第8話 スポーツジム / ヨーガ
2004年4月頃に 勤め先の会社は 経営状況を改善するために それぞれの事業部に「既存の事業領域に限らず 専門領域を超えた新規事業領域にチャレンジしよう! 」と呼びかけていました。
しかし新規事業の創出は 一朝一夕に成るものではありませんでした。
外部に目を向けた経営改善の取り組みに行き詰まりを感じた会社は 今度は組織内部に目を向けた取り組みを始めました。
それは 「ダイレクト コミュニケーション」と名づけられた取り組みで それぞれの事業部の責任者が 所属する社員と マン・ツー・マン形式でコミュニケーションを図り 業務の課題を共有することにより改善の方向を模索するものでした。
「強靭で柔軟な心身作り」の取り組みに行き詰まりを感じていた私は 会社の「ダイレクト コミュニケーション」 の取り組みに ちょっとしたインパクトを受けました。
これまで腰痛や膝痛対策のために 自分の一方的な方針により 足腰に強靭さと柔軟さを求める取り組みを行ってきましたが それは かえって足腰を痛めたり弱めたりするものでした。
私は 会社の新方針に倣って 自身の体のそれぞれの部位とのコミュニケーションを図る取り組みをやってみることにしました。
ある日の会社の帰りに 私は スポーツジムに寄ると ロッカールームでスポーツウェアに着替えて スタジオに入りました。
照明を弱められたスタジオ内は薄暗く 私は 入り口横に置かれたマットを1枚取ると 後方に移動してスペースを確保し マットの上に体育座りして ヨーガのレッスンの始まりを待ちました。
スポーツジムでは 2種類のヨーガのレッスンが行われていて 1つは 座位を中心に行われる動きの少ないヨーガであり もう1つは 立位を中心に行われる動きの多いヨーガでした。
この日のレッスンは 後者のヨーガでした。
スタジオ内を見回すと 40名程の参加者がマットに座って レッスンの始まりを待っていましたが スタジオ内にいたのは皆女性で 20歳代から70歳代と思われる年代層でした。
これまでに受けてきたエアロビクスや格闘技系エクササイズや水泳では 男性の参加者も多く見られましたが ヨーガのレッスンへの男性の参加者は稀でした。
一般に 女性に比べて筋肉量の多い男性は 体が硬く ヨーガのポーズを取るのが難しいので 敬遠される傾向があるようでした。
男性に比べてコミュニケーション力の強いと言われる女性等は スタジオのあちこちでグループを作り ヨーガのレッスンが始まるまで 会話していました。
彼女達は お互いに相手の話を聞いているのかいないのか 同時に大きな声で話をするので 私には それがせみ時雨のように聞こえました。
せみ時雨の中に一人浮いている感を覚えて それは居心地の良い時間ではありませんでした。
それでも 目を閉じて 周りから入る光の情報を遮断して 自分の意識を内側に向けると 不思議なことに そこに自分の居場所があるように思えました。
40歳頃の女性のインストラクターは スタジオの扉を閉めると「ではヨーガのクラスを始めます。マットの上に正座か胡坐でお座りください。水分補給のお水を お近くに ご準備ください。」と言いました。
彼女は スタジオの隅に置かれたCDプレイヤーで インド風の曲を流すと スタジオ前方中央の位置にマットを敷いて 正座しました。
彼女は「これから動いていきます。柔軟性は人それぞれです。決して無理をしないようにご自分のペースで動いてください。常に深い呼吸を意識して 鼻から吸って鼻から吐くことを繰り返してください。」と言いました。
彼女は 立ち上がって ヨーガのポーズの説明をしながら見本を示すと 参加者たちは それに倣って動き始めました。
最初のポーズは 直立の姿勢になり 両手のひらを胸の前で合わせて 目を閉じて 呼吸を繰り返すものでした。
薄暗いスタジオの中で目を閉じると 私は 自分自身がとても不安定に感じて 体がふらつくのが分りました。
次のポーズは ヨーガの基本動作の1つの「太陽礼拝」と呼ばれる動きでした。
「太陽礼拝」は 直立の姿勢を取り 胸の前で合掌して 深く息を吸い 息を吐きながら手のひらを合わせたまま両手を頭上に伸ばして 息を吸いながら両手を胸の位置に戻す動作から始まりました。
次に 息を吐きながら背筋を伸ばしたまま全屈して両手を足元まで下ろし 息を吐きながら上半身を床と平行になるところまで戻し 息を吸って吐きながら前屈する動作がありました。
最後に 息をすいながら上体を起こし 両手を伸ばして体の横から頭の上まで持ち上げ 息を吐きながら 胸の前で合掌する動作がありました。
「太陽礼拝」は ゆっくりペースで 4回繰り返して行われ その後 別の動きが追加されました。
前屈の後に 両足を後ろに引いて 両手と両足で体を支え 体をくの字に保つ「下を向いた犬のポーズ」と そのポーズから腰を伸ばして 腕立て伏せの形の「板のポーズ」と そのポーズから上体をそらして上を見る「上を向いた犬のポーズ」が追加されました。
深い呼吸を繰り返しながら「太陽礼拝」の動きを繰り返すと 私は 徐々に体が温まって伸びていく のを感じました。
「太陽礼拝」のポーズが終わり 水分補給タイムが取られ その後 幾つかの立位のポーズが行われました。
それらは 片足し立ちでバランス感覚を身につけるポーズや 両足で体重を支えて下半身を強化するポーズ等であり いずれも 基本のポーズから 難易度の高い幾つかのポーズが行われました。
私は 右足での片足立ちをしようとすると 直ぐにバランスを崩して右足をついてしまいました。
その瞬間に 私は 以前にエアロビクスのインストラクターに「両足の内側の筋力が弱くて 足が外側に引っ張れてている。」と言われたのを思い出しました。
私は 今のバランス感覚のまま 年を取っていき 足腰が弱り 更にバランスが取れなくなり 転んで骨折して 寝たきりになり 健康寿命が終わってしまうという将来像を思い浮かべました。
その映像を振り払うと 私は「強靭で柔軟な足腰作り」には 片足立ちのポーズで足の内側の筋力をアップして 足の踏む力とバランス感覚を身につける事を決意しました。
ヨーガのレッスンの下半身を強化するポーズでは 足を前後に大きく開き 前の足の膝を曲げて腰を落とすのを基本形とする「戦士のポーズ」等が行われました。
「戦士のポーズ」は 足腰を痛めた私には きつく そのポーズをとっていると 大腿筋がぴくぴく動いて 足の裏に汗がにじんでいくのが分りました。
「戦士のポーズ」は これまで行ってきたエアロビクスや格闘技系エクササイズや泳ぐこととは 違ったモードの筋力を必要とするものでした。
水分補給タイムが取られ 次に 幾つかの座位のポーズが行われました。
それらは 前屈のポーズや 開脚のポーズや 体をねじるポーズであり それぞれに基本のポーズがあり 難易度の高い幾つかのポーズがありました。
いずれのポーズも 深い呼吸と供に繰り返し行われました。
私は プールで息を吐く力をつけて 心肺機能を強化していたようで これらのポーズを取る時に 深い呼吸を保つことができました。
大きく息を吸って 肺で血液中に多くの酸素を溶かしこみ 長く息を吐き続けながら体を伸ばすことで 体の隅々まで酸素を送り込み 更に体の伸びを感じることができました。
水分補給タイムが取られ 最後に「亡骸のポーズ」が行われました。
不気味なネーミングのポーズは マットに仰向けに横になり 目を閉じて 深い呼吸を繰り返すものでした。
ポーズに入ると インストラクターは 全身の力を抜くための手順を伝えました。
彼女は「眉間の力を抜いて。」「顔の緊張を解いて。」と言う様に 体中の部位の力を抜くように指示しました。
彼女の指示に従って 体中の緊張を解いていくと 次第に意識が遠のいていくのを感じました。
暫くすると 何処か遠くから聞こえるような声に気付きました。
我に帰ると 「それでは ゆっくり体を目覚めさせましょう。」と言うインストラクターの声が聞こえました。
