第5話 スポーツジム / エアロビクス
2001年7月のある日の午後8時頃に 私は スポーツジムのスタジオの前にいて 次のスタジオプログラムのエアロビクスが始まるのを待っていました。
「強靭で柔軟な心身作り」を目指す私は スポーツジムでのウェイトトレーニングとストレッチだけでは解消できない腰や膝の凝りを改善するために スタジオプログラムを受けて その効果を見ようと考えていました。
スタジオプログラムには エアロビクス ダンス 格闘技系エクササイズ ヨーガ等がありました。
スポーツジムのスタジオは40名程入れる広さで 正面の壁は鏡張りになっていて 部屋の一角にはオーディオ機器が置かれていました。
それぞれのプログラムは 30分間から1時間行われ スタジオに流れる曲と インストラクターの掛け声と動きとに合わせて行われました。
これまで私は 何度かスタジオの外から それぞれのプログラムの様子を見ていましたが 彼等の動きは奇妙なものに見えていました。
オーディオ機器から流れるテンポのよい音に合わせて 全員が同じ方向を向いて 同じ動きをするのは 何か軍隊の訓練の様に見えて 近寄りがたいものに見えました。
エアロビクスでは インストラクターの「はい 皆さん 笑顔で!」と言う声掛けに 彼等が笑顔になるのにも 何か奇異なものに感じていました。
私は エアロビクスのプログラムを受けることに かなり高いハードルを感じていました。
この頃に 勤め先の電気メーカーは 市場のグローバル化に伴う 商品価格の下落が続き 幾つかの事業部門は 収益が得られずに苦戦を強いられていました。
そこで会社のトップは「破壊と創造」をスローガンとして打ち出し 新しい事業領域を開拓するために 古い体制や事業の概念を取り壊し 新しい組織作りを目指していました。
「破壊と創造」の動きは 多くの社員に不安を与え 動揺させましたが 同時に 今のままでは会社に残れないという危機感と緊張感を持たせました。
「破壊と創造」のスローガンに刺激を受けた私は その高いハードルを乗り越えて エアロビクスのクラスに参加する決意をしました。
この日のエアロビクスの参加者は 40名くらいで 20歳代から60歳代の女性が多く 男性は数名でした。
定刻の10分程前に スタジオ内で準備をしていた40歳代の女性のインストラクターは 入り口の扉を開けると「お待たせしました。どうぞ。」と言って参加者をスタジオへ誘導しました。
参加者は一人ひとり「お願いします。」と言って中に入り それぞれポジション取りすると 始まりの時間まで 周りの人達と会話したり 足腰のストレッチを行っていました。
私は スタジオの入り口側の一番奥に空いている場所を見つけて そこに座りましたが 周りは女性ばかりで 居づらさと息苦しさを感じました。
それでも「破壊と創造」と言う言葉を思い出し 屈伸をしたりアキレス腱を伸ばしたりしながら プログラムの始まりを待ちました。
時間になるとインストラクターは スタジオ入り口の扉を閉めて「それでは始めます。」と言いました。
彼女は スタジオの前方中央付近に移動すると「このクラスは 中級者向けのクラスです。動きを間違っても気にしないで自分のペースで動いてみてください。」と言いました。
彼女はCDプレイヤーをかけると 曲に合わせて ウォーミングアップの動きを始めました。
ウォーミングアップは ゆっくりとしたテンポで行われ エアロビクスの基本的なステップを中心に 前後左右への動きが繰り返し行われました。
ウォーミングアップが終わると 給水タイムが取られ 参加者等は それぞれ持参したペットボトルやポットに口にしました。
給水タイムが終わると インストラクターは「これから動いていきます。分らなくなったら その場で足踏みでもいいですから 動きを止めないでください。」と言いました。
レッスンは 3つのブロックからなり それぞれのブロックは 4拍子と3拍子の動きを組み合わせて構成されていました。
インストラクターは まず それぞれのブロックの基本的な動作を繰り返し その後 新しい動きを加えて複雑化させ 更に手の動きも加えました。
その後 3ブロックを連続して組み合わせた動きとなり 最後にクールダウンが行われました。
私は 1ブロックの前半まではなんとか振り付けについていきましたが 後半になると 自分が何をしようとしているのか自分でも分らなくなって おろおろしていました。
特に 後ろ向きになったり 回転したりする動きが入ると 頭が混乱して 振り付けについていけなくなりました。
ついていけなくなると 私は 周りの人達とぶつかりそうになり 混乱と緊張感で頭の中が真っ白になるのを感じました。
レッスンが終わると インストラクターは「今月は この振り付けで進めます。またお待ちしています。」と言って 入り口に移動して スタジオの扉を開き 参加者等の退室を見送りました。
呆然となりスタジオを出た私は ストレッチエリアに移動して 体をほぐしながら 真っ白になった頭で エアロビクスのレッスンを振り返りました。
私は レッスンが始まる前に エアロビクスの動きにより 自身の腰周りや関節周りの凝りに 熱や衝撃を与えて その後のストレッチで 凝りを解すことを期待していましいた。
しかし 私は レッスンの振り付けに付いていけず おろおろしただけで終わってしまいました。
レッスンで思うように動けなかったせいか 体も温まらず その後のストレッチでも 期待した程には足腰の伸びを感じることはできませんでした。
私は 期待する効果を確認するためには エアロビクスのいろいろなステップを 1つずつ地道に覚えていって 振り付けについていけるようになる必要があると考えました。
私は 会社組織の「破壊と創造」もまた同様に 新しい事業を創造するために 社員の地道な取り組みが必要なのだろうと感じました。
3ヵ月後に エアロビクスの中級クラスに参加した私は レッスンの途中までは ついて行けるようになっていました。
レッスンの中盤になると「動きに慣れてきたら 大きく動きましょう!」と言うインストラクターの声に 合わせるように 参加者等は動きのギアを上げました。
私は 周りの参加者の動きについていこうと 歩幅を大きく取ると 息が上がり 呼吸が苦しくなると 頭が回らなくなり 振り付けについていけなくなりました。
インストラクターは レッスン中に 時々「息を吐いて!吐いて!」と声を掛けました。
インストラクターは エアロビクスは有酸素運動で 呼吸により大量の酸素を取り込み 肺から血液中に取り込まれた酸素が 細胞の中のミトコンドリアによって消費され代謝エネルギーが作られることによって運動を持続させるエクササイズと説明していました。
しかし私には エアロビクスは 有酸素運動というより頭の体操と言った方が合っていました。
エアロビクスは インストラクターの動きを見て そのイメージを記憶し その記憶データを自分の体の動きに変換して実行する作業であり 脳のデータ処理機能に依存するものでした。
私は レッスン中に息が上がり 呼吸が苦しくなると 脳に十分な酸素が行き渡らなくなり 脳のデータ処理機能が低下するために ついていけなくなると思いました。
ついていけなくなると レッスン中に掛かる曲のベース音も聞きとれなくなり 動きを間違えて 悔しい思いをすることになりました。
それでも 45分間のレッスンが終わると 私は 体が熱くなり 大汗をかいていました。
レッスン終了後は 足腰の筋肉が収縮していて 硬くなっていましたが その後のストレッチでは 体が温まっていて 以前より 体が伸びていくのを感じました。
エアロビクスを始めて半年後に 私の心肺機能は高まり 45分間のレッスンを受けても息切れをしなくなっていました。
息が切れなくなると 脳のデータ処理機能が維持され インストラクターの動きについていけるようになりました。
そうなると 私は エアロビクスを楽しむことができるようになりました。
スタジオに流れる曲をはっきり聞き取れるようになり テンポの良いリズムに合わせてステップを踏むのは 曲の流れと自分の動きがシンクロするような調和感を覚えて それが楽しく感じられました
好きな曲がかかると より大きく動けるようになり 動きすぎて振り付けを外してしまうこともありましたが それでも楽しい気分でいられました。
さらに スタジオの鏡に映った自分の顔を笑顔にすることは 不思議なことに 心拍数が上がって息苦しくなっている自分を 楽にさせる効果がありました。
それは まるで 鏡に映る自分が笑顔でいる事が 自分自身をだまして 楽にさせているような感じでした。
エアロビクスのクラスで動いている時間は 「破壊と創造」の渦中にある仕事のことや 家庭の問題を忘れさせて 自分自身をリラックスさせる効果があると感じました。
エアロビクスのエクササイズは 私の期待していたこととは別の意味で「強靭で柔軟な心身作り」に効果があると思いました。
エアロビクスを始めて1年後に 毎週の土曜日の午前中に お気に入りのインストラクターのエアロビクスのレッスンを受けることは 私の楽しみになっていました。
1週間の生活のサイクルの中に 何か楽しみがあることは 私の生活に一定のリズムを作りました。
そのリズムは 「破壊と創造」をスローガンとした会社組織の再編の波の中でも 自分自身を揺らされることなく安定化させるものでした。
一方で 当初の目的の「強靭で柔軟な心身作り」の取り組みは 予想していた効果は見られませんでした。
私は エアロビクスとストレッチの組み合わせで 強靭で柔軟な足腰作りを期待していましたが 体の柔軟性は あるところで拮抗してしまうようでした。
特に 繰り返す腰痛や膝痛の元となっている腰周りや関節周りの深部の凝りには その効果が限られていると思われました。
私は 「強靭で柔軟な心身作り」のために 別のエクッサイズにトライすることにしました。
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