四十四日目 あなたに必要とされたいけれど

 はるかからの評価が極端に低いお隣さん。いろいろな女性に手を出すことを厭わないらしく、その部分が嫌いなんだろう。ただ、これまでにつかれていたかもしれない嘘でお隣さんに絡む話は殆どなさそうだ。

 可能性として言えば、優梨愛関連で多少引っかかるぐらい。

 斡旋した本人からの証言だから内面はクズなところも間違いではないだろうしな。そこで嘘を重ねたところで悠に得がないから。


「さて、そろそろ話を進めていきたいんだけど、初めての出会いのときのこと。悠はお隣さんに用事があると言って来ていたよね」


 これはあくまで推察に過ぎないが、悠の貫き通したい嘘の所縁はここにあると思う。初めから嘘をつく気でいたとすれば、そう繋がりを結びつけるのは当然のことだ。つまりはそこを詰めても本心が簡単に聞きだせるとは考えにくい。故に自ら答えを導き出すしかないということになる。

 この行動原理がなにもわからないまま日々を過ごすことへの恐怖心というのがまたなんとも動かされているみたいで嫌だけど、逃げることもできないからな。

 では、なにが嘘であったか模索していこう。

 そのために初めの第一歩はどこであったかをはっきりさせる必要がある。


「ええ、そうですね。そのときはちゃんとスマホの画面をお見せしましたから信じてもらえますか?」


 たしかに、それはそうだ。ただここに関してひとつ気になることがある。


「あのスマホ、本当に悠のものだったのか?」

「と、いいますと?」


 ふむ。さすがに不利になるようなリアクションは見せないか。

 とぼけた表情でいるのも演技の可能性が高い。あまり人のことを疑うのは好きじゃないが、それも致し方なし。ここは自衛のためにも攻めていこう。


「あの日、別れた時点ではスマホはあまり強く印象に残っていたわけではなかった。ただ、後日優梨愛に会ったとき、ふと思ったんだよ。スマホのカバーが似ているなって」

「つまりは本命である優梨愛先輩のスマホを借りて証拠として提出することでお兄さんのことを騙したと」

「そういうことだな」

「いい考察ですね。良く見てくれていたんだなって感じられて嬉しいです」


 ここで屈託のない笑みを浮かべられてもどう反応したらよいものか。


「正解だったのか?」

「はい。たしかにあのときはちょうど優梨愛先輩のスマホをお借りしていました。もちろん信じてもらえるかどうかはお兄さん次第ですけど、ここで嘘をついていては平行線を辿るだけということを理解してもらえたら嬉しいです。私もこれまでの行い自体は反省していますから」

「それはわかっているよ」


 実際は信じるしかない状況に追い込まれているんだよな。

 悠の言う通り、平行線を辿っているだけじゃ俺の心のなかで成長を遂げようとしている恐怖の芽を摘むことなんて出来ない。ただひたすらにあのとき、そういえばここがおかしかったような、そんな違和感を悠にぶつけて返事をもらうことでしかこれは消えないんだ。

 悠の最終的な望みが何なのかが分かればすべて解決するのに。ただ、それはそれとして嘘を重ねてきたことを反省している姿勢を見せてくれたのは言葉の信憑性がほんのわずかではあるものの高くなるから助かる。


「もっともっと悠のことをいろいろ知らないと夜も眠れなくなってしまうから」

「そんなに怖いですか? 私のことが」

「それはまあ、悠に何かされるんじゃないかっていうわけではなくて何のためにこれまでがあったのかその奇妙さがどうしても気にかかるんだ」

「そうですよね。本当にごめんなさい」

「謝る前にどうして嘘をつき続けたのか、その理由を話してくれたら手っ取り早く話を済ませることができるんだけどね。もう一度聞くけど、そうはいかないの?」


 正直な話、ここについては殆ど見当がつかない。

 初めはお隣さんのことだと思っていたが、悠の返事からして違うことがわかる。では、自分のためについた嘘だとしてその目的はなんだったのか。あの日、俺の知る限りではお隣さんと俺以外の登場人物はいなかった。であるならば、目的は俺だった、とはならないだろう。

 一方的に認知されていたことは先輩の妹さんで資料を見ていた件から確定したとはいえ、普通あの時点で俺に向かう理由があるか? 

 たとえば俺みたいに野球観戦を経て素を見せてくれたんじゃないかとすこし心を惹かれたり、あのとき見た喜色に溢れた顔を忘れられずにいたりということはあり得る。だが、悠の場合はそういった部分がない。だから困るんだよな。


「それもごめんなさいとしか言いようがないですね。だって、お兄さんから見た今の私って先輩の妹さんでしょ? 私と仲良くなっていけばお姉ちゃんとの距離も近付くんじゃないかとかアピールする機会が増えるんじゃないかとかそういうこと、考えていませんか?」


 うっ、それはまあ完璧に否定はできないかも。


「ほらっ、図星みたいな顔してるし」

「いやいや、そういうわけじゃなくてさ」

「いいんです。実際お兄さんの役に立てるのは嬉しいですし、それで頼られると必要されているんだなって実感できてなにより心が落ち着きますから」


 それで心が落ち着くということは実は嘘をつく原因もこれに当てはまるんじゃないか? 嘘を重ねていたことを誰かに気付かせることで相手をしてもらいたい。そういう欲求が満たされていなかったとか? 

 たしかに先輩は出来る人だから悠のことを頼ることはなかった可能性が高い。実家で過ごしていたときも必然的に頼られるのは長女である先輩だったと思うし。その流れで優梨愛の恋愛を手伝った理由もここに行き着くのでは。

 これは良いところに目星をつけられたかもしれない。そう考えると目の前で話す悠は優梨愛に比べ若干自信がなさげに映る。

 よしっ、ここからはそういった目線も踏まえていこう。正直、これが正解であったなら可愛い話だったなと笑って終えることができるからそうであって欲しいという願いが込められている節はある。だからこそ、試す価値も大いにあるというものだ。

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