三十日目 酒は徐々に注意力を下げるようで

 自宅にあげてから早三十分。

 ほぼ無に近かった関係値は相も変わらず低いままだが、互いを知ろうという段階にようやく辿り着いたのだから焦らず進めていきたい。

 面倒を呼び込んだ優梨愛ちゃんには後で俺からいろいろと話しておこう。


「お茶のポット持ってくるね」


 悠里のコップが空になっているのを確認して立ち上がる。一々席を立っていても話が続かないから持ってきておいた方がいいだろう。


清史きよふみはお酒飲まないの?」


 冷蔵庫の扉を開けてポットを手に取った瞬間、悠里が声をかけてきた。背を向けているため顔は見れないけど、声色に明るさが表れていて安堵する。


「明日も仕事があるからね。今週は週一休暇だし。悠里は飲みたいの?」

「いいならね。そっちの方が気持ちよく話せるなーって。あと、お酒好きだから」

「わかった。それじゃあ、グラスとビールも追加して持っていくよ」


 さっきいろいろと俺の知らないなにかが絡んでいるみたいなこと言ってたもんな。そこを頭の片隅に置きながら話すのは疲れるだろう。それにそのせいでまた緊張して言葉がうまく出なくなっても話が進まない。

 ここは悠里の気分を上げ、円滑に進められる策を満遍なく使っていこう。今でいえば酒飲みにとって最高の御膳立てとなる冷えたグラスだろうか。

 それから俺が悠里の方を向いたときには下がってしまっていた視線も、この調子で行けば酒の力も借りて目を見て話すことができるようになるはず。


「さてさて、ようやくお喋りの時間だね」


 悠里がグラスにビールを注ぎ終えたことを確認して話しかける。

 ちょうどその瞬間、こぼれそうになったグラスを押さえつけるように口を当て、濡れた唇に泡をつけた悠里が目で反応してくれた。そのおかげで思っていた形とは違ったが一分で目を合わせることができ、ひとまずの目標はクリアだ。

 ここから勢いに乗って質問をぶつけていくのが最善の手だろうな。一度捕まったことで悠里もわざわざ目を逸らそうとはしてこない。


「悠里はさ、優梨愛ちゃんと仲が良いって言っていたけど、大学で仲良くなったの?」

「ううん、高校から」

「でも、先輩後輩のなかだよね。部活が同じだったとか?」

「違うよ。私が生徒会長をしていたときの書記だったかな」

「へぇ、生徒会に入ってたんだ。それも会長って……」


 まあ、見えなくはない。なんだかんだそういう役目って勉強ができるとかコミュニケーション能力に長けているとか、そういう一面で選ばれるわけではなくて、その立場になる勇気を持つ人間がなるものだからな。

 高校にもなると生徒の前に立つことはおろか、保護者やお役所の方々とも話す機会があってノリで立候補をした馬鹿者が務まるようなものじゃなくなる。補足をつけておくと、まともに組織が機能している高校であればの話だが。

 それよりも気になったのは優梨愛の方だ。あの子はそもそもそういった組織に属することが好きなタイプには見えないけどな。それこそ高校生活を友人らと謳歌したいと思っていそうなものだ。


「自分で言うのもなんだけど、教師や同級生からの人気は立候補時点で既に高かったから。学力は総合二十位以内をキープしていたし、小さい頃に水泳とテニスを習っていたおかげで運動神経はいいし、そこに運も絡まって綺麗な顔を与えられたし。この髪、地毛なんだよ。お母さんが欧州系なの」

「それはまた凄いな」


 自分のスペックの高さを理解しているからだろう。話している途中で顔がはっきりと見えるまであげ、最後には髪を触りながらドヤ顔を浮かべていた。

そういう可愛らしさまで兼ね備えているのだから、そりゃ余程の対抗馬がいなければ落選することはないわな。


「でしょ? 私、凄いでしょ?」


 どうやら褒められたかったみたいで顔に喜色が表れ始めている。はい、可愛い。ここは存分に飴をあげちゃおう。


「ああ。なにより与えられたっていう美貌に甘えることなく、自分の能力を高めるための努力を怠らなかったところが偉いと思うよ」

「清史ならそう言ってくれるって信じてた」


 こういった自信の高さを持ちながら優梨愛ちゃんに協力してもらってまで成就させた恋愛というのが、二人の関係性が数年単位だとわかったことでお隣さんのことではない可能性が出てきた。だって本命になれないうえにn番目に成り下がることを許すのか疑問だ。

 このことについてはまた後で聞いてみてもいいだろう。


「それにしても、優梨愛ちゃんは精一杯働いていたの?」

「仕事に対しては真面目な子だったみたいだからね」

「だったみたいって、一緒に所属していたんじゃないの?」

「あっ、えーっと、そうそう。してたよ、してた」


 見るからに焦った様子で否定しているぞ。ここはすこし詰めて聞きだしてもいいんじゃないか。会話を思い返せば、書記だったことも若干疑問形な感じだったし。

 一歳差だと思っていたのが違って二歳差だったとして、それを隠したい理由が全く見えてこないけど踏み切ってみよう。


「あのさ、もしかして悠里って今二十二歳なんじゃないの? 二年違うから優梨愛ちゃんと仲が良かったとはいえ、同時期に生徒会に入っていたことがなくて現場を見ていないから答えられないとか」

「えっ? あー……そう! そうなんだよね! ごめん、清史が優梨愛と一歳しか違わないって勘違いしているような聞き方してきたから誤魔化せるかなーって。やっぱり女の子はすこしでも若く見られたいものだからさ!」


 やっぱりか。多少考える素振りはあったものの、逃げきれないと思いテンションを上げてこの話自体を流そうとしているところから間違っていないはず。まあ、これ以上問い詰める気はないからいいけども。

 それにお酒を飲んでいた優梨愛ちゃんが二十歳以上で二十三歳になる俺より悠里が年下ならそこしか有り得ないから、これ以上はまさか悠里がサバを読んでいるとは思えないしな。

 ちなみに行動が早くなった悠里は、本当にごめんねーと言いながら新しくビールを注いで一缶を開け切っている。

 初めからボロを出してしまったところから鑑みるに、質問を続けていけばなにかしら求めていた以上の情報が落ちてきそうだ。そう思うと楽しくなってきた。


「ちょっと、その笑顔怖いよ。あんまり攻めたこと聞かないでね」

「大丈夫だよ」


 とはいいつつも、バレたくないことを話してしまったことで怯えているところをしっかり詰めていくぞー。

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