四十三日目 人物相関図をつくっていこう

 悠はたしかに疑似恋愛の役として最適解だとは思う。けれど、このままだったら本来の目的である俺自身に余裕を生ませるというものは達成されづらい。なぜなら、俺と悠の信頼値が殆どリセットされたようなものだから。

 もちろんはるかのことを嫌いになったなんてことはなくて、嘘をつかれていたこと自体に怒っているなんてこともなくて、ただどれが嘘でどれが本物でといった分別がつかなくなったことが寂しいんだ。これが全く興味のない人間であればそれじゃあさようならで話を済ますことができるのだろうが、やっぱり記憶のなかに鮮明に残っている野球観戦をした際の最終回で必死に祈る姿やサヨナラホームラン後の興奮を隠しきれていなかったと感じた表情までもが作られたものだったのかと思うと、な。だからこそ、まずはそこを聞いていきたいのだけど、一旦冷静になって順序通りに話を進めていこう。


「俺は悠が悠里、もとい優梨愛の代役を引き受けてくれるのは嬉しいよ。たとえそれがなぜ嘘をついたのか、その目的のためだとしてもね」


 まあ、その場合、嘘をついた理由の先が俺か先輩になるわけだ。先輩のためにというのは信憑性があるかもな。

 悠は俺の言葉の続きを静かに姿勢よく座椅子の上で待つ。目はしっかり合ったまま。


「ただ、このままだと俺は余裕を持つ前に何も成し遂げられず終わる気しかしない。だから、これまでを振り返って話をしたいんだ」

「つまり、私とお兄さんが歩んできた軌跡を回顧するんですね!」


 解釈の仕方が過剰だなぁ。乗り気になってくれたのは若干前のめりな姿勢になったことから察せられて喜ばしいことなんだけども。


「まあ、そんなところかな。俺と悠が出会うときは大抵二人きりのことが多いからね。他の人に聞いても仕方ないし」


 思えば、聞く相手が必然的に悠本人に絞られるようになっている。初めての出会いもお隣さんは登場しなかったし、お弁当を貰ったときもいなかった。野球観戦も知り合いという点で言えば悠だけで、前日のお泊まりも。唯一あったとすれば、優梨愛が悠との電話を俺に聞かせてくれたとき。

 あれは完全に想定外といった反応だったしな。これは可能性の話にはなるが、俺が悠里を優梨愛本人であったと結び付けたときも恐らくこんなことがあったのだろうというような口調で話していたはず。つまりは、協力者である優梨愛に関して言えば、自分の制御が利かない人物であると。

 もしかして、他の人を掘り下げて欲しくないと言ったのは自分だけを見ろという素直なメッセージだけでなく、優梨愛のことを思い出されることでなにか嘘に結び付くものが見つかるのかもしれないからなのでは。

 現に、本名は? と俺が聞いて一瞬優梨愛と答えそうになっていたんだから。その後にゆりから悠里に繋げたのは学力が高いと自負していただけのことはあって頭の回転が速い故の適切な処置だったとは思うけど。

 よしっ、あのときの話になったときは攻めるときということを忘れずに。


「でも、その前に一つ。悠周りの立ち位置を知りたい。話を混乱させないためにも」

「いいですよ」


 快諾か。情報整理のためにも有難い。ここで出た情報を疑い始めたらさすがにキリがないのでしっかり基準として考えていこう。


「まずは優梨愛先輩。もう察しはついていると思いますけど、私の協力者です。高校生の頃から仲が良いのは本当ですよ。いろいろ生徒会の仕事を教えてもらってくださった優しい先輩ですので」

「なるほど。関係性に偽りはないということね」


 俺の言葉に悠は頷きを返してくる。

 まあ、二人で出掛ける仲のようだったからそこに関しては元より疑っていなかったけど、生徒会の話も自分から出す辺り、間違っていなかったみたいだ。ちなみに悠が今年大学一年生になったばかりの十九歳と判明したから優梨愛は誕生日によるけれど、二十歳か二十一歳ということになる。年齢を高く捉えてしまったのはいろいろと混ざり合った結果だったとはいえ申し訳なかったな。


「沙耶のことも一応話しておきますか?」

「お願いするよ」

「わかりました。とはいっても、単純で、大学からの友達なんですよね。未鷹くんとはセフレなんですよ。まあ、いろいろと斡旋したのは私ですけど」

「凄いね……」


 つい苦笑を浮かべてしまう。

 それで変わらず優梨愛と仲の良さを保てているのか。それほどまでに優梨愛が自信に満ちているから気にしなかったのかな。いや、それでもだろう。

 ……そういえば、互いに応援しあう仲だと言っていたっけ。となると、お隣さんが本命に優梨愛を選んだのも悠の協力があってこその結果だったのかも。それゆえ、沙耶の存在を許しているみたいな。


「凄いのは私じゃなくて未鷹くんの方だと思いますよ。あの人、男に興味がないから良い人の面被ってますけど、女の子が好きすぎて可愛ければだれでも手を出すクズですから」

「俺の前だと本性を隠していると」

「隠しているっていうのは違うかな。それもまた本性のひとつなんだと思います。だから、お兄さんから見て自然な振る舞いのように思えてならなかったわけですし。そういう意識の切り替えがうまいんじゃないですか」

「はぁ、それはまた」


 世の中にはいろんな人がいるものだ。

 さて、これで軽く三人についての情報を得ることができた。情報の薄さからして沙耶ちゃんは悠が利用しただけの存在っぽいな。お隣さんのことをあまり良く思っていないのも、傷をつけ合える関係が良いと言うほど愛が深い悠にとっては多くの女性と関係を持つことは許せないのかもしれない。

 とにかく関係性は軽く把握できたし、悠からの評価もすこしはわかった。これを踏まえてKJ法の要領で誰に向けた嘘がこれまでにあったのか振り返りながら分けていこう。

 ようやく一歩進んだことにふぅと息を吐く。ここからさらに密な話になっていきそうだ。

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