀色に輝くシェーカーを振っている姿を想像し、ニヤニヤしていた。
『カクテル』って映画でトムクルーズがボトルを空中に放り投げて受け取った、いろいろアクロバティックなことをしなくちゃならねえなあ、なんてどうでもいい心配をしてしまった。
「いらっしゃい。来てくれたんだ」
カウンターに藤木さんが座った。
彼女は国語科の学生だった。俺の所属する社会科と国語科は、一般教養の講義がほぼ一緒。最初の講義から俺は彼女に目をつけていた。
色が白くお目目がぱっちり。鼻筋が通っていていわゆる美人だ。背は小さいが、隠れ巨乳。ん〜、トレビア〜ン。I wont youだぜ。
その彼女が、どういうわけでこの店に来たのだろう。
「何にします?ビール?カクテル?」
「ん〜、シンガポールスリング」
「・・・・承知しました」
シンガポール・・・・?なんじゃそれ?
まあいい、作ろう。シンガポールなんちゃらとやらを彼女の前に出した。
「おいしい」
「ありがとうございます」
「梨田くん、格好いいね」
「えっ?」
まあ、俺が格好いいのは周知のこと。何を今更。・・・・・・・てへ。
「ねえ・・・・」
「何か?」
「何時に終わる、ここ?・・・・」
彼女は白い頬を真っ赤にしながら、まっすぐに俺を見て言った。
「さあ、お客様が帰るまでだから、何時になるか」
俺はクールな顔でそう言った。
「そうなの?・・・・、じゃあ、私が最後のお客さんになるかなあ・・・」
「・・・・どどどどどど、どういうことかなあ・・・・」
「うふ。さあ」
彼女は小首を傾げて俺を見つめた。この後どうなるのかしら?私たち・・・・・・
「痛っ!」
後頭部に衝撃が走った。
「何すんすか!せっかく、今、藤木さんが・・・・」、
「で、やるのか、やらないのか、バイト?」
櫛田さんが俺を睨んでいた。
「やります、やります、ゼウスに誓って絶対やります」
俺は即答した。
「でも、お前、塾の方のバイトは大丈夫か?」
「ああ、あれっすか、問題ないっす」
なんとかなるさ。
翌日、定期的なバイトをしていない同じゼミの高畑に塾のバイトを無理やり押し付けるように引き継いだ。
「よし、これで俺はサンロクのトムクルーズ。藤木さんのハートはもう俺のものさ!」
しかし、状況は少し違っていた。
その店は居酒屋ではないし、カクテルも出す。
カウンター席にテーブル席、ソファーのボックス席もある。
暗い照明で店内は黒で統一され、ぱっと見小洒落ている。
でもその実状は、国産ビールと水割りがメインで、当時出始めたレーザーデスクカラオケを装備した、ホステスのオネエさんがいないだけのスナックみたいなものだった。
しかも、パリッとした白いワイシャツなどの支給などなかった。
俺は着の身着のままで店に立った。
ヨレヨレのヘインズに履き古した501、かかとの磨り減った小汚いスタンスミスで。
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