第27話 単身赴任 / 狩猟

 2002年の2月初めの日曜日 午前7時頃に 宮崎事業所の製造課の佐方さんは 単身赴任寮に軽トラックでやって来ました。


 50歳台前半、中背細身で 話をする時に温和な表情を見せる佐方さんは この日に 私を狩猟に連れて行く約束をしていました。


 佐方さんは 私と供に新商品開発に取組んでいましたが 昨年末に新商品の量産化の目処が立つと 休日には休めるようになり この日に 私を狩猟に誘っていました。


 社運をかけた新商品開発の責務から来るストレスから開放された私の心は それまで内側に向いていたのが 外側へと向きを変えていて 彼の誘いは 私にとって渡りに船のようなものでした。 


 佐方さんは 私を軽トラックの助手席に乗せると 寮から北の方角へ数キロメートル離れたところにある彼の家へ向かいました。



 軽トラックが佐方さんの家の敷地に入ると 彼の帰りを待ちわびていたように「わん わん わん。」と元気の良い犬の鳴き声が聞こえてきました。


 彼は 車を降りると 近くの木に繋がれていた猟犬4匹を 軽トラックに積んだ檻に移し その後 家に入ると 銃ケースに入った猟銃を持ってきました。


 犬の鳴き声や猟銃は 私を 緊張させ この日の起きることへの興味を掻き立てました。 


 「それじゃあ 出発しましょう。」と言うと彼は 軽トラックを出すと 家から北の方角へ進みました。



 車の進む道は 木城町を流れる小丸川にぶつかり そこから川に沿って西の方向へ進み その後 山道に分け入り 暫くすると 人が住んでいない民家に着きました。


 民家は 佐方さんの所属する狩猟の春山グループの集合場所でした。

春山グループは 猟の期間中だけ 家の持ち主から借りて 狩の拠点としていました。


 家の前の道には 軽トラックが5台停まっていて 幾つかの車には 猟犬が積まれていました。


 この日に集まったハンターは7名であり 60歳代や70歳代の方が多く 50歳代前半の佐方さんは一番の若手でした。


 私は 佐方さんに言われて持ってきた1.8リットルの紙パック入りの焼酎を ハンターの一人に渡すと 彼は それを家の中の神棚に祀られた山神様にお供えしてくれました。 



 お供えが済むと ハンター達は 今日の猟の段取りについて 打ち合わせをはじめました。


 狩猟のスタイルは ハンター達を二手に分けて行うもので 彼等は 犬を連れて獲物を追う「せこ」と呼ばれるチームと 彼等に追われた獲物を待ち撃つ「まぶし」と呼ばれるチームとに分れました。


 彼等は 打ち合わせの中で 狩猟のエリアと 「せこ」が進むルートと 「まぶし」 が待ち受ける場所等を取り決めました。 


 佐方さんは「せこ」役となり 私は彼に借りたビデオカメラを持って 付いて行くことになりました。


 彼等は皆 無線機を携帯していて それを使って狩猟の情報を交換を行い 無線機を使う時は 互いを名前では呼ばずに 3桁の番号で呼びました。


 先に「まぶし」のメンバーが 軽トラックで集合場所を離れて行き 暫く後に「せこ」役の佐方さんと私は 「407」とそれぞれの軽トラックで猟場へ向かって移動しました。



 山の斜面に2台の軽トラックが止められると 2人のハンターは 車を降りて猟銃を点検し始めました。


 私は 佐方さんの猟銃の点検の様子をビデオカメラ越しに見ていましたが 彼の動作は きびきびしたもので 近寄りがたい雰囲気と緊張感を漂わせていました。



 猟銃の点検が終わると 佐方さんと私は 「407」と別れて それぞれのルートに進みました。


 二人は 猟犬の後を追って 木々が生い茂る道なき山を登り 尾根を下り」ました。 


 二人が急斜面の山を登り尾根に出た時に 4匹の猟犬が 右下の方向の斜面を 吠えながら駆け下りて行くのが見えました。 


 その直後に 左下の方向に 猟犬と同じくらいの大きさの灰色をした動物が走り出すのが見えました。


 その動物が前方の斜面の尾根に向かって駆け上がるのを見た私は「獲物! 獲物!」と叫んで その方向を指差しました。 


 その瞬間に 佐方さんは「猪じゃ!」と言いながら 素早く猟銃を構えて 2発撃ちました。

猪は 飛び跳ねるようにして尾根を超えて行きました。


 その後 猟犬を追って尾根を下っていくと 「まぶし」から無線が入り 鹿を仕留めたとの連絡を受けて 二人は 「まぶし」の待つ現場へ向かいました。 



 現場の近くまで来ると 佐方さんは猟銃を肩に掛けて 私からビデオカメラを取りあげて「川緑さん 獲物はその先にいます。先に行ってください。」と言い 後方から 私の様子をビデオに撮り始めました。


 「まぶし」が待つところへ着くと そこには谷川があり 川の手前に 重さ100キログラムくらいの雄の鹿が横たわっていました。 


 3段に枝分かれした角を持つ鹿の頭の近くにしゃがんで見ると 胸に刺し傷があり 短刀でトドメを刺されたのが分かりました。


 横たわった鹿の瞳のない目は 大きく見開かれていて 光のない緑色をしていました。


 鹿の首筋辺りに動くものに気付いて 見ると 体長5ミリメートルから10ミリメートルくらいの大きさのダニが5匹から6匹くらい 連なるようにして 鹿から離れていくのが見えました。


