第三章:君と先輩と俺と

三十五日目 人の感覚はそれぞれで

 やってきたぞ、今日が! 先輩のお家にお邪魔させてもらえるこの日が!

 変態的思考かもしれないが、しっかり目に焼き付けていきたい。とりあえず出勤して通常業務を終わらせよう。


「おはようございます!」

「おはよう。朝から元気だねー、棟永とうながくん」


 デスクの前で今日の業務を終わらせるために作業していた先輩に挨拶を済ませる。テンションが高いのは当然のこと。好意を寄せる相手の家に招待されて平常通り日常を過ごせる人間なんて稀だ。

 それに綺麗なスーツ姿しか知らない俺にとって、この後部屋着を見られるかもしれないという最高のイベントがっ! ちょっとご褒美を与えるには早すぎませんか、神様。なにか善行した覚えはないんだけど……まあ、こういう日があってもいいよね。

 妹さんがお出かけ中みたいで俺は会社から直行だろうから私服でセンスをアピールできない分、振る舞いで人の良さをアピールしよう。まずはその時間を多く堪能するために昼休憩までに通常業務を終わらせることに専念だ。


「先輩、そういえばお昼までに終えられたら、ご飯どうします?」


 専念と言った矢先だが、今日は先輩に合わせて早めに出勤しているから恐らく昼休憩までに全て済むんだよなー。その上で昨日と同じカフェに行くのも良いが、可能であれば二人でお食事に行きたい。

 先輩はそうねと頬に手を当て考えている。

 さて、どんな答えが返ってくるのか。


「昨日は私の好きなお店に行ったから、今日は棟永くんが案内してよ。もう二ヶ月働いているんだし、どこか美味しかったお店の一つや二つぐらいはあるでしょ?」


 はいはい、待ってましたよ、その言葉。一応のため、俺はこの周辺のお店について調べたことがある。イタリアンやら中華やらフレンチやら、なんでも一件は知っているが、ここは初手だ。それに値段的な問題もある。ということで下手に海外志向を持つのはやめて、まずは肉か魚かどちらが好き聞いてみよう。


「わかりました。先輩は肉ならこれ! 魚ならこれ! みたいな好き嫌いってありますか?」

「へぇー、そこまで選べるくらい知ってるんだ。コンビニ弁当か最近は愛妻弁当ばっかりだったから外食しないものだと思っていたけど」

「いや、だから愛妻じゃないですって。まあ、たまに外の気分でってときに調べたり、最近は配達が豊富なのでそのときに調べて知ったりって感じですかね」


 これはアピールチャンス。


「じゃあ、お魚がいいなー。お寿司行かない?」

「お昼から贅沢に過ごすのもいいですね。じゃあ、回らない寿司屋ひとつ知っているところあるんで、そこいきましょう」


 最高だなぁ、今日は。

 それからテンションの高いまま通常業務を処理して先輩と会社を出る。そうして徒歩十分ほどにある寿司屋で堪能した後、最寄駅からいつもとは逆の方面のホームで先輩と共に電車を待つ。


「ちなみに先輩の家ってマンションですか?」

「ええ。二人暮らしだからすこし大きめのところを借りたの。2LDKのね」


 そんな他愛ない話をしながら普段見ない駅で降りて、歩くこと数分、二つのマンションに挟まされた真ん中のマンションの前で先輩は足を止めた。見た感じ、この三つは同じ敷地内に建てられている気がする。


「凄いところですね、先輩……」


 入り口のロックを外すため、鍵を使っている先輩はそう? と言いたげな表情でこちらを見てきた。

 これはもしかして金銭感覚狂っているタイプか? すこし様子を見ないといけないかもなぁ。これから楽しみな先輩のご自宅にお邪魔するというのになんだか想像よりも内装が凄そうだ。

 いろいろと怖気づかないよう堂々とした態度でいよう。

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