五十七日目 あてつけされた気分
思いがけないピンチ到来。
悠の気遣いが裏目に出てしまい、このまま弁当箱をリュックから取り出しでもしたら俺と先輩の包みが同じだということがバレてしまう。いや、それ自体は偶然ということに出来るだろう。俺が以前、先輩から実は彼女に作ってもらっているのではないかと疑いをかけられていなければ。
そう、そこが何より問題なんだ。
たしかに偶然先輩の妹さんが作られた弁当の包みと俺の弁当の包みが同じだからといってそこを同一人物説として推すものは少ない。しかし、タイミングというものがこの世には存在して、妹さんが友人宅に居候した翌日に被るのはあまりよろしくないんだ。その友人が俺という可能性は悠が先輩から資料を見せてもらっていた点を加味すれば必ずしもないという話ではなくなってしまうから。
確信されずとも疑念が生まれてしまうだけで今後に明らかな影響を及ぼすだろう。
「どうしたの? もしかして何も持ってきてない?」
答えもせずすこし黙っていたから首を傾げて聞いてきた。
これ以上はさすがに考えを広げようと時間を使うわけにもいかないし、お弁当を持ってきていないと嘘をついても後にバレてしまう危険性が一%でもあると思えば簡単にそうなんですと答えられない。
「いやー、そういうわけじゃないんですよ。ちょっと待ってくださいね」
そうだ、弁当自体は見せるしかない。だが、わざわざ丁寧に包みまで公開する必要はなかろう! なにも荷物が弁当箱だけなわけがなく、包みぐらいならファイルやらなんやらで隠すことはできる!
よしっ、とりあえずここはこれで乗り切るぞ。
「ほらっ、今日も作ってきましたよ」
「じゃあ、お昼は一緒に休憩室で食べられるね。もし、
焦らず包みを取り、弁当箱だけを見せることに成功。加えてお昼の予定まで先輩側から提案してくれた。
ふぅ、雰囲気や展開が崩れることは防げたみたいだ。
「ちなみに妹がお弁当箱ぐらいはもっと若々しい感じでいたほうがいいよって、オシャレなやつくれてね。これなんだけど」
何も知らない先輩は機嫌のよさがそのまま勢いに繋がっているようで包みを開き、可愛らしいピンクのドーム型の弁当箱を見せてくれた。
これを新しく妹から貰ったということは悠も懸念はしてくれていたってことが証明されたわけで、包みのことは抜けていたとわかる。
「たしかに凄くコンパクトなのに可愛らしいですね」
「でしょ? 昔からファッションだったり図工だったり、そういうセンスの必要なものが得意でね。本当自慢の妹なんだよ!」
いつもより声が大きくて心から悠のことを愛しているんだと伝わってくるな。多分普段からこの愛情を一切隠さず悠に接してきたんだろう。
もしかするとそういうところが逆に悠を傷つけてしまっていたのかもしれない……なんて考えてみるけれど、憶測で善悪を語るのはあまり良いとは言えないか。
それからお昼が楽しみですねとか、早く通常業務を終わらせようとか特に疑いの目を向けられずに済んだことで会話はテンポよく進み、大きな妨げにはならなかった。にしても、悠も人間なのだから今回のようなミスは発生するかもしれないと俺も注意しておいた方が良さそうだ。
◇◇◇◇◇
時は経ち、今は退勤前のお昼休憩中。
休憩室のなかは通常業務の少ない俺たちが早い時間に入ったために誰もいなかった。それはつまりなにか問題が再度発生したときに逃げ道を作ることができない状況に自ら足を踏み入れてしまったわけだったが、冷蔵庫の中身は各家庭それぞれでたとえ同一人物が作ったとしてもオーソドックスな卵焼きが被った程度で済み、安堵に満ちながら満面の笑みでおかずひとつひとつを楽しむ先輩を独り占めすることが出来た。
基本的にお昼は外に出る先輩なので、しっかりとした食事を取るところを初めて見たが新鮮で案の定最高の景色であった。
なんだかんだありつつもそんな表情を見れたのだから悠には感謝だ。何度も言うがわざとではないと思えるし。
「あー、美味しかったぁ」
「妹さんもこんなに喜んでもらえて嬉しいと思いますよ」
ふぅと息を吐いて椅子に深く座る先輩に一言添えてみる。
あまり家庭の深い事情に踏み込むのも失礼な話だが、俺と悠はそのラインを踏めるぐらいの関係性には現状なっているだろうし、ここに関して言えば憶測での意見ではない。
すこし話を広げてみるとするか。
「だねー、私もそうだと嬉しいな」
目線を下げるわけでもなく、表情に雲がかかるわけでもない。この反応を見るからに気付いていない可能性は大いに高まった。
二人の関係性を修復したいだなんておこがましいことは思わないけど、もし俺が先輩と今後うまくいったとして、悠が先輩のことを何かしらで憎んでいるんだという情報を隠し持つのは辛い。とはいっても、匂わせることすら俺たちは見知っていないという認識でいる先輩の前では難しいが。
「いつもはこういうとき、家に帰ってからありがとうって伝えてたんですか?」
「そうそう。もちろんMINEでもいいんだけどさ、どれだけ絵文字とかスタンプ付けても結局その先の表情までは確認できないし、伝えられないじゃない? 笑と打って真顔みたいな人って良く見るし。だから、顔を合わせられるならちゃんと言葉で伝えたいんだよね」
なんてできた人なんだ。今時、ここまでのことを考えて行動に移す人がどれだけいるものか。
こんな人に嘘をつき、秘密を隠し持っている自分が恥ずかしくなってくる。
「でも、今日はそれが出来ないんじゃないですか?」
「そうなの! だからどうしようかなって実は食べながら考えてたり」
「それなら空のお弁当と一緒に写真を撮るのはどうです? そこに笑みも添えて」
「うん、いいわねそれ! じゃあ、早速撮ろうかな……」
無難な提案ではあったもののどうやらお気に召してもらえたようで、すぐさまスマホを手にした先輩はインカメラで自分と弁当箱が綺麗に収まる画角を探し始めた。
「先輩、良かったら俺がカメラマンしましょうか?」
「ありがとうっていいたいところなんだけど、それよりせっかくだから棟永くんも一緒に入らない? 仲の良い会社の後輩と食べてますってことも伝えられるし。それでもって自撮りを殆どしたことなくて慣れないからお願いしてもいいかしら?」
「ええ、それはもちろん。ではではお借りして」
先輩のカバーの付いたスマホを持ち、学生時代磨かれてきた自撮りの基礎的な型を模してみる。
そうして二枚ほど、はい、チーズの掛け声の後にシャッター音がなったのだった。その内、悠に送ると先輩が選んだ方は俺の技術力の無さが招いた先輩だけが瞼を開ききれていない事故画像。
この選択が悠の神経を逆撫でしてしまわないか心配だ……。
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