二十七日目 恋のお悩みには荒療治

 先輩との飲み会から一日が経った。

 会社では何事もなかったように過ごし、先輩と適当に話しつつ少々残って仕事を終わらせ帰宅する。そもそもあちらにとっては本当に何も起きていないのだから日常に変化があるわけがなく、俺だけ意識していることが寂しさを強調させてきたのは言うまでもない。


「ただいまー」


 優梨愛ちゃんがいればここでおかえりなさいと言ってくれるのだろう。あのときの温かさが恋しいよ。

 そうだ、都合よく利用するようで悪いけど、優梨愛ちゃんに連絡して見ようかな。突発的な話にも付き合ってくれそうだから。

 他で言えば学生時代の友人である内島に相談するのも良い。ただ、こういうときは男より女の子の方が長くしっかりと話を聞いてくれるから助かるんだよね。

 これは学生時代の経験則からも間違いないと思う。


『あのさ、もし起きてたら通話しない?』


 これでいいや。さて、いつもメッセージに気付くのが早いからパッと服を着替えてダイニングで待つとするか。といっても、夏に突入して夜の蒸し暑さが際立ってきたので引き続きパンイチです。

 これが出来るのは一人暮らしや実家暮らしの特権だよな。

 荷物は自室に置き、三日連続酔うわけにもいかないのでお茶とプラスチックのコップを用意してYou○ubeで動画を見ながら時間を潰す。麦茶を一杯、二杯、三杯……あれ? 珍しく返事が来ないな。


「欲しい時にいないの、俺が不運の波にのまれている証拠かもな。さすがにもう一度メッセージを送ってまで気付かせるのは悪いし、かまってちゃんみたいで恥ずかしいし、寝て気持ちを忘れさせるしかないか」


 その前に好きなお笑い芸人さんのコント動画を見て楽しい気持ちにしよう。あの動画は設定が馬鹿らしくてこういう悩みがどうでもよくなるような効果がある。何度も助けられていたから今でも効き目があるのかは全く分からないけど試す価値はあるし、もし悩みの種が飛んでいくことがