第2話 病院 / 整形外科
1999年6月頃に 交通事故後の入院治療から仕事に復帰した私は 腰痛と膝痛の後遺症に悩まされていました。
腰痛と膝痛の症状は それはもう情けないもので 体に力が入らないだけでなく 気力も低下させて 前向きな気持ちを持てなくするものでした。
厄介なことに 腰痛と膝痛は 互いに連動して起こり 症状の発生には周期性がありました。
膝が痛むと 膝をかばうような動きになるせいか その後 膝の痛みが落ち着いても 今度は腰が痛み始め そのような状況が繰り返し発生しました。
繰り返す腰痛と膝痛は 無意識に痛む部分の筋肉を収縮させるので 足腰は凝り固まり 柔軟性が無く 動きが悪く 疲れやすいものになっていました。
腰痛と膝痛の症状がでてくると 自然と動くのが億劫になり 動かないでいると 私の頭の中に 理学療法士の「痛くても 動かさないと 動かなくなりますよ。」の言葉が浮かびました。
このままではいけないと思い 私は 後遺症の状況を改善するために 家の近くの整形外科を尋ねることにしました。
数日後の午前9時頃に 私は自宅から自転車で5分程のところにある整形外科医院を訪れました。
医院の待合所には 診察を待つ高齢の受診客が多くいて 彼等の殆どは常連客らしく それが毎日の習慣の様に 隣同士で世間話をしていました。
私は 受付窓口で「診察お願いします。」と言って保険証を提出すると 受付の女性は「記入をお願いします。」と言ってバインダーに止められた問診表を渡しました。
問診表に症状を記入して提出すると 彼女は「椅子にかけてお待ちください。」と言いました。
1時間程待っていると 診察室のドアが開き 中から出てきた看護婦さんに名前を呼ばれました。
彼女に促されて診察室に入ると 70歳くらい、大柄、ふっくら体型、眼鏡を掛けた先生は 私の方を振り向いて「今日は どうしましたか?」と聞きました。
私は 自身の腰痛と膝通の状況を説明すると 先生は「では まず レントゲンを撮ってみましょう。」と言いました。
看護婦さんに別室へ案内され そこで服を脱ぎ レントゲン撮影が行われました。
撮影が終わると看護婦さんは「待合所でお待ちください。」と言いました。
30分間程すると 診察室のドアが開き 中から出てきた看護婦さんに名前を呼ばれました。
診察室に入ると レントゲンの画像を見ていた先生は「腰椎の椎間に狭くなっているところがありますね。湿布薬を出しますので 来週 また来てください。」と言いました。
また待合室で30分間程待っていると 受付の女性に名前を呼ばれました。
私は 受付で治療費を支払い 処方箋を受け取って 近くの薬局へ向かいました。
薬局の受付窓口で「お願いします。」と言って処方箋と保険証を渡すと 受付の女性は「そちらでお待ちください。」と言いました。
30分程すると 受付の女性に名前を呼ばれて 湿布薬を貰い料金を支払いました。
その後 2ヶ月間 病院に通いましたが 期待した改善が見られず 通院を止めることにしました。
別の日の午前9時頃に 自宅から自転車で10分程のところにある整形外科医院を訪れました。
先の整形外科に比べると狭い医院の待合所には 常連客らしい高齢の受診客が多くいました。
私は 受付窓口で保険証を提出し診察を依頼すると 受付の女性から問診表を渡されました。
問診表に症状を記入して提出すると 女性は「椅子にかけてお待ちください。」と言いました。
30分間程すると 診察室のドアが開き 中から出てきた看護婦さんに名前を呼ばれました。
案内された診察室へ入ると 70歳くらい中背、ふっくら体型の眼鏡を掛けた先生は 問診表を見ながら「レントゲンを撮りましょう。」と言いました。
看護婦さんに別室へ案内されると そこで服を脱ぎ レントゲン撮影が行われました。
撮影が終わると看護婦さんは「待合所でお待ちください。」と言いました。
15分間程すると 診察室のドアが開き 中から出てきた看護婦さんに名前を呼ばれました。
診察室に入ると 私は「先生 どんな具合でしょうか?」と聞きました。
先生はレントゲン写真を見ながら「腰痛は治りますよ。但し 元の通りという分けにはいきませんが。まあ 気になるようでしたら 一度MRIを撮られたらどうですか。」と言いました。
私は 先生の言葉に間違いはないだろうと思うと ちょっと嬉しくなり「そう言って頂けると 少しほっとします。」と言って笑顔になりました。
