六十一日目 懐疑の念が拭えない

 先輩との、歯ブラシ発覚⁉ 同棲疑惑を晴らせ! みたいな特別イベントを悠と沙耶ちゃんの協力により何とか乗り越えはしたけれど、最後にいらないことを言い残してくれたおかげで企画案の作業中も質問攻めにあう羽目に。


「あのさ、優梨愛ちゃんが同じ大学の子なのはわかったけど、居候させて同室で寝ても問題ないぐらいって元々付き合っていたとか?」


 さっきからこういう優梨愛に関する情報を聞いてくる。

 沙耶ちゃんが明るさに全振りしていた喋り方だったせいか、先輩のなかでの優梨愛像が随分本人から離れた存在になってしまっているようだ。

 まあ、俺自身がボロを出さない限りは何を聞かれても適当に返すだけで済みはするけれど、いつその限界が来るかもわからないからな。そろそろご遠慮願いたいところ。


「そんなんじゃないですよ。俗に言う男女の友情に当てはまる関係性だけだったというか」

「あー、棟永とうながくんってもしかしてそういうの存在すると思っているタイプなんだ」

「えっ?」


 一旦話を切って仕事に集中しましょうよと続けようとしたところで割って入られた先輩の言葉に驚き、つい声が出てしまった。

 もしや、先輩はそういった可能性を考慮しない人なのだろうか。とはいっても、実際俺も今先輩に対して叶う気配が感じられないにも関わらず恋情を抱いているし、悠とは友情とは違うまた別の関係性な気がするし、どちらかといえば否定派かも。

 ただこの質問も結局からかいの延長線というか、頭がお花畑であれば先輩はそういう関係性を否定するかのような態度なのにこうして互いに自宅で同じ作業をしているのはそれ以上の関係性を望んでいるのでは? とか考えられるんだろうな。それにしては頬を赤らめたり優梨愛の存在に嫉妬したり、いくらでも表現のしようがある言動を取る素振りすらないから、望んでいるはずなのに全くそういった思考にならない。


「いやー、あんまりどちらか一方に偏った考え方は持っていないですけど、先輩はどうなんですか?」


 一応決定的な意見は出さず、先輩に振ってみる。

 さっきの言い方が敢えて同調を誘い、本心を曝け出させてやろうとしたものだったら困るし。


「私はないかなー。というより――」


 その瞬間、これまで俺をしっかりと真正面に捉えていた視線が逸らされる。そうしてつくられた表情には憐みが現れていた。


「――そういうことを口に出せる年齢でもなくなってきたからさ」


 あぁ……そうだよな。肌の綺麗さだったり、目立った皺ひとつない顔であったり、もちろん化粧でカバーをしている部分はあるんだろうけども、それを抜きにしても透き通った若さを持つ人ではあるとはいえ、刻一刻と三十の壁は近付いているんだもんな。

 学生の言うそれとは受け取り手の問題もあるとして言葉の重みが違う。場合によっては現実逃避と捉えられてもおかしくはないんじゃないだろうか。

 世間一般的には晩婚化が進んでるというのに壮年に対する当たりが強くなっている、というよりコンプレックスや不安が大きくなりすぎている気がする。

 いまや高校生からすれば三十の人はおじさんおばさんぐらいの感覚だし。

 さて、これにどう返せば良いものか。肯定は決してしてはならない。こういう話題を自ら出す人の多くは同情を誘っているんだ。そんなことないよ、私や僕に比べたら若いよ、私たち僕たちからしても変わりないですよ、そういった慰めと分かりやすい言葉を求めている。

 なら、俺の場合は本当に先輩の年齢に対してなにかしら後ろめたい思いを抱いているわけじゃないから、素直に言葉にしたほうがいろいろと考えをめぐらした結果捻り出される言葉よりかは届くんじゃないだろうか。なにより、これ以上反応に時間を掛けて気まずい空気が蔓延してしまうのが怖い。

 ここからはより一層言葉に気を付けつつ、スムーズな進行を心掛けていこう。

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