三十九日目 早く帰ってこないかな……
先輩が見せてくれたおもちゃ五種類を参考に新たな案を模索していく。前日に俺が提出した企画案を先輩が赤ペンを持って丁寧に上から読んでいってくれている間、時折聞こえてくるキュッとペンで印をつけられた音が聞こえてくるたびに不安になって仕方ない。
ダメだダメだ、そんなことに意識を奪われていたら良い案なんて思い浮かばないし、またここにお邪魔するチャンスを失うことにもなるし、頑張れ俺。とにかく使える案を…………そうして添削が終わるまでの小一時間、俺の筆はずっと同じ位置にあった。
「まあ、何度も言うけど焦らなくていいから、また明日頑張ろう。今日は今ある企画案をもとに改善点を見極めていってさ、まだ学びのフェーズだから」
「は、はい……」
気を遣ってもらい、慰めまで頂く情けない男。あぁ、逆に頑張ろうと力んでしまった結果がこれかよ。
がっくりと肩を落としている俺を見て先輩も苦笑い。
今日は失敗だったなぁ。
「そう気を落とさずにね。こういう時に必要なもののひとつに忍耐力もあるから、一喜一憂も大事だけど割り切れるぐらいの心構えでいたほうがもつよ」
「わかりました」
「うん、それじゃあ、さっそく添削したこの企画案を見ていこうか」
「はい!」
先輩からの有難いアドバイスに大きな声で返してテーブルの上に置かれている俺の企画案に目線を落としてみれば、分かりやすくチェックがつけられた箇所がいくつもある。
ああ、確かにこれは一回一回落ち込んでいたらきりがないなー。こういうときにスポーツで鍛え上げられたメンタルが役に立とうとは。普段は先輩が言っていた通り一喜一憂だするタイプだけど、それを抑えると決めれば全く動じなくなれるぐらいには鍛え上げられている。
それから二時間ほど時間をかけ、どの部分がダメなのか、それによって審査に与える影響、そして該当部分をそもそも消すべきか良くして残すべきか、そういった話を続けた。その間、先輩はいつにも増して真剣な表情で俺のために向き合ってくれているのだと思うとそれに応えたいという気持ちがなお膨れ上がり、一旦休憩として麦茶とお茶菓子を頂いている今もやる気に満ち溢れている。
「美味しいでしょ、これ」
「ですねー。俺、きな粉餅好きなんでこういうわらび餅のスーパーで売っているようなやつ、子供のころからよく食べてたんですよ。だから大好きなんです」
「なら良かった。ちなみにこれ、みたらし団子も売っているお店の人気商品なんだよね。私も洋菓子より和菓子派だからさ、気に入ってもらえたなら嬉しいよ」
そんな話をしながら温かく落ち着いた空気感を存分に味わい、休憩後時間があるということで二度目の企画案作成に挑戦する。今度はオフを挟んだおかげかスラスラとまではいかないけれど、意識がリフレッシュされて難しく感じることなく、まずは題材だけでもと思い浮かぶ限りの商品イメージを箇条書きしていけた。
その結果、約一時間で七つものキャッチフレーズとそれに伴う大まかな商品イメージが出来上がり、目の前で添削後の企画案をつくりなおしていた先輩の目を丸くさせるほどの衝撃を与えられたみたいだ。
「凄いじゃない! こんなにイメージを練りだすことができるなんて」
「ありがとうございます! 俺も自分に驚いているんですけど、休憩前にあった緊張が休憩中に解されて、なんだか頭が活性化したというか。まあ、とにかくパッと思い浮かんだものをそのまま書き記しているので、殴り書きみたいになっちゃっている部分をとりあえず直していきますね」
やったぞ、先輩に褒められた! よいところを見せることができたぞ! これはすこしアピールに成功したんじゃないのだろうか。諦めなかった自分を褒めてやりたい。それと甘いものをくれた先輩にも感謝だ。
この調子で一つの案をしっかり書き上げていくぞ!
「そうね。じゃあ、今日は一旦ここまでにしてまた明後日、会社で」
「あっ……はい」
心のなかで天高く突きあげていた拳がすっと引いていく。
先輩の表情はたしかにこの結果に対する喜びの感情が見えるほど明るく微笑んでいるけれど、だからといってこのままずっとっていうわけにはいかないよな。時間を確認したら十七時半。場合によっては妹さんが帰ってくる可能性もある。
現状、妹さんと優梨愛の関係性がわからないので俺自身もここで顔を合わせたいとは思わないし、仕方ないだろう。ここは大人しく先輩の言うことに従ってお暇しようじゃないか。
「それじゃあ、明日までにひとつぐらいは作っておきますね。無理のない範囲で」
「わかった。私も例題のような感じで作っておくからまた明日見せ合いっこしましょう」
見せ合いっこかぁ、いい響きだなぁ。
「はい!」
そうして最後に運んできたおもちゃたちをまた先輩の部屋に戻すためなかに入ることに成功する。そのとき、さっきは初めてで緊張もしていたから見落としていたパソコンのあるデスクに置かれた写真立てを見つけた。
そこに映されているのは今僕の前でおもちゃを一つずつ押入れのなかに戻していく先輩とその腕に寄り添うように身体を寄せている青髪の背の低い女の子。何度も見た可愛らしい顔を見間違えるはずもない。その人物は限りなく優梨愛に似ている。
今日ここまでの間に多少想定をしていたから驚きは軽減されているが、それでも手に持っていたおもちゃ箱を一つ落としてしまうぐらいには心音が止まない。
先輩になにか気付いたと察せられないようにすぐ謝ってボーっとしてしまっていたという言い訳をした。優しい先輩が何も疑わず別に構わないわよとまた入れ直し始めたことを確認して胸をなでおろす。
とにかく、この件は先輩に話を聞く前に優梨愛と直接やりとりをすべきだろう。今日考えはしたが、もし優梨愛が先輩の妹だったとしてそれを俺に隠していた理由が必ずあるわけで、別に俺に危害を加えようとしていた節は見当たらないから焦ってことを進める必要もない。
やっぱり俺と先輩の関係性を知っていたがために、お隣さんとのことをバレされたくなくて俺を騙そうとしていた可能性が高いのかなぁ。いや、それにしては俺と交友しすぎている気がしてならない。まあ、その真意も含め、まずは優梨愛と話をしよう。
「よしっ、お終い」
先輩のその声で意識を切り替え、再度ダイニングに戻って帰り支度を済ませ、玄関までで構わないと言い見送ってもらう。
「それじゃあ、また明日ねー」
「はい! また明日」
俺の姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた先輩が可愛くて仕方なかった。その余韻に浸りながらエレベーターに乗り、来た道を通って駅まで向かう。そうしていつもより長いこと電車に揺られ、自宅の最寄り駅で降りた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます