四十五日目 あなたは私だけのものだから
人に頼られることで心を落ち着かせられる。そんな依存的な欲求に囚われているのかもしれない悠。そのせいで嘘をついてしまうのであれば、すこしは寄り添ってあげたほうがいいのかもな。まあ、全く確定情報でない俺の希望的推測だけど。
「悠はさ、昔から姉である先輩と仲良かったの?」
「急にどうしたんですか? 今の今まで嘘を暴いてやるみたいな感じだったのに家族のことを聞くなんて」
「まあ、それはもちろん大事だし、俺の精神面を安定させるためにも早く解明したいんだけど、そもそも悠を知っていくことで良い目星のつけ方ができるようになっていくかもしれないからね」
先輩とのことであれば、俺が直接関わりを持っている手前すぐにバレてしまうような嘘はつけない。故に限りなく真実、そして本音に近い言葉を聞きだせるんじゃないかと思う。
それを分かった上で悠が話を流そうとするのであれば、そこを突いていく意味も生まれるわけで。
「……まあ、私のことを知るためにっていう話ならいいですけど」
「なら、良かった」
渋々といったわけではなく、どちらかといえばすこし照れくさそうに視線を横に逸らしているが、こういう反応ひとつひとつにもしっかり目を向けていかなければ。
「それでさっきの質問の答えなんだけど」
「はい。お姉ちゃんとはずっと仲が良かったですよ。むしろ今が一番悪い時期なんじゃないかと思えるぐらいに」
ふむ。これは数週間前までの俺と同じで誰かに頼られることがないのに自分は頼ってしまってばかりな日々に嫌気が差している可能性が出てきた。仲が悪くなっているのも先輩は気付いていなくて悠が一方的に傷ついている場合も考えられる。
「それは二人暮らしを始めたから?」
俺の問いに首を縦に振って答える。
「今の生活をしていなければ知らなかったことはたくさんあったと思いますし、こんなにお姉ちゃんを憎いと思うようなこともなかったと思います」
「そこまで言葉にできるほど積もった感情があるんだね」
表情や声には腹立たしいとか恨めしいとかそういった負の感情は感じられない。淡々と憎いという言葉を口にしているのはむしろ感情が常駐化している表れかも。ただ、先輩の話を聞いた限りでは二人暮らしを始めて一年も満たないわけで、その期間にそれほどまでのものが生まれてしまう大きな出来事があったのなら俺が軽く口出しできることではないのかもな。
これまでの悠の言動があくまで嘘を重ね続けるための外面でしかなかったとしても、わざわざそんな内部事情を隠そうともせず話すとは思えないから余程耐えかねていたのだろう。
こういうときに恋人であったり、親友であったり、誰かしら相談できる相手がいれば多少なり心の負担は軽減されるだろうけど、優梨愛はそういう相手にはなれなかったのか、単に恋愛の相談を受けていたとはいえ先輩後輩の関係以上にはなっていないのか、まあなんにせよ満たなかったんだな。
「じゃあさっていうのもおかしな話だけど……俺と悠のために一つ提案したい」
「私のためにですか?」
「うん」
俺の意図がどこにあるのかわからず、簡単には返事をしたくないように見受けられる。まあ、当然の反応だろう。疑いを晴らした自覚がないのに、自分のためにと理由付けして急な提案を持ち出してきた相手だし。
俺からすればこの話で一旦距離を保ちつつも俺のなかに植え付けられた恐怖の芽の成長を止められるはずだから、必ず結果に結び付けたいもの。とにかく内容を話していこう。
「話を聞いてから答えを出して欲しいんだ」
「わかりました。私もお兄さんに嫌われるのは嫌だから」
その言葉に頷きを返して話し始める。
「俺は正直、今の悠がなにを考えているのか、誰を騙したくて嘘をついていたのかはっきりと分からない。お隣さんは優梨愛と付き合っている点から彼の目を欺くためではなかったことぐらいしか情報がないからね。
