7 兆候※
鮮やかな緑青色が映える人工芝のグラウンドに、トラック競技の開始を告げるかのような号砲が鳴り響いた。だが、それはスタートの合図ではない。銃床の
停電から約一週間。漸く電気や水道の止まった生活にも慣れて落ち着き始めたところで、智哉は改めて食糧と交換で手に入れた銃の試し撃ちに出かけて来たのだ。その間は急遽太陽光パネルの増設を図ったり、燃料の確保に飛び回ったりして、気付けばこれだけの日数が過ぎていた。訪れたのは人目を憚る必要がない広い場所という点で選んだ郊外の屋外競技場だった。ここなら例え銃声を誰かに聞かれても四方のスタンドが妨げとなって目撃される心配はない。周囲を四百メートルのオーバルトラックに取り囲まれた多目的グラウンドにはロングパイルの人工芝が敷き詰められていて、その中へ近くから連れ込んだゾンビを標的として配し、それぞれの銃の使い勝手を検証する。わざわざゾンビを目標に使うのは、的紙ではわからない実際の威力をこの目で確かめるためだった。自分の腕前ならどの程度の距離まで当たるのか、貫通力の違いが背後にどう影響するのか、弾の装填と排莢のやり方、反動の強さなどを一つ一つ身体に覚えさせていく。
(それにしてもあの爺さん、完全に自分の趣味を押し付けやがったな)
銃砲店で智哉が店主の老人から譲り受けた銃は四丁。受け取った時点ではわからなかったが、その後知識を溜め込んでいくに連れ、かなりマニアックな取捨選択であることに気付いた。散弾銃としてはミロクMS2000フィールドモデルGR1とベネリM3スーパー90とサベージ220Fが、ライフル銃ではブローニングBARマークⅡサファリが選ばれている。この中で散弾銃とライフル銃の違いは使われる弾丸によるところが大きい。普通、散弾はワッズと呼ばれるプラスチック容器の底に雷管と火薬をセットしたものの中に複数のペレット(散弾の粒)が入れられている。ペレットの数や大きさによって様々な種類があり、同じ
その智哉が渡された唯一のライフル銃であるブローニングBARは、世界で最も売れている
次に散弾銃を見てみると、まずは国内唯一の銃器メーカーであるミロクが特約店向けに販売したMS2000が挙げられる。上下二連元折式と言われるタイプで、その名が示す通り、縦に二本の銃身を備え、それぞれ異なる種類の散弾を装填できる。撃ち分けは開閉レバーの後方にある安全装置を兼ねたセレクターにより行い、表示されるアルファベッドはSがセーフティー(安全)、Uがアンダー(下筒)、Oがオーバー(上筒)を意味する。モデル名のフィールドは狩猟目的を表し、GR1はエントリーモデルに当たるグレード1ということだ。エントリーモデルとはいえ、銃床などの木製部分は美しい木目が特長的で、機関部や用心金には繊細な彫刻が施されている。機関部の上にある開閉レバーを右に押すことで銃身が根元のヒンジから折れ、装填や排莢が行える仕組みだ。射撃では伝統的に最初に発射する弾を初矢、次弾を二の矢と呼ぶが、このような二つの銃身があれば初矢で獲物を仕留めることを前提に、二の矢は撃ち洩らした時用として散弾の種類を異なるものにしたり、チョークと言われる銃口の絞りが交換式であれば集弾パターンを変えたりといったことが容易に実現可能となる。智哉はこの上下の使い分けとして初矢とした下筒では未熟な腕でも確実に当たるように本来の銃口径よりやや幅広の、つまりは拡散率が高い至近距離向けのスキートチョークを選択した。使用する弾はバックショット(中型動物用の粒の大きい散弾の総称。バックとは牡鹿の意。粒の小さいものはバードショットと呼ぶ)の中でも殺傷力が高いとされる
続いてはベネリM3。これは世界一厳しいとも評される銃規制を敷く日本において、軍や警察などの公的機関向けのものをそのまま入手できる数少ない実銃として愛好家には知られる存在だ。その特長はイナーシャー・オペレーションというセミオートライフルとほぼ同等の機構で半自動性を実現し、これまでのセミオートショットガンで弱点とされた連射速度の遅さを克服した点にある。さらにこの分野におけるもう一方の雄であるフランキ社のスパス12と同じく、
そして最後はサベージ220Fだ。これは前出の二つの散弾銃と違い、サボット・スラッグ弾専用銃となっている。サボット弾とはスラッグ弾の一種で、よりライフル特性に近付けるため、ライフリングのある銃身で撃ち出せるようにスラッグ弾をプラスチックの皮膜で覆うようにしたもの。射撃には専用の銃身、もしくは銃が必要だ。精密さではライフルに劣るものの、通常のスラッグ弾より狙いは正確で遠射性に優れているとされる。ただし、国内の規制でライフリングが銃身の1/2以上のものはライフル銃として分類されるため、散弾銃として所持するにはこれを半分まで削ったものでなければならない。従って日本で出回るサボット専用銃の殆どはハーフライフリングと考えて良い。このサベージ220Fもその一つ。ボルトアクション式で、使い勝手は同タイプのライフル銃とほぼ変わらないと言うが、ここではカモフラージュ・パターンの
と、ここまでが老人の話と本で調べ上げた受け売りである。老人からすれば厳選したつもりだったかも知れないが、智哉の印象は幾分違っていた。総じて言えばこれらは実戦向きの揃えではない。例えば弾薬の互換性で言うと、ミロクMS2000とベネリM3が共に国内では事実上の最大番
その後も何発か撃ち込んで、満足したところで帰り支度を始めた。それぞれの銃に弾が入っていないことを確認して、専用のガンケースに納める。ふと何かの気配を感じて顔を上げると、遠くの空に微かな機影らしきものが見えた。逆光に目を細めながら眺めていると、徐々にこちらに近付いて来るのがわかった。やがて、プロペラ機特有の賑やかな振動音が聞こえ始める。念のために智哉はスタンドの庇の陰に隠れて様子を見守った。一直線にこちらを目指して接近して来ているようで、ぐんぐんとその姿が視界の中で大きくなっていく。全体がやや青味がかった薄いグレー色なのは軍用機によく見られる、所謂ロービジ塗装というやつだろう。左右に伸びた翼にそれぞれ二発のプロペラが回転している。さほど航空機に詳しくない智哉でも、その正体がニュースなどでもよく見かけるC─130という軍用輸送機であることを見抜いた。側面に日の丸が描かれていることから、恐らくは航空自衛隊か海上自衛隊の所属機と思われる。混乱が始まってから初めて見る機種だ。それほど低空ではないが、智哉が見上げた頭の上をあっという間に通過して行った。その通り過ぎた場所に何かが浮かんでいることに智哉は気付く。青空を背景にパラシュートで吊り下げられたその物体は、ゆっくりと地表に降下してくる。競技場を目標に投下したようだが、よく見るとそれ一つではなく今し方来た方向にも同じような物が浮かんでおり、さらに遠ざかる機の開いた後部ハッチからも新たな荷物が落とされるところだった。暫くは興味深く眺めていた智哉だが、不意にある可能性に思い当たって途端に蒼ざめた。
(まさか、爆弾ってことはねえだろうな)
智哉が想像したのは、政府とか自衛隊とかの偉い連中が一向に解決の糸口が見えない状況に業を煮やして、地上の被害を顧みず生存者共々ゾンビを抹殺するつもりで爆発物を落としているではないかということだ。さすがに日本で核兵器ということはないだろうが、燃料気化爆弾や
(……どうやら爆発はしないみたいだな)
爆弾という心配は杞憂だったようで一先ずは安心する。智哉はガンケースに仕舞ったブローニングBARからスコープだけを取り外すと、倍率を最大にして詳しく観察した。それでわかったのは落ちて来た物体は物流倉庫などでよく見かける一メートル四方ほどの木製パレット上に、幾つかの段ボール箱が積まれたものらしいということだ。箱の側面にはそれぞれに飲料水や非常用食糧といった文字が見える。パラシュートに繋がる寝元には点滅を繰り返す信号灯が付けられていた。今は昼間でそれほど目立たないが、夜になればかなり遠くからも人目を惹くだろう。
(要するに非常用物資を届けに来たというわけか……)
智哉にはあまり意味のない行為だが、確かに上手く受け取ることができれば助かる者は大勢いるに違いない。あくまでも受け取れればの話だが。
(余程、上手くビルの屋上にでも落とさなきゃ生存者の許には届かないだろうな)
わざわざこれを受け取るために外に出る危険を冒すとしたら、却って犠牲者を増やしかねない諸刃の剣と言える。
コンパスで輸送機の大まかな飛行ルートを把握しておき、姿が見えなくなったところで智哉は投下された物資に近寄った。厳重に固定してあるベルトをナイフで切って積み荷を解く。箱を開けると、思った通り飲料水のペットボトルやレトルトパック、缶詰などの中身が確認できた。折角なので幾つか頂いていくつもりでどうやって運び出そうかと思案していると、智哉の身長より高く積まれた物資の一番上に見慣れない頑丈そうなプラスチック製の箱を見つけた。一見するとカメラや三脚を収納するハードケースのように見える。手を伸ばしてケースを下ろし、蓋を開けると幾重にも包まれた緩衝材の中から然も軍用といった無骨な四角い機械が出てきた。大きさや形状は大昔のショルダーホンと言われた肩掛け式の携帯電話に似ている。マニュアルらしきものが同封されており、その表紙には急遽作成したような荒い印刷で、「この通話機の取り扱い方」と書かれていた。パラパラと捲って大雑把に目を通す。それによると、どうやらこれは近隣の自衛隊基地に繋がるものらしい。この通信機を使って救助の要請をすれば直ちに自衛隊機が赴くとある。空中投下の一番の目的はこれを届けることだったようだ。とりあえず智哉はそれも持ち帰るつもりで、ケースに戻した。それからグラウンド内への車両乗り入れ口を見つけ開放すると、一旦、外に停めた軽トラに戻り、改めて運転して引き返す。世界がこうなって以来何だかこんなことばかりしているな、と内心でぼやきつつ、荷台に物資を積み込んだ。当然ながら通信機の入ったケースも忘れずに載せる。それでも一応、他の生存者のために半分ほどは残しておくことにした。数日後に再び来てみて手が付けられていないようなら、その時残りも回収すれば良い。同様に輸送機の飛行ルートを辿りながら別の物資が投下された地点も探して回った。見つかったのは競技場以外に三ヶ所。全ての地点をチェックしておく。後日確認して、やはり誰も手を付けた様子がなければ智哉が有り難く頂戴する予定だ。それなら独り占めしたところで誰かに文句を言われる筋合いはない。
【カクヨム運営より過剰な表現との指摘があったため、一部を削除しました。文章に繋がりがないのはそのためです。完全版の掲載はアルファポリス(https://www.alphapolis.co.jp/novel/201268578/431697946)、もしくはミッドナイトノベルズ(https://novel18.syosetu.com/xs8892a/)にて行っています】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます