三十四日目 先輩に一番近い人
先輩から渡された資料の内容から七月に出す夏に向けた玩具の企画案を提出することは分かった。
どうやら開催時期はバラバラなようでここ三年の採用例は銃身が変形する水鉄砲といった今回同様の季節ものがあれば特撮とコラボした剣もある。それからオーソドックスなビーズアクセサリーを作るものも。
この会社としては対象が小学生以下の子供たちなので、そこを意識して取り掛かるようにと書かれているな。ちなみに現状の売り上げでは水鉄砲が一番良かったみたいだ。やっぱり男女問わず遊べるという点と年齢を問わず幅広く購入できる見た目がうまくかみ合った結果だろう。
「先輩も同じことを新入社員のときにしたんですか?」
「運良くね。そのときの担当さんが権利を取ってくれたから」
「それで言ったら俺もですよ。ちなみに何を?」
「あのときは小型のAIロボットを考えたわ。子供専用というよりは大人でもペットみたいな感覚で買える商品にしようと思ってね」
「結果は?」
「ありがたいことに商品化してもらえた。というのも、私たちのときは権利所有者がここだけで六人もいたから二人選ばれる形になったの。それで二番手としてね」
「というと、一番手は……」
「ん? ああ、皆山くんは違うよ。一番手の人は二年前に出世していった人。今は支部の課長辺りやってたんじゃないかな」
それほど優秀な人だったんだな。先輩も俺からすれば十分すぎるほど仕事ができる人だけど、それを凌駕するんだもんな。
「ちなみに指導役として参加なされたことは?」
「去年もしたわよ。まあ、うまくいかなかったんだけどね」
その悔しさを持って今回挑まれているとすれば、俺も一際頑張らないとならない。
ここでひとつバシッと嵌まるような案を出せればアピールになるだろうし、自分に自信を持つことができるし、運よくライバルが一組しかいないのだからこのチャンスを手にしよう。
「それじゃあ、今日は方向性の話をしていきましょう」
「はい!」
それから半分になった通常業務を昼休憩までに終わらせた。
今日は近くのコンビニでなにか買おうと考えていたのだが、先輩が外で楽な雰囲気のときに案を考えてみましょうとカフェに誘ってくれたのでニコニコしながら後ろをついて行った。
店内は木製のもので統一されており、ダークブラウンや掛かっているジャズが雰囲気を醸し出している。そのなかで入り口から左手奥にある二人用の対面席に座り、つい先程注文を終えたばかりだ。
「ここ、いつも先輩が来られているところですか?」
俺の持つ数少ない先輩の情報を敢えて知らない感じで聞いていく。話はなるべく長く広げたいから。
「うん、とはいっても先月できたばかりだから頻繁にっていうわけじゃないけどね」
「なるほどです。でも、この雰囲気凄く良い感じだから何度も来たくなりますよね。ちなみにコーヒーはブラックが好きなんですか?」
「恥ずかしながら甘くないとダメなの」
照れ笑いを浮かべる先輩が可愛すぎる。この顔を見ながらまともに企画案なんて考えられるのか心配になるぐらいに。
俺はブラックの方が好きなんだけど、ここはあわせるべきか。
「それで言ったら俺も全然なんで。一緒にミルクを入れて飲みましょう」
「安心したー」
ホッとした表情に変わるのもまたいいなぁ。
この空間にいることができるだけで幸せだ。昼休憩にしては贅沢すぎるよ。これはさすがにニヤニヤを止められそうにないから普通に笑っている様子で誤魔化そう。
「私の妹はさ、大学一年生なんだけど高校生の頃からブラックが好きで一緒にこういうお店に入ったらえっ? みたいな反応されちゃったことがあって。その日以来、恥ずかしく感じちゃうようになってさー。好きなもの頼みたいだけなのにやだよね」
「あー、そういうのありますよね。俺は一人っ子なんであんまり共感できないんですけど。ちなみにその妹さんとはもう長く二人暮らしを?」
「ううん、二人暮らしは今年の二月ぐらいからかな。仲が良いから良く遊びに来てくれていたんだよ」
先輩の妹さんならこれまた綺麗な人なんだろうな。最高のご両親の遺伝子を引き継いでいるだろうから。良ければ写真でも見てみたいけど、さすがにそれはおこがましいよね。俺と関係があるわけでもないし。
「お待たせしました。こちらアイスコーヒーお二つになります」
店員さんが去っていってから、ゆったりした気分のまま本来の目的である企画案について話し始めた。
