第4話 戦い前夜に想う

2時間後

「どうだお前ら?どんだけ獲れたよ?」

「ざっとこんなもんよ、人間様を侮るなよな」

「お、お前らって奴は」

そこには100匹を超える鮭が打ち上げられていた。

「さて、熊さん、そちら様は何匹を?」

「くそ、侮っていた。100匹くらいいったから少し食いつまみながら日向ぼっこしてしまっていた」

「つまり、、僕たちの勝ちってことですね」

結果は数えなくても明らかだった。熊がいたところの川辺には骨だけになった鮭の残骸が山盛りに積み上がっていたからだ。もしも熊が侮ってなければ、これだけ頑張って100匹越えの僕たちの成果はチリと消えただろう。

「おっしゃあ!俺たちの勝ちだぜ」

広は飛び上がって喜んだ。僕にかかる冷たい水が心地いい。

「はははははははははははは」

熊は意地悪い顔で笑った。

「何がおかしいんですか?」

「いや、だって本物のカブトムシじゃないからさ」

「はあ!どういう意味だよ!」

横で広がキレた。

熊人間は手にしていたカブトムシを握った。

シュパーン

たちまち金のカブトムシは、水になって散った。

「えっ、なにこれ」

僕は空いた口が塞がらなかった。

「じゃ、お前らの鮭は俺がいただくよ、もう行っていい、解放だ」

そして熊が後ろを向いて立ち去ろうとした時

ドスウッ

「うぐっ」

なんと広が尖った枝で思い切り熊の横っ腹を突き刺していた。

「俺たちは、早く家に帰らなくちゃいけないんだ!!」

目を真っ赤にした広がそこにいた。僕はただ呆然としていた。

「うっ、貴様、、」

シュパーン

次の瞬間熊はチリと消え、目の前には金のカブトムシがいた。

「えっ、これ金のカブトムシじゃ、、」

「捕まえた、、、」

「や、、やったね、広」

「こんなことになるとは、、」

「ほんと、どうなるかと思ったけど、結果オーライだね」

「おう、、あとは銀のクワガタだけだ」

「うん、い、行こう。先へ進もう」

「ああ」


ジャリジャリ

川の流れに沿って川辺を下流に向かって歩く僕たち。

「正直さっきは面食らったよ。」

「あ、ああ。俺も今一記憶にないんだ。咄嗟の行動で驚かせてしまったらごめんな。」

「いやいいんだ、結果的にああしなくては、今頃僕たちは絶望のどん底にいた訳だからさ」

「そうだな」

「でも、銀のクワガタも何か人のようなものに化けていて、それを物理的に致命傷を与えなくてはならないのかな」

「金のカブトムシの経験から考えれば、そうなるな」

「カブトムシがそうだからといってクワガタも入手手段が同じとは、言い切れないけど、一つの可能性として心に留めておかなくてはいけないね。」

「ああ、そうだな」

ジャリジャリ

ひたすら歩いていると広が言った。

「なあやっくん、さっきから川に大きな影、魚影みたいなもんが見えてる気がするんだが気のせいか?」

「えっ?」

「いやさ、さっきから黒くて大きい影が水面近くを移動してるんだよ。でもさ、こっちが気づいたことがバレたら、すぐにでも飛び出して来て襲われるかなって思って、こうやって自然に話してるんだよ」

「いやいや、襲うって、肉食魚が襲ってくるってこと?」

「そうそう」

「いやいや、映画の見過ぎじゃないか、流石に」

「いや、この世界ならなんでもありでしょ。熊といい、天狗といい、、」

そんなことを話していると先に橋が見えた。

「おい見ろよ」

そういうと広が駆け出した。

僕もそれを追いかける。

橋を渡った先に立て札があった。

「この先精霊以外立ち入り禁止、だってさ」

「精霊、、、」

「まっ、考え込んでも仕方ない。行くぞ」

「待って、ダメって書いてあるのに無視するなんて危険すぎるよ!」

行ってしまった。仕方ない、追いかけるか。


再び森の中。これまでの森とはまた全然違う雰囲気だ。なんかこう、殺伐としている。

「やっくん、やっくん」

遠くで小声で僕を手招きしている。

「何?」

「いいからこっち来いって」

「う、うん」

僕は広のもとへ駆け寄った。

広が指差した先には、思わずよだれが出てしまいそうな艶々に輝いた赤いリンゴのなる立派な木だった。

「あれ、食えるよな」

「食える、のかな」

「もう、ずっと何も食べてなくて動きっぱなしやん?食おうよ」

「そうだね、でも毒とかあったりしないかな?」

「餓死して死ぬより、一か八か食べてしまった方がいいって」

見た目は、元の世界のりんごとなんら変わらない。その大きさを除けば。直径わずか5センチと言ったところだろうか。こんなリンゴは見たことがない。流石に危険か。

「うんまっ」

食ってるし。

「やっくん、食べろ食べろ、めちゃウマだぞ」

カリッカリッ

「んージューシーでうまーい」

だめだ、我慢できない。食べてしまおう。

カリッ

なんとみずみずしくて美味しいリンゴだろう。止まらない。

大きさもポンポン口に入れてけるサイズ感で、病みつきになる。喉を潤し、同時に糖分も補えるなんて。

しかしなんだか、まぶたが非常に重たい。だめだ、やっぱりこのリンゴ、普通のリンゴではなかった。

こうしていつの間にか僕たちは、眠りに落ちてしまった。


「お前たちは一体何者だ!!」

「んん」

耳鳴りするくらいの大きな声がする。

「人間だ!」

広の声だ。

「人間か、迷い込んだのか」

「そうらしい」

「広?」

「起きたか、やっくん」

「あれ、体が動かない」

「それは金縛りだ」

えっ、金縛り?確かに熊人間に拘束された時と違って、物理的には何も付けられてない。それでも、体がまるで縛られてるみたいに身動きできない。

「私は、ここの森の精霊じゃ。」

よくよく見ると目の前の大きな声を出す者は、大きさ5センチにも満たない羽のついた生き物だった。ずっとホバリングしてる。なんだか滑稽だ。。

「俺たち、この世界に迷い込んでからずっと金のカブトムシと銀のクワガタを探してて、それでさっき熊人間と勝負してやっと金のカブトムシだけ手に入れたんだ」

「ほお、あの熊と対決して打ち負かしたか」

そう言うと精霊は、僕たちと同じ人間の姿に変身した。でも容姿は、人間界のおじさんて感じだ。

「うん、だから僕たちは、この世界で誰かに迷惑をかけたい訳じゃないんだ。ただ、もといた世界に帰るために必死なだけなんだ」

僕は、涙ながらにその妖精に訴えた。

「そうか、では銀のクワガタを見つけて来てやろうか」

「できるのか!?」

広が叫んだ。

「ああ。その代わり交換条件だ。私の願いも聞いてもらう」

「なんだ?」

「ちょっと待っていろ」

精霊は、近くの葉を手にし、口に当てて吹いた。

すると遠くから赤いものが見えた。

「全体!とまれ!」

目の前にやって来たのは、真っ赤なアリたちだった。大きさは、僕たちの半分くらいで人間みたいに整列して立っている。

「この軍隊は森にいる悪い心を持った者に罰を与える」

ざっと数えて200人くらいいるだろうか。

「ほ〜」

広が隣で感心してる。

「森の奥深くに大きな湖がある。そこにザリガニファミリー20体がいる。彼らは、森の善良な者たちに日頃から危害を加え、平和と秩序を乱している。再三の警告にもお構いなしだ。そこで遂に実力行使を行おうと考えていた。アリ10体でようやくザリガニ1体を倒せる算段だ。痛み分けに終わるかギリギリ競り負けるか勝つかって戦力差だったが、お前たちがこちらに加勢すれば、勝算は大きく上がると踏んだ。なにせあの熊を二人で打ち破ったんだからな」

「ちなみにそのザリガニって、どれくらいの図体なんですか?」

「そうだな、170、180センチくらいだな、平均で」

「でっか、でもやりますよ、俺たち」

「良いことじゃ、では明日出陣だ。善は急げじゃ」

「あの、食事をいただけますか?」

僕はさりげなく聞いた。

「ふぁふぁふぁ、あの毒入りリンゴじゃ物足りんか」

「やっぱりあれ毒入りだったんですね」

「ああ、強烈な睡眠作用を持つ、よっぽど腹が空いていたんじゃな、今晩はよく食べてゆっくり睡眠をとることじゃ。明日は、死闘になる。言っとくが、命がけだからな」

「お、おう、望むところじゃい」

「頼もしいな、広は」

「ウエイ!」


赤いアリたちは、6本の足を器用に使って食べている。出されている食べ物は、12種類もある。しかし大体は、芋虫など食欲を削がれるものばかりだ。僕は味見もしないが、好奇心旺盛な広は、恐る恐る手をつけていた。しかし、案外美味しいと言ってそれなりに食べていた。僕は、鮭とお肉っぽい物だけを食べてお腹を満たした。

食後に焚き火の横で寝っ転がっていると隣のアリが話しかけてきた。

「お前、芋虫全然食べなかったな」

「うん、どうしても見た目が無理でね」

「そうか、お前の世界ではどんなものを食べるんだ?」

「んー、鮭とかお肉とか」

「へー、俺の苦手な食べ物だな」

「君、名前は?」

「俺か。俺は、ジェイ。お前は?」

ジェイか、なんだか外国の名前みたいだ。ある意味外国か、ここは。

「僕のことは、やっくんと呼んでよ」

「やっくん。そうか分かった。よろしくな。」

「うん、よろしくね。明日、一緒に頑張ろうね」

「そうだな、だが正直ここで食事をとってる多くの戦士は、明日の夜にここに戻ってこれないだろう。もちろん俺もどうなってるかわからない」

沈黙がしばらく流れた。

「そんなに、ザリガニって強いんだね」

「ああ、とても凶暴だ。精霊のおっさんも最後まで実力行使は躊躇ってた。でも数日前にザリガニがまた、とある村を襲って死者まで出たんだ。それで、もう我慢ならんてなって、ここ一帯で戦士として名高い俺たちアリ族が立ち向かうことに決まったんだ」

「そっか、そんなことがあったんだね、知らなかったよ。僕たちは、自分たちの目的のために戦うことになったけど、これもきっと何かの縁だね。命がけで善良な人たちの未来を守るよ」

「なんだか巻き込んじまったな、すまねえ。明日、お前たちが危ない時には、俺が盾になってやるから安心しろよ」

「そんなこと言うなよ、ジェイ。一緒に生きて帰ろう」

「ああ。てかお前、いいやつだな。」

「なんだよそれ、ははは」

横を見ると広はスヤスヤと他のアリたちと肩を組んで甘酒のジョッキを手に握りしめながら寝ていた。

こうして戦い前夜は、暖かく深けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る