第四章:誰色に染まっていく

四十八日目 一人だけの時間が二人きりの空間に

 休日を一日挟んで早朝五時、俺は悠に起こされた。正確には悠が押したインターホンにだが。


「それで、なにがなんでも早くないかな?」


 一応口内は数回流したけれど、髪はぼさぼさのままダイニングにて座布団の上に座り、悠は隣で座椅子に。素直な感情を口にしても良いのであれば寝たい。悠を一人、ここに居座らせる勇気が俺にあったらの話なんだけどね。

 それはそれとして、この光景がこれから日常となると思うと若干は微笑ましいな。日々を共に過ごしていくことで内心を把握していき、違和感がなくなっていくことで尚更良いものに変えられるよう今日から頑張っていこうという気にもなる。


「ごめんなさい、いつも何時に起きられているのか知らなくて。お姉ちゃんがこの時間に毎日起きているから同じなのかなって」

「あー、それはまあ、仕方ないか」


 前に一回来たときも寝起き顔だっただろとは、それこそ言っても仕方ないので黙っておく。声だけでなく、表情にも申し訳なさが表れているのでわざわざ言うのも酷だろうし。

 ていうか、先輩はいつもそんな早くから起きているのか。女性ならではの時間の使い方というのもあるだろうが、それでも早いと感じる。モーニングルーティーンがあるのかな。身体の調子を整える体操を行っている芸能人の人達も多いし、そういうのを見習っているのかも。


「良かったら、お茶いれましょうか?」

「いや、自分でするよ」


 そう言って立ち上がろうとした俺の太ももに悠の手が置かれる。


「ダメですよ。これから私たちは一緒に住むのに、そういう気遣いの連続はやめましょう? なんだか必要以上に距離を感じてしまいますから」

「それもそうか。でも、そんなこと言われたら遠慮なくなんでも頼んじゃうよ?」

「全然問題ありません! むしろ、お兄さんに頼られて応えることで信頼値を貯めていけますし」


 ふむ、一理ある。現に俺のなかの悠に対する警戒度でいえばそれなりに高い。もちろん信頼していないわけではないが、これまでの前科が積み重なっている分な。

 それを一つずつ取り除こうと行動で見せてくれるのは非常にありがたいし、ここは悠の意見を尊重しよう。


「わかった。ちなみに今日、悠も大学あるんだよね?」

「はい、ありますよ。未鷹くんや優梨愛先輩と同じ大学なのは本当ですから。そういえばこの服、優梨愛先輩に買ってもらったものなんですよね」


 どうしても寝起きに意識を分散させたくなくて敢えて考えないように遮断していた悠のファッション。全体像が見れるように立ち上がってくれた彼女を改めてしっかり目に映すとまあ可愛らしく実に女の子らしいこと。

 黒のスリットキャミワンピに肩開きの青シャツ。街中で見かけたら一度はチラ見してしまう大胆な服装だ。それが直視できる距離感でいるのだから、ついスリット部分から垣間見える綺麗な脚に視線が引かれてしまうのは許してくれ。


「ふふっ、お兄さんって案外欲求に忠実なタイプなんですか?」


 そう願っても、悠は見逃してくれないようだ。からかうというよりかは喜色でいる点が気になりはするけれど。


「仕方ないと言い訳させて欲しい。男一人、現在進行形で彼女がいないんだ」

「だから、溜まるものもあると?」

「そうだ。それに先輩とは姉妹であるのに全く違うタイプの容姿の良さを持つ悠に目が惹かれない訳がない」

「えー、私のせいですか?」


 ああ、なんだこのモヤッとした感じ。凄く満たされるものがあるのにそれを素直に受け入れられない。

 嘘の弊害だろうな。それと先輩への想いが邪魔をしているような気もする。


「まあ、別に見られて嫌がるならこんな派手な服着ませんし、わざわざお兄さんの前で見せびらかしているんですからそういう反応が貰えて良かったです」


 そんなことを言って悠は冷蔵庫まで向かい、お茶の入ったポットとコップを二つ持ってきて座った後、二人分を注いでくれる。

 ありがとうと感謝を述べ、さっそく一口。


「それで実は、早く来たのには別のちゃんとした理由があって」


 自分のものには手もつけず、悠は話し始めた。どうやら何かしら考えてきたことを明かしてくれるみたいだ。

 軽く頷きを返して続きを促す。


「お兄さんとこれから一緒に生活をしていく訳じゃないですか。私がお兄さんの家にお邪魔している形なので、いろいろとこの家のルールを知っておきたいなと」


 なるほど、郷に入っては郷に従えとよく聞くがそれをしっかり実践しようというわけか。そういった精神があることは非常に人付き合いにおいて有効で良い心掛けではあると思うけれど、俺は強要するつもりもなければ気に食わないところを矯正するつもりもない。

 それに一人暮らしの期間が半年の俺にそんなわざわざ明記するようなルールなんて出来てないし。


「心配ご無用だ。ルールなんて強いて挙げるとすれば、可燃ごみは週二回、資源ごみは週一回、不燃ごみは月二回、冷蔵庫の右側面に貼ってある曜日に出すことを互いに忘れないにすることぐらいだから」

「本当にそれだけでいいんですか?」

「構わない。たしかに悠の言う通り、ここは俺が借りた部屋で家賃等も変わらず俺が払っていく。しかしだな、だからといって共に生活を送る人間が息苦しくなるような空間はつくりたくない」


 一応、ここで先出しされないように支払いの表明を行っておく。悠なら私も払いますぐらい言ってきそうだから。そのためにアルバイトをして勉学や遊びの時間を減らして欲しくはない。


「お兄さんがそれでいいなら、私は当然従うまでですけど、なんだかすみません。ただでさえ一人増えてスペースやら自由時間やら奪ってしまっているのに」


 こういうところは毎度律儀な子だなと思う。

 それほど相手に迷惑が掛かることを懸念出来るのであれば、嘘もパパっとバラして欲しいんだけどなー。


「そもそも悠の願いを受理したのは俺なんだから、そうなることは分かっていたし、本当に気にしないで。すぐにとはいかないかもしれないけれど、気楽に、それこそ先輩と住んでいたときのように居てくれたらいいから」

「お兄さんは本当に優しいんですね。そういう一面をお姉ちゃんにもっと見せればいいのに」

「いやー、それを言われたら返す言葉もないんだよね、ハハ……」


 優しさは基本的に対等か上の立場の者が行動に表すものであり、先輩と比べて圧倒的に下にいる俺が簡単に出せるものではないんだよなぁ。


「まあでも、悠だから出せているんだよ」

「えへへっ、そう言われると悪くないかもです」


 すこし頼りになるという意味合いで意識的に言葉を選んでみたらこの反応。

 これからも実験的に話を組み込んでいく必要性がありそうだ。

 ただまあ、それは別として今日から始まるこの生活がどのように俺に、そして先輩に影響を与えてくれるのか見物である。

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