先生は「腰の痛みを取る注射をうちます。トリガーポイント注射と言って腰の凝りを除く局部麻酔注射です。」と言うと 私を診療台に横向きに寝かせて 腰椎付近に注射しました。
通院を始めて1ヶ月後に 整形外科医院を訪れた私は 先生に「これまで2回のトリガーポイント注射は あんまり効いてないようです。」と伝えました。
すると先生は「そうですか。では神経ブロック注射を打ってみましょう。」と言うと 私を診療台に横向きに寝かせて 尾てい骨付近に注射しました。
それから2週間後に 整形外科医院を訪れた私は 先生に「神経ブロック注射も 効いてないようです。」と伝えました。
すると先生は「今日は 貼り薬を試して見ましょう。」と言いました。
先生は「これは神経に作用する薬です。」と言って 1×2cmサイズの貼り薬を 私の右足脛の外側に貼り付け「このまま 1週間様子を見ましょう。」と言いました。
貼り薬は 商品名ノルスパンテープと言って 神経細胞の表面にあって 神経伝達物質の受け渡しを行うオピオイド受容体に作用し 痛みを抑えるというものでした。
翌日の朝に起きた私は 少し覚醒した感覚を覚えましたが 気にせず散歩に出かけました。
これまで 散歩に出ると いつも家から500メートル程離れた 国道3号線の交差点の所で 間欠破行の症状が表れ 歩けなくなり 足を止めて症状が治まるのを待っていました。
この日は いつもの交差点の所で間欠破行の症状が出ることは無く 立ち止まらずに歩き続けることができました。
交差点を渡り 更に500メートル程先の川沿いの遊歩道まで歩いても症状は出ませんでした。
私は 普通に歩ける事がとても嬉しく そのまま 1時間程歩き続けました。
翌日 昨日と同じルートを同じように歩くことができましたが 少し頭がぼんやりするのを覚えました。
ぼんやり感は 日を追うごとに強くなり まるで酷い二日酔いと同じような状態になりました。
貼り薬を付けて 4日目に 私は 耐えられなくなり薬を剥がしました。
その翌日に 二日酔いの症状は治まりましたが それに代わって腰痛の症状が再発しました。
私は その病院へ通うのを止めることにしました。
別の日の午前9時頃に 私は自宅から自転車で20分程の所にある整形外科医院を訪れました。
その前日に 私は 自宅近くの神経外科医院で 腰部のMRI撮影を行い その画像データを記録したCDと 先生の紹介状を持参していました。
私は 整形外科医院の受付窓口の女性に 紹介状とCDと保険証を提出して「診察お願いします。」と言うと 女性は それらを受け取り「そちらの席でお待ちください。」と言いました。
10分間程すると 診察室のドアが開き 中から出てきた看護婦さんは「川緑さん。どうぞ。」と言いました。
診察室に入ると 50歳頃、中肉中背、眼鏡をかけた先生は パソコンに映し出された画像を見ていました。
私は 看護婦さんに勧められて椅子に座り 先生と一緒に パソコンの画像を見ました。
画像は 私の腰部の神経を立体的に写したもので 先生がマウスで画面をスクロールすると 背骨に沿った神経の断面形状が映し出されました。
神経の断面は 白くまるい形をしていましたが 一部で ひどく狭くなっている部分がありました。
先生は 神経が狭窄している部分を指差すと「ここですね。」と言いました。
先生は「これは 脊柱管狭窄症と呼ばれるもので 何らかの原因で神経が圧迫されて変形しています。」と言いました。
画像を見て驚いた私は 意を決して「先生、もし手術をした方がよければ その段取りをお願いしたいのですが。」と言いました。
私は 自身の症状と これまでの病院通いの経験と MRIの画像から 自分の腰痛対策には 手術しかないと考えました。
先生は「もし手術を希望されるのでしたら 病院を紹介しますが 一度良く考えてみてください。」と言いました。
先生は「同じような症状の患者さんで 手術を急いで その結果が思わしくなくて がっかりされる方は 大勢おられます。もう一度 よく 考えてみてください。」と言いました。
先生の言葉は 「直ぐに手術を受けないといけない。」と思い込んでいた私を制止させました。
右膝の半月板の手術後 ずっと膝に違和感を感じ続けていることもまた 私に手術を思い止まらせました。
一度 体にメスを入れたら 元には戻らないかもしれないと思い 手術を思いとどまりました。
病院からの帰り道 私は「強靭で柔軟な心身作り」のために手術以外の方法を探ることにしました。
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