三十一日目 神のみぞ知ること

 悪い笑みを一度心の内に仕舞いこみ、悠里自身のことを問うていく。

 そんな内情を知らず、酒が入ったせいか三角座りをしていた足を崩してゆったり座椅子に背中を預けながら三杯目のビールを飲む悠里が可愛らしい。外で見ると、どうしても整えられた顔立ちやブロンドの髪、それに見合った黒のファッションに目がいきがちで美しさにばかり意識を持っていかれるからこそ、隙が全面に出ている姿はギャップがあって良い。


「悠里は二十二歳なら就活どうなの?」

「あー、どうなんだろう……じゃなくて、私はもう決まっているから」


 またあやふやな。まあ、もういいけど。


「早いね。どういう会社にしたの?」

「そういうのじゃなくて、実家を手伝うことにしただけ。両親がホテルの経営をしていてね」

「凄いじゃん」

「親がね。私はそのなかでウェイターの一員になるの」


 なんだかすこしつまらなそうに言うな。そういうコネで職を貰うというのが嫌なんだろうか。

 たしかに周囲には冷ややかな目で見られる可能性はある。しかし、それは仕事の能力で覆せるものであり、第一に職を見つけることをスキップできるのだから働く気があるのなら得でしかない。

 そういう機会を自ら手放すのはもったいないだろう。ただ、自分の夢にそぐわぬために拒否したいという理由があれば、一概にそうとは言い切れない……とはいっても、夢に対して余裕がある状態で時間を割くことができるメリットは大きいと思うけどな。


「俺もそういう接客業に就きたかったよ」


 その言葉に悠里は何かを思い出したようで手をポンと叩く。


「だから、子供用のおもちゃをつくっている会社に就職したんだ」

「ん? なにか関係あった? それとよく玩具に関わっている会社だって知ってたね」

「それは優梨愛に教えてもらったからだよ」


 あれ、そんな話優梨愛ちゃんにしたっけ。まあ、家に来たときに会社から貰ったいくつかの商品でも見て知った可能性はあるか。俺の部屋の押し入れに眠っているものを泊まった日なんかに。

 それにしても見事な推理力だと言わざるを得ないけれど。


「そういえば、前に会ったときにも優梨愛ちゃんから俺のこといろいろ聞かされるって言っていたよね? 例えばどんな話か教えてもらうことできる?」

「私のことを聞きたいって言ってたのに? 結局、優梨愛のことが気になるの?」


 身長が十㎝以上も違うし、可愛らしい見た目を持つあの子と綺麗な容姿を持つ悠里とでは違う部分の方が目立つけれど、拗ねた子供のように頬を膨らます姿はそれこそあの子で見慣れている。とはいっても、悠里の言っていることは間違っていない。


「その言い方をされると困っちゃうな。なんていうか、気になるの意味合いが違うんだよ。悠里に対しては純粋な興味があって、優梨愛ちゃんには謎めいた魅力があって、そういう未知を知ろうとする探求心は男なら誰でも持っているものだから、つい聞いちゃうんだ」

「ふーん」

「もし、聞かれて嫌なことがあるなら一旦やめておくよ。ちゃんと悠里の知りたいところを聞きだしていく」

「そうしてくれると助かるな。だって、私と清史きよふみは提案されたからとはいえ、今日から恋人の振りをするんでしょ。やっぱり、たとえ振りだとしてもその人の本命でありたいから……っていっても、清史には好きな先輩さんがいるから矛盾しちゃうんだけど」


 ……なんて素直な子なんだ。法で許されてから間もない年齢でタバコを吸い、酒を遠慮なく飲む姿とはかけ離れているぐらい真っ直ぐに生きている子だ。だからこそ、一番になりたいと思う気持ちがある。

 言葉の流れと共に寂しさを表情に漂わせ、最後には全てを覆い隠すように笑みを貼り付けているものの、糊が不十分だったのか、空いた隙間からはどうしても感情が漏れ出てしまっているが。

 ここまでさせてしまうと胸が痛む。優梨愛ちゃんに対する恩義で今回の提案を飲んでくれたのだとしても、本気で向き合ってくれているのにその力を借りる立場の俺が疑いの目を向けているなんて。

 この感情さえコントロールされたものなのだとしたら天晴れというほかないだろう。

 ここは当初の予定通り、悠里のことを聞いていくべきだ。


「いや、俺が間違っていたよ。もっと悠里のことを考えるべきだった。誰だって一番になりたいって思うのが普通だよな」

「そうだよ。弥咲みさきを取り巻く娘たちみたいな身体の関係でもいいと言う場合もあるけれど、私も優梨愛も一番になりたくて今を生きているんだから」

「じゃあ、二人はライバルだ」

「どういうこと?」


 えっ? そんな心底意味が分からないみたいな顔をされても……。間違ったこと言ってないよな、俺。

 優梨愛ちゃんはお隣さんの本命で、悠里はその身体の関係の一人。あっ、いや、違うか。単に知り合いで仲が良いだけの可能性も残されているのか。

 ここまで悠里と優梨愛の話を混ぜて喋っていたから俺自身が混乱してきちゃった。


「いや、なんでもない。優梨愛ちゃんがお隣さんの恋人なだけだもんね」

「そう。だから、ライバルでもなんでもない。お互い、応援しあう仲だから」

「そっかそっか。いい関係性だね」

「本当にそう思うよ。あの子を敵に回さずに済んだのは幸運だったし。まあ、清史もこれからいろいろ大変だろうけど頑張ろうね」

「だなー。でも、仲介人を担った実績のある二人が仲間ならなんだかうまくいく気がしてきたよ」

「ん? あー、うん、任せてよ。ていうか、ちょっと外でタバコ吸ってもいい? 洗濯物干してないみたいだから」

「構わないよ」

「ありがとう。なんだか話してて酒のせいもあってか頭のなか整理できなくてさ」


 どうやら俺と同じ状態になっていたみたいだ。

 了承を得たことで悠里はすぐに電子タバコをバッグから取り出し、嬉々とした表情でベランダに出て一服している。部屋のなかから覗くふかしている姿は様になっていて格好良い。

 一旦ここで俺も情報をまとめて、聞きたいことを明確にしていかないと時間の無駄になってしまいそうだ。優梨愛ちゃんのことは本人から聞きだすとして、悠里とはもうすこし話をしたら今日はもう解散でもいいかな。

 とにかく疑いの目は向けないにしても、隠されたことが確かにあるという事実を得ることが出来ただけ成果だ。

 それにしても、どうしてこんな探偵じみたことをするはめになってしまったのか。本当、優梨愛ちゃんには振り回されてばかりだな……。

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