◇◇◇◇◇◇
先輩との幸せなランチタイムをずっとニコニコしたまま終え、会社に戻る。フロアに入ったあと、同期の女子社員から顔、気持ち悪いよと言われすぐトイレに向かったことは先輩に秘密だ。
それからじっくり六時間、カフェで考えた案も含め、流行や普遍的な人気もチェックして俺なりの答えをいくつか提案した。
そろそろ日が落ちきる時間。皆山さんたちは先に退社して家で話し合いをするらしい。相手に内情を知られないためにはそれが最善の策だろうから男同士ということが利点になっているな。
まあ、俺も先輩が良いなら家にお邪魔したいんだけど、さすがにこっちからは提案できないよ。妹さんの都合もあるだろうし。
「今日はこの後、どうします? 可能であればもうすこし詰めたいんですけど」
「初日から頑張るのは悪いことじゃないけどさ、ずっと張り詰めているのも疲れるから今日はこの辺りで終わっておこう」
「わかりました」
経験者からの言葉は身に染みるなぁ。たしかに俺は企画案を通すことも目標だけど、それ以上に先輩に良いところを見せたいという邪な気持ちがある。それが結果として全てを負の方向に持っていったら申し訳ないし、ここは大人しく言うことを聞くべきだろう。
資料を一通り片付け、俺が考えたかき氷器の資料のみを先輩が持ち帰る。どうやら方針としてはなるべく俺主体で進めていきたいらしい。どれだけ先輩が協力したかで俺の昇進への道が変わるからだそうだ。そういう配慮は本当にありがたいな。
「それじゃあ、また明日までにこれを添削しておくから、
「はい!」
そう力強く返事をすると先輩に力が入り過ぎだよと笑われてしまった。
それからビルを出て帰路につく。
今日は先輩も電車帰りらしく、駅まで談笑しながら並んで歩いていった。今日は全体的に先輩が傍にいて最高だったな。こんな日々があと二、三週間も続くと思うと本当に先輩が権利を取ってくれて良かったと思う。
絶対やってやるぞー!
◇◇◇◇◇◇
あまりにも幸せすぎた先輩との時間は過ぎ、今はもう自宅にいる。素直に言えば話し足りないという気持ちは残っているが、先程も言ったようにこれからもチャンスは長い期間近くにあり続けるのだから焦らずに行きたい。
「ただいまー」
相変わらず真っ暗な部屋、ではなくて、まだ落ちきっていない陽によって若干赤く照らされている部屋は蒸し暑さが充満している。
諸々帰宅してから部屋着に着替えるまでの順序を済ましてシャワーを浴び終え、ダイニングにて酒を飲みながらスマホをポチポチ。すると、先輩からメッセージが送られてきた。
『今日、皆山くんから連絡があったんだけど、明日はあっちが会社の会議室使うみたいだから情報漏れないためと盗み聞きしないように家でしない?』
マジですか。その提案本当ですか? とはいっても俺の家でってことだよな。先輩の家なら明日会ったときに伝えてくればいいはずだし。
『では、通常業務を終えた後、俺の家に向かいますか。たしかこの期間は通常業務さえ終えれば帰っていいんですよね?』
このシステムのために設けられたルールらしく、今日皆山さんたちが帰っていたのはそれを使ったからだと思う。
まあ、先輩と落ち着いた空間で共にいられるということ自体が得なのだから、ここは俺の家で我慢しよう。
『それもいいんだけど』
あれ? このだけどはつまり、俺の家にくるという部分にかかっているわけだよね。となると、その続きは否定がくるということ。これ、ありますか? 俺が願っていたことが叶うなんてことが。
『どうしました?』
『私の家にさ、いろいろ会社から貰ったものとか取引先の人がやってきたときに頂いたものとかがたくさんあって勉強用に使えると思ったんだけど、こっち来るの厳しいかな?』
『いえ、そのようにいたしましょう。先輩のご提案、本当に助かります。精一杯勉強させて頂きます!』
『勢い凄いなー。まあ、でもいいなら今から掃除でもしておこうかな。妹は大学の授業の後、先輩の友達と遊ぶみたいだから気にしなくて大丈夫だよ』
二人きりの空間。やばい、早くも理性を押さえ付けなければならない事態になるとは。とにかく意識を勉強という方向に切り替えてしっかり学んでいこう。
妹さんとも一度ぐらいは会ってみたいなー。
舞い上がったテンションのまま、今日はいつもより多くビール缶を開けた。
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