五十九日目 嘘つきのお師匠様
なんてこった。女の子の荷物を持ちだされて問われるなんて、まるでお隣さんみたいじゃないか。いや、そんな光景は見たことも悠たちから聞いたこともないけどさ。
多分洗面所で手を洗おうとして気付かれたんだろうな。ダイニングや部屋は確認したけど、たしかに洗面所周りは一切見ていなかったからどうすることもできなかった。
ここで悠のものだとバレるわけにもいかないし、俺に彼女がいると誤解されるわけにもいかないし、どう誤魔化したものか。
母親という安直な策を使うには危険が伴ってしまう。まず年齢的な部分でバレやすい。悠がおばあちゃんみたいなおっとりしたタイプの子だったらチャンスはあっただろうがしっかり現代っ子の趣味だから。
それに母親という回答自体に信憑性がない。もしそれが事実として俺がマザコンな可能性、もしくは母親の親バカが過ぎている可能性など相手にとってあまりプラスになるとは思えない情報が詰まっているのもよろしくない。
それを踏まえてとりあえず時間を稼ぐには……。
「実はその、大学の同級生が一時的に居候していたときがあって、そのときに使っていたものを置いていったままにしていたんですよ」
「へぇー」
二十%といったところかな。今の回答で得た信頼値は。
そもそもどうして異性として俺のことを好いてくれているようには見えない先輩が、俺の恋愛事情について問い詰めるようなことをしているんだと突っ込みたくなる。考えられる点で言えば、以前悠から始めてお弁当箱を貰ったときに適当な誤魔化し方をしたせいで印象付けてしまったことぐらい。
……いや、待てよ。そういえば、先日喫茶店で悠から香水を貰ったときに言っていたような。最近先輩が香りに興味を抱くようになったって。もちろんあのときはそれが俺に直結するわけではないと悠が釘を刺しておいてくれたが、先輩の好きな香りが柑橘系であること、そして興味を抱くようになる以前、初めて先輩が家に来たときに俺が柑橘系のアロマを焚いていたこと、それを踏まえるとなにかしらの影響を与えた可能性は大いにあるんじゃないか?
もちろん気になる程度かそれ以下だろうが、確実に感情が傾きはしているのでは? それ故ちょっと同棲なんかを気にするかのようにわざわざ見つけた歯ブラシを持ってきてまで聞いてきた。
酷く願望が含まれていることは自分でもわかっている。ただからかいたいだけの可能性の方が高いなんて話は理解しているさ。それでも真実を知るまでは希望ぐらい持ったっていいだろう。
とにかくここは徐々にでもいいから同棲相手がいるという事実を揉み消さなければならない。しかし、それを成功させるには俺一人の力じゃ無理だ。協力を仰ぐことができる時間をつくるため、やはりまずはここをなんとしてでも切り抜けよう!
「考え事しちゃってさ、うまく言い逃れしてやろうとか思ってない?」
「はは、嫌だなー、先輩。そんなわけないじゃないですか」
お見事な質問に自然と言葉が震えてしまった。
分かりやすい反応を目にした先輩の表情は既に勝ち誇っている。やばいぞ、もう次はなさそうだ。ここからのミスは一生ものの傷だと思って言葉を丁寧に取捨選択していけよ。
「物があった以上、こちらもなにかしらの証拠がないと信用してもらえなさそうなのでそいつに連絡しますよ。なぜ先輩がそこまで俺の同棲疑惑を確定させたいのかわかんないですけど」
軽く理由を聞き出すためのジャブを打ちつつ、これなら時間を稼げるんじゃないだろうか。
「まあまあ、理由なんて後でいいからさ、ちゃちゃっと証拠見せてよ」
くそっ、優位に立っているからって全く応じる気配がない。
なんでこんな展開になってしまったんだよ、本当。お弁当の件といい、俺の不注意もあるけれど悠らしからぬ抜けがどんどん悪い方向に働いているような気がしてならない。だからこそ、俺は電話を掛ける。
「先輩、さすがに相手の子は状況が分からなくて困ると思うのでスピーカーじゃなくてもいいですよね? 俺の声が聞こえていたら不正も出来ないわけですし」
「それはそうね。もしかしたら元カノさんで君が彼女のことを忘れられなくて残していただけだとしたら申し訳ないものね」
「どんな設定ですか、それ。そこまでセンチメンタルな人間じゃありませんよ」
思い返せば、皆山さんにもらったチケットで悠と野球観戦に行ったときに悠だと気付かれはしなかったけど、女性と一緒にいることはバレていたんだっけか。そのこととここまでの言葉の強さや挑発的な内容から推察すれば、今回はやっぱりからかいの意が強いのかな。
そんなふうに考えていたら彼女の声が聞こえてきた。ここはむしろ留守に繋がってくれればうやむやにして更なる時間稼ぎに繋がったんだけど、これまでの安心安全な実績からその線はあまり期待していなかったからあくまでここは想定内だ。
「どうしました?」
「ああ、ちょっと用事が出来てね」
「もしかして、なくなっちゃいました?」
「いや、そういう意味じゃなくてさ、とにかく話を聞いて欲しいんだよ、優梨愛」
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