第15話 リフレッシュ / 仕事と鮎つり

 日々の業務の中に「強靭で柔軟な心身作り」の取り組みを求めることは可能でしょうか? 



 2006年頃 勤め先の会社は 多くの事業場で業績不振が続いていたので 会社の責任者等は 業績を改善しようと 幾つかの経営改善策を打ち出しました。


 彼等の経営改善策の1つは 人件費を削減することで そのために会社は 全ての従業員を対象に早期退職者募集を行いました。


 また経営改善策の1つは 収益改善の取り組みであり そのために会社は 全ての事業場に既存事業の販売拡大や新規事業の創出を求めました。


 彼等は それぞれの事業部に 経営のV字回復を指示し 1年で黒字化を目指す事業計画の提出を求めました。



 事業部の責任者等は 今年度の事業計画を黒字化するために 各部署のチームリーダー経由で 業務担当者に今年度の業務計画の上積みを求めました。


 私達実務担当者は それなりに上積みした業務計画を提出しましたが チームリーダーは「これでは上に通らないな。もっと上積みできないか。」とダメ出ししました。


 しかたなく 担当者等は 販売額を上乗せするのに 自分でも良く分らない新規事業を盛り込んだ業務計画を提出しました。


 事業計画が確定すると 事業部の責任者等からの指示を受けたチームリーダーは 定例の報告会の時だけでなく 常日頃 それぞれの担当者の業務の進捗を厳しく追及するようになりました。 


 定例の業務報告会でのチームリーダーの重箱の隅をつつく様な追求は 担当者達の口を閉ざし 上下関係をぎすぎすしたものに変えていきました。


 上との会話を避けて 内にこもりがちになった担当者は 表情を無くし 無口になり 心理的に不安定な状態に落ち込み メンタルヘルスを害することになりました。

 

 なんとも重苦しく息苦しい職場の雰囲気にたまりかねた私は 自身の不安な状態を打開し リフレッシュするために「強靭で柔軟な心身作り」の取り組みを始めることにしました。



 取り組みを始めるに当たり 私は 自身を不安定にしている状況を分析しました。


 職場の雰囲気悪化の元々の原因は 会社の業績の悪化にあり それは 市場のグローバル化や急速な円高等の外的要因によるものでした。


 会社の責任者等は 経営建て直しのために リストラを断行し 多くの社員を切り捨てたので 私の周りには 有能な人材が少なくなっていました。


 有能な人材の存在は 会社の競争力に貢献するだけではなく 組織を結束させる力を持つものなので 彼等が欠けると 組織は 活力と結合力を無くし不安定なものになっていました。 


 周りに有能な人材がいない中で しかたなく作成した業務計画には 新規事業創出の計画が盛り込まれましたが それは 計画の裏づけとなる技術もなく 絵に描いたもちの様なものになっていました。


 絵に描いたもちの業務計画であっても 一旦 承認されれば 事業部の責任者等から 業務の進捗を厳しく追及されるのは なんとも理不尽なことに思われました。 


 そのような担当者の思いは 業務の進捗報告会で 事業部の責任者等やチームリーダーと衝突する局面を発生させました。


 担当者は 新規事業を創出するためには 技術基盤の構築が必要であり 長期の開発期間と研究費の必要性を主張しましたが 事業部経営のV字回復を目指す責任者等は 時間のかかる計画は認めずに年度内の販売額の確保を要求しました。


 平目族のような責任者等の態度に「こんな会社は辞めてやる!」と言いたい気持ちを抑えて担当者は「分りました。ご期待に沿えるようにがんばります。」と言いました。  


 そう言いながら担当者は 自分の首を絞めている自分に嫌気が差し それが自身の言動に表れて 上下関係や職場の雰囲気を重苦しいものにしていました。 


 そのように現状を分析した私は 会社の上下関係は 鮎の友釣りに似ていると思いました。 



 鮎の友釣りは 囮鮎を泳がせて 野鮎を掛ける釣法であり 長い竿を使い 釣り糸の先に 鼻環でつながれた囮鮎に 掛け針をつけて泳がせて 野鮎の縄張りに 誘導し 野鮎が攻撃したときに掛け針に掛けるという ややこしい釣り方です。


 釣り人が責任者で 囮鮎が実務担当者として 野鮎の縄張りが新規事業領域であり 野鮎を掛けることが 仕事の成果であると仮定すると その構図は 会社の状況と似ていました。


 責任者である釣り人は 竿を動かして 担当者である囮鮎の鼻先を動かして向かうべき方向を指示し 新規事業である野鮎の縄張りに誘導しようとします。


 しかし囮鮎をうまく誘導できるかどうかは 釣り人の手腕によります。


 腕の悪い釣り人は 囮鮎の個性や状態を無視して 強引に進む方向を指示するので 囮鮎は反発して 別の方向へ泳ぎだします。


 囮鮎の動きに怒った釣り人は 強く糸を引いて従わせようとしますが 囮鮎は更に反発し 自分の道をがむしゃらに進みます。


 すると囮鮎は疲れてしまい 泳ぐ力を無くしてしまうと 釣り人は 役に立たないと判断して 囮鮎をお払い箱にします。


 また 別の囮鮎は 釣り人の指示の仕方が気に入らず 川の中の淀みに逃げ込み ふてくされて泳ぐことをやめてしまいます。


 囮鮎を泳がせようと釣り人が強く糸を引っ張ると やる気を無くした囮鮎は 川に流され 糸にぶら下がってしまい 役に立たないと判断した釣り人は 囮鮎をお払い箱にします。

  

 いずれの場合も 腕の悪い釣り人は 囮鮎との関係を悪くしてしまい仕事をさせる事ができずに 収獲を得る事ができません。



 腕の良い釣り人は 囮鮎を泳がせると それが水に慣れるまで待って 釣り糸を少し張って「調子は どうだい?」と様子を聞きます。


 囮鮎は「リーダー。 どうにも水が冷たくていけない。暫くの間 体を慣らしたいんですが。」と言って 動かずにいます。


 囮鮎の様子を見た釣り人は「そうかい。お前が承知しないんだったら無理にというわけにはいかないな。暫く待ってるよ。」と言って釣り糸を緩めました。


 暫くして 釣り人が「そろそろ水になれた頃だろう。仕事にかかるかい?」と聞くと 囮鮎は「リーダー、 掛け針が重くてね これじゃうまく泳げません。」と答えました。


 釣り人は 一度 囮鮎を引き寄せて 小さめの釣り針に代えると 囮鮎の様子をみました。


 そのうちに囮鮎は「リーダー どうしてもやらなきゃいけない仕事なんですね。それじゃあ やっつけますか。」と言って釣り糸を引っ張って 野鮎のいる縄張りへと泳いでいきました。


 縄張りに入ってきた囮鮎を見つけた野鮎は 直ぐに激しい攻撃を仕掛けて戦いとなりました。


 格闘の末に 野鮎を掛けた囮鮎は かなりのダメージを受けましたが それでも 野鮎を掛けたことを 釣り糸を引いて 釣り人に知らせました。


 知らせを受けた釣り人は 竿を立てて 鮎を寄せると タモに取り込み 囮鮎に「よくやった。いい仕事をしたな。」とねぎらいの言葉を掛けて 囮缶に入れるとゆっくり休ませました。


 ダメージを受けながらも大仕事をやってのけた囮鮎は  釣り人に認められ満足したようでした。 



 そこまで想像していた私は「このケースは うちの会社では 考えられないな。」と頭を振って 想像をかき消しました。 


 私は 会社のトップダウンの指揮命令系統下で 糸で繋がれて仕事をしている限りは 上に逆らって仕事をしなくても 独自の判断で仕事をしても 結局 行き着くところは お払い箱だろうと予想しました。


 会社の仕事を鮎釣りに比較し解析した私は 目標とする「強靭で柔軟な心身作り」を目指す取り組みを 仕事の中に求めることは難しいと思いました。 


 それなら 会社で過ごす時間の中で 自身のメンタルヘルスをより良い状態に持っていくためには 仕事とは別に 何か取り組みを行う必要があると思いました。


 何らかの方法で 仕事で発生するストレスをリフレッシュし解消する取り組みが必要だと考えました。



 仕事でのストレスを解消するために参考になったのは これまでの「強靭で柔軟な心身作り」の取り組みでした。


 それは 交通事故の後遺症の腰痛や膝痛とそれらの症状により生じるストレスを開放するための取り組みでした。

 

 私は 腰痛や膝痛の対策に効果のありそうなことを思いついたら 何でもやってみて その取り組みの効果を検証して 良いものを取り入れてきました。


 それに習って 職場でリフレッシュできそうな事があれば 何でもやってみる事にしました。


 そう思っているところへ 同じ職場で働く 福山さんが声を掛けてきました。


 30歳代後半、中背ふっくら体型、温厚そうな表情の彼は 訛りのあるイントネーションで「川緑さん 昼休みに 囲碁やりませんか。」と言いました。

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