それで本当はこの後もいろいろ根源が詰まっていそうな初めて会った日のことを聞き出そうとしていたんだけど、今そこに先輩の話が加わって全てを解明しようとしたら埒が明かないと思った。そもそも俺はただ利用されただけの人かもしれないしね」
結局広がる線は数多あってどれを手繰り寄せるかなんて選べない。
「ただひとつだけ、こうなんじゃないかなっていうのはあって」
その言葉で悠の肩がピクッと動いた。なにかを勘付かれたかどうかこの先が気になっているようだ。
「悠の嘘は姉である先輩への当てつけじゃないのかなって。さっき必要とされて心が落ち着くって言ったよね。たった二ヶ月の関係性しかない俺でさえ先輩の要領の良さや内面的な部分の良さっていうのは痛いほど伝わってきているわ。それをずっと目の当たりにしてきた悠は自分も姉に頼ってしまう部分があるし、周りも頼るなら姉の方だというような認識があって初めは知らぬ間に自分を傷つけてしまっていた」
この話は全て俺の想像でしかない。なんならこうであって欲しいという願望が満ち溢れたものでしか。
「それが時が経つにつれて自覚するようになって、人に頼られることへの欲求が高まっていたり、今でも変わらず自分以上に慕われている先輩に対して苛立ちを覚えたりしているんじゃない? 多分、俺が先輩のことを好んでいるのはプライベートの会話で気付いていて、お隣さんに会いに来たっていうあの日も本当は住所を知っていた俺に出会うためで」
話している最中、悠の表情は変わらない。
真剣な眼差しを向けて俺の作った物語を聞いてくれている。あまりにも見当違いな場合は話を聞いてほしいと言われたとはいえ、時間の無駄にしかならないからなんだかんだ早めに切られていると思う。つまりはここまで正解の部分は多少なりあるんだ。
とはいっても、これもまた俺の願望だけどな。
「俺と仲良くなることで姉と同じ人物に頼られたい。そう思ったんじゃないかな? その内容は仕事の話と恋愛の話で全くの別物だけど、頼られたという事実は一緒。これまで感じていた劣等感を紛らわすことができた。妹だと明かさなかったのはさっきも心配していた通り、自分を頼るというよりも利用される結末にはなりたくなかったから。だから、あくまで恋の伝道師みたいな立ち位置になろうとした。どうかな?」
出会いからここまでの流れで見てもそこまでおかしな話じゃないはず。
嘘の根源は姉に対する嫉妬。あくまでその嫉妬を晴らすために俺を利用しようとしただけ。だから、嘘をつき続けるしかなかった。
急に疑似恋愛を提案してきた理由もこれで簡単に説明がつく。もちろん全てがぴったりはまっていることはないにしても悪くはないんじゃないか?
さて、当の本人はどう答えようか言葉を選んでいるようだけど……。
「……七十点ってところですかね」
「あっ、あれ? 微妙だなぁ」
「でも、正答率は八十五%ぐらいかな」
つまりは核心を突くことがまだできていないということか。行動原理に殆ど間違いがなくて、部分点を多くもらえている感じ。
「それでお兄さんのその推理をもって私に提案したいことって何ですか?」
「ああ、だからそれは――」
結局大事な核を取りこぼしているのだからこの提案もあまり意味をなさないのかもしれないけれど、言ってみる価値はあるか。
「――悠のことをもっと詳しく偽りなく教えてもらう代わりに、悠のして欲しいことを俺が叶える。そういう契約みたいなものを結びたいんだ」
ここでいうして欲しいことが、俺のなかでは頼られることに直結している。採点からもう一つ奥に本来の目的が隠されている可能性は考慮できるが、俺に頼られることでたしかに解消されるものもあると思う。
悠はこれに対して悩む素振りを見せず、パッと返事をくれるみたいだ。
「わかりました。それじゃあ、私のお願いを聞いてもらえますか?」
「おう、どんとこい」
胸を張って堂々と待ち構える俺の目を真っ直ぐに見つめて、悠は続ける。
「私、今はここでいいのでお兄さんと一緒に住みたいです」
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