四十七日目 二人の距離は縮まっていく
ベッドの上でただ一人、考えごとをしていてもこれ以上はあまり意味がないみたいだ。
悠の願いである同棲を断ろうとしても、結局は彼女がこれまで重ねてきた嘘に対する疑問が俺の裾を掴み、離そうとしてくれない。一生悠の存在が頭のなかにちらついているのは非常に厄介であり、苦痛であろう。たとえ、それが先輩であっても。
それならば、何事も解決に向け進歩した方が良い。犠牲なしに何かを得ようとするのはあまりに愚かだ。ただ無謀に突っ込むのもまたその限りではあるけれど、悠は決して俺の敵ではないと思うから。
嘘という存在に気付く前の心を開いていた俺になら、関係を深めていくことでなにかしら情報を教えてくれるはず。
それに正直な話、気になりすぎているのは俺自身の内なる好奇心が顔を出しているからだとも考えられる。怪談をつい聞いてしまったり、恐怖の映像をちらちらと見てみたり、そういった感情は誰しも持ち合わせているもので恐怖に怯えつつも手を伸ばしてしまう。馬鹿なことだとは思うが、そこで前に進めなかったらずっと恐怖心に苛まれ続けるんだ。チクリと針を刺すように忘れられないよう時折ね。
『悠の願いごとについて、答えを出した。承諾するか、棄却しそもそもの俺の提案すらなかったことにするか、それを教える前に最後の質問をしたい』
メッセージを送った瞬間についた既読のマークにすら身体が反応してしまうのは悠に囚われすぎている証拠だな。
『私はいくらでも答えますよ。これまで多くのことを隠してきたせいでお兄さんに嫌な思いをさせてきたでしょうから。それに、なにもかも知ることがお兄さんの願いでしょ?』
これはつまり、質問を投げかけ悠という人間を構築している嘘に触れた時点で俺との契約は成立したも同然だということだろうか。多少暴論ではあるが言葉を見事に狩った結果でもあろう。
ただ、その裏返しを言えば悠は早く答えが欲しいんだ。彼女もまた恐怖に怯えている。それが俺との関係が壊れることにあるのか、頼りにしてくれる人物の喪失という面に向いているのかは分からないけど。
『わかった、それでいい。ただし、契約を交わす前の最終調査だ。俺が提案者であっても相手に不審な点が確認できれば誰にだって破棄する権利はあるし、調査する意味も生まれてくる。これを許容してもらえないなら話も俺たちの関係も全てなかったことにしよう。そうして、まるで初対面かのように君たちの家で邂逅しようじゃないか。既知の間柄だとバレないようにまた嘘を重ねればいいだけなんだから』
時には強気な態度を見せておくのも必要だと思う。
無理に優位に立てばいいという話ではなくてへこへこしすぎたり、隙を見せたり、それら内面的な弱さを晒さないようにしようということ。
『お兄さんの仰られていることはごもっともです! ごめんなさい、私が先走り過ぎていましたよね。お気付きだとは思いますが、私にとってお兄さんは大事な人なんです。だから、つい離したくなくて』
『その言葉は嬉しいけど、怖くもあるよ。でも、今はありがとうと答えておく』
これは前にも嫌われたくないと言っていたからその類の感情を抱いてくれているんだろうな。友情とは違う特別なもの。恋情と呼ぶにはあまりにも一方的な想い。いや、恋愛は基本一方通行なものなのだから間違いというわけではないのだけど。そう呼びたくはまだない。
だって、そうだろ? 俺の見てきた悠のどこからどこまでが真実であったか未だ不透明なのだから。
『それじゃあ、ようやく最後に聞いておきたいことを伝えるけれど、悠は先輩のことが嫌いなのかい?』
これはたとえ憎いという感情が悠のなかに既に芽生えていたとしても別の話。嫉妬による負の感情=嫌悪とはならない。
それにもし、ここで「はい」と返ってこようものなら、感情の共有がされかねない同棲なんてできるはずがない。
だから、たとえ嘘だとしても――
『もちろん大好きですよ。お兄さんと同じくらい』
こう答えるだろうね。
まあ、意味を成さなかったとはいえ、表面上で好きという事実は変わらないし、これで表立って負の感情を出しにくくはなった。
現役JDと同棲か……文字だけ見たら最高の結果なのになぁ。
それじゃあ、おやすみと送って電源を落とす。
明後日の朝にはもう家の前で待っていそうだ。
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