 たった今まで 山を駆け回っていた 鹿が 目の前に横たわって死んでいることに 私は ショックを覚えましたが「これが狩なんだ。」と思いなおしました。


 私は 鹿を見ながら 大昔に人が狩猟で生きていた頃には 男達は 山に入り弓矢や槍で鹿を仕留めて 同じ光景を目にしていたのだろうと思いました。


 彼等が 生きる糧を得て どう思ったのだろうかと考えると いろいろな感情が推測されました。


 鹿を仕留めた「まぶし」に促されて 「せこ」の2人は彼を手伝い 鹿を谷川から山道までの15メートルくらいの斜面を引き上げましたが それは かなりの重労働で 私はひどく息が切れました。


 獲物を軽トラックに乗せていると また無線が入り 別の所で鹿が捕れたとの連絡がありました。



 佐方さんと私は 次の現場に到着すると そこは 葉の落ちた広葉樹の林がある山の斜面で そこにいた二人のハンターは 80キログラムほどの雄鹿を 山道の方へ引きずり下ろしているところでした。


 私は ビデオカメラを回しながら 彼らの左斜め後方のから近づいて行き 彼等に追いつくと獲物を山道まで運ぶのを手伝いました。


 獲物を軽トラックに乗せると 午前中の狩りは終わり 空き家へ戻り 昼の休みとなりました。


 佐方さんと私は 道路わきの空き地に 場所を取ると そこで 佐方さんの奥さんが作ってくれたおにぎりを食べ お茶を飲みました。


 山を歩き回って 獲物を運ぶのは 結構な運動量で お腹も空いていて その時に食べるおにぎりは 格別に美味しいものでした。



 午後になると佐方さんと私は 午前に登った山と谷を挟んで反対側にある山の斜面へ向いました。


 二人は また尾根を登り 斜面を降りましたが 私達の先を行く猟犬が吠えることはありませんでした。


 午後4時頃に 狩猟は終わり 二人は山を降りて 集合場所の空き家へ戻りました。


 この日の春山グループの猟の収獲は 鹿5頭でした。 


 5頭の鹿は ハンター等によって空き家の中に運び込まれ 獲物の解体が始まりました。


 空き家の土間に運ばれた鹿は その角にロープが掛けられ 家の太い梁の下に吊るされました。


 解体作業は 二人が1頭に掛かって行われ 彼等は 吊るされた鹿の両側に立つと 短刀で皮を剥がし 次に 前足を肩から切り外しました。


 鹿の肩には関節がなく 驚くほど簡単に切り外されました。 


 その後 後足が切り外され 背中の肉が切り外され 内臓が取り出され 最後に肋骨と背骨が切断されました。


 私は ビデオカメラを回しながら  5メートルくらい離れた位置から鹿の解体作業をみていましたが 辺り一帯は ひどい血の臭が立ち込めていました。 


 「血生臭い」という言葉を聞いたことがありましたが その場は単に生臭いだけでなく 臭いが体に染み付くような気がして 私は 胸がムカムカするのを感ました。


 鹿の解体作業をしていた60歳代のハンターは 一口大の赤い肉片を切り取り 私に「食べんね。 

醤油で。」と言って差し向けました。

 

 「ありがとうございます。でも、血の臭がきつくて。」と遠慮すると 彼は「それに慣れたら 美味いよ。」と言いました。

 

 「美味しい」と聞いた時に 私は その感覚は きっと普段の食事で味わう料理の「美味しい」とは全く別のものなのだろうと思いました。


 人の味覚には 大昔の狩猟時代に 男達が山で獲物を仕留めて その生肉を食べた時の記憶が組み込まれていて その感覚には 生きることを実感させる「美味しい」があるのだろうと思いました。 



 午後6時半ころまでに 獲物の解体作業が終わると 収獲はみんなに分配されました。

猟犬を出した人には 収獲は多めに配られ 内臓は希望する人に その部位が与えられました。


 収穫の分配が終わり 皆が家の広間に上がり車座に座ると ハンターの一人が 山神様にお供えしてあった焼酎を持ってきました。


 彼は 焼酎を1つのお椀に注ぐと 近くに座っていた一人に手渡し お椀を受けたハンターは それを一口飲むと 隣のハンターに手渡し みんなで回し飲みして 本日の収獲を祝いました。


 焼酎が一回りすると 最長老のハンターは「今日の猟の成果は 春山グループ始まって以来の快挙だ。」と笑顔で言いました。


 狩猟の会が散会すると 佐方さんは 彼の収獲の一部を私に分け与えて 単身赴任寮まで送って行きました。



 寮の自室に帰り着いた 私は ベッドに仰向けに転がり込みました。 

 

 私の全身は きしむような痛みと疲労を感じていて 鼻には 鹿の血の臭いが残り 頭には 今日の狩で経験したいろいろな場面がぼんやりと蘇りました。


 私は 頭がぼんやりしているのは 体の疲れからだけではなくて 狩がもたらす緊張に 一日中 晒されていたことによるものだと思いました。


 私は 今日の経験から 男の遺伝子には 昔の狩猟民族の記憶が綴られていて その記憶は 狩がもたらす緊張感と 獲物を食して生きることに 強く関連しているのだろうと思いました。


 大昔に 男は 山に入って 獲物を追い それを仕留めるために 動ける体を作り 知恵を絞って生きていたのが いつの間にか暮らしが変わり 人は狩猟の機能を忘れてきたのだろうと思いました。

  

 私は 今日の狩の経験が 私の遺伝子に眠る狩猟の記憶の一部を呼び覚ましたのかも知れないと思いました。


 そして おそらく それは 「強靭で柔軟な心身作り」に必要な要素だったのだろうと思いました。


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強靭で柔軟な心身作り / 川緑 清 @ykiyo

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