四十二日目 あなたの役に立ちたいから

 絶対ここからは話の主導権を渡しきらないよう気を付けながら進めていこう。

 はっきりと胸の内を明かせば、はるかを知っていくことで先程芽生えた恐怖の種が茎に成長したらという新たな不安が生まれているわけだが。とはいっても、ここで引くわけにはいかないのも事実。

 さあ、続きを始めるとするか。


「それじゃあさ、前に言ってくれた優梨愛は付き合っているって話。あれは嘘だったの?」


 悠にしては珍しくこの問いに視線を右上に向け、悩む素振りを見せてきた。答えを渋るというよりは思考を巡らせ、その先に広がる展開を取捨選択している感じ。あくまでも自分の想定内で未来を操ろうとしているのかも。

 実際には二十秒ほどだった待ち時間だが、数倍は長く感じられた。そうして、ようやく口が開かれる。


「嘘だとしたら落胆しますか? ただの嘘つきだって」


 どうだろうか。

 それぐらいで一々変わるとは思わない。たしかにこれまで得た悠に関する知識を全て疑うことになるだろうけど、この話が本当だとすると現在はフリーということになる。

 それはつまり……いやいや、別に狙っていたというわけでは決してないけどね。ただ、やっぱり一緒に観戦したあの時の笑顔をもう一度見たいとは思うから。後ろの存在がいなくなるのはすこし嬉しかったり。なんて馬鹿なこと考えている暇でもないか。


「特にはなんてことないよ」

「ふーん」


 俺の答えがお気に召さなかったのかつまらなそうに返事をしてきた。それから不満を露わにするように肘をついてジトっとした目でこちらを見てくる。

 何が欲しかったんだろう。言葉の通り、俺ががっかりする様子でも見たかったのかな。


「それより、ちゃんと答えをくれないか?」

「それもそうですね。でもまあ、私は何も嘘をついていませんよ。優梨愛は未鷹くんの彼女ですから」

「ん? つまりは……ああ、そういうこと」

「気付きました?」


 たしか悠の提案で悠里と会ったとき、自己紹介で悠里と名乗る前に言い直していたっけ。そのとき本人に優梨愛かと思ったという話をしたらわざとらしく笑っていたな。

 あれは誤魔化すためだったか。となると、優梨愛っていうのは悠里のことになる。


「まあ、先輩ちょっと抜けてるとこあるから名前教えるときにでも口滑らせてヒントあげちゃったのかな。昔からそういうところあるんですよねー」

「ああ、そういえば高校の時から一緒なんだっけ」

「ですです。あっ、ちなみに今回優梨愛先輩にはいろいろ手伝ってもらっただけで基本私のラジコンだったので嫌いにならないであげてください」

「別に悠里のことも悠のことも嫌いになったりはしないよ。現状、どうして嘘をついていたのかはまだ判明していないけど、お隣さんのことが原因じゃないの?」


 唯一思い当たる節をぶつけてみるが反応はない。あれっ、間違えちゃったのかな。


「んー、今はそう思ってくれている方が助かるかも」

「その言い方だとまた嘘を重ねられているようにしか聞こえないんだけど」

「今言うタイミングじゃないって話ですよ。まだまだこっちに傾いてくれているとは思えないので」

「なにが?」

「なんでしょう?」

「あー、もう、今日は謎を解き明かすはずなのに新しいものが増えているんだけど!」


 掌の上で踊らされているみたいで情けないよ。四つも離れた年下の子に。

 まあ、実際これまでに塗り重ね続けられていた嘘をすこしずつ落とすことは出来ているんだろうけど、俺がどうこうしているわけではなくて悠によって明かしても問題のない部分を取捨選択されているようにも感じてしまう。


「いいじゃないですか。とにかく今は私のことを知ってもらう時間なんですから。優梨愛先輩のこともお姉ちゃんのことも考えずに、私のことだけを話しませんか?」

「いや、まあ、それはもちろんそのつもりだし、俺が知りたいのは悠のことばかりだけど、そこに行きつくまでに優梨愛のことも知っておかないと何が正しくてどこが嘘だったのか見分けがつかないからさ。とにかく悠里が優梨愛で、お隣さんの本命ってことでいいんだよね?」

「そうです。優梨愛先輩に関してはそれ以上の情報は出ても意味がないですから、この話はここでお終いでいいですよね?」

「わかった、わかった」


 急に押しが強くなってすこし怖い。

 俺だってそこまで優梨愛のことを掘り下げる気はないし、なのより知りたいのは言った通り悠のことばかり。結局、お隣さんとどんな関係性なのかとか、どうして俺の家のインターホンを押したのかとか、あとは先輩絡みのことも聞きたいし。

 まさか身内がこんな近くにいるだなんて思いもよらなかったから、このチャンスは逃すべきではない。悠と仲を深めることで先輩との距離も近付いていくはず。


「あっ、今別の女の人のこと考えてましたよね?」

「いやいや、そんなことはないよ。そういえば、別に優梨愛のことを掘り下げたいわけじゃないんだけど、あの子がお隣さんの本命ならさすがにこれからも疑似彼女役を頼むのは気が引けるよ」

「それなら適役が目の前にいますから」


 それもそうか。俺の知り合いのなかで誰よりも先輩のことを理解している人物が皆山さんから悠に変わったわけだ。これはぜひとも協力してもらいたいところ。


「ということは、代役という形で引き続き続行してくれるわけだね?」

「もちろん。そのためにも今日、もっと私のことを知って欲しいんですよ」

「なるほど。そういうことだったのか。俺のためでもあったと」


 これは一方的に距離を取りすぎていたのかもな。善意でやってくれているわけだし。とはいっても、元凶は悠だけど。

 とにかく地道に進めていきますか。さっきはぐらかされた結局なんのために俺に嘘をついたのかも関係が深くなっていけば自ずと見えてくるだろうから。

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