私は 暫くの間 眠りに落ちたことが分り 同時に頭の中がスッキリしていることに気付きました。
その爽快感は 一晩眠った後のような感じで この日に会社の仕事で受けたストレスが解放されたように感じました。
「亡骸のポーズ」の後にマットに胡坐座になり 呼吸を繰り返していくと 徐々に体が眠りから醒めていくのが判り 「亡骸のポーズ」の名前の由来も分ったような気がしました。
ヨーガのプログラムが終わり スタジオを出た私は ヨーガのレッスンを振り返りました。
これまで取組んできた幾つかのエクササイズは いずれも体の各部位の立場に寄り添うものではなく 自分の意思に体を従わせて 動かすものであり そのために 足腰を痛める結果に陥っていました。
ヨーガのポーズは 呼吸に合わせたゆっくりとした動きの中で 体の各部位との「ダイレクト コミュニケーション」を図り 彼等の声に耳を傾け その意向を聞き取り 供にがんばるエクササイズでした。
私は ヨーガを続けることは 目標とする「強靭で柔軟な心身作り」に近づくための1つの重要な取り組みだと感じました。
ヨーガのプログラムを受け始めて1年間頃に ヨーガのレッスンは 私の生活習慣の中で上位にランキングされるものになっていました。
ヨーガのレッスンは 私に 体の全ての部位との会話を通じて意志の疎通を行い そのことにより自分の心身の状態を理解し リフレッシュさせる時間になっていました。
ヨーガの「太陽礼拝」のポーズは 呼吸とともに一連の動きを繰り返すことにより 指先から爪先までの全ての部位との会話を促すポーズでした。
私は 体のそれぞれの部位を動かしながら「起きている?」と声を掛け 特に 腰や膝を動かす時は「今日の調子はどうだい?」と言って様子を窺いました。
「戦士のポーズ」は 呼吸とともに下半身を強化する動きで 足腰の弱い私には 腰周りや膝回りの筋肉や神経との 緊張したやり取りが行われるポーズでした。
私は 深い呼吸を繰り返して 酸素たっぷりの血液を届けながら「ここはがんばりどころ。頼むよ!」と言いながら腰を落としていくと それらは「任せといてくれ。」「耐えて見せるよ!」と言いました。
足腰は ポーズを取るために必要な筋肉を収縮させ 自重に耐えていると 搾り出されたように汗がにじみました。
その汗は エアロビクスや格闘技系エクササイズのレッスン中に流れた汗のようにさらっとしたものではなく 少し粘性のあるものでした。
インストラクターは「ヨーガの動きには デトックス(解毒)効果があります。」と言っていましたが その汗には 何か毒素が含まれているように思えました。
その後の座位での前屈のポーズや 開脚のポーズや 体をねじるポーズは 「戦士のポーズ」で収縮させた筋肉を 呼吸とともに伸ばすポーズでした。
私は 深い呼吸とともに 腰周りや膝周りに意識を向けて 筋肉を引き伸ばしながら「よくがんばった。お疲れ様。」と声をかけると それらは「伸びをかんじるよー!」「いい気持ちになってきたよ!」と言いました。
最後の「亡骸のポーズ」は マットに仰向けに横になり 自然な呼吸とともに目を閉じて それまで 全身に向けていた自分の意識を開放するもので 心地よい眠りの中に 意識が遠のいていくポーズでした。
「亡骸のポーズ」の後に 目覚めた私は 体の全ての部位との一体となっているのを感じました。
私の体の部位は リセットされていて 新たな仕事ができる状態になっていて 私の意識は それらとなら 一緒にいい仕事ができると感じていました。
無理なく続けられ 心身をリフレッシュさせるヨーガは 私にとって「強靭で柔軟な心身作り」に欠かせないものの1つとなっていました。
ところが一方で 1年間 ヨーガのレッスンに参加しても 片足立ちのポーズが出来ずに 相変わらずバランスを崩していました。
足腰に交通事故の後遺症がある私は ヨーガのレッスンとは別に 何かバランス感覚を鍛える取り組みが必要だと感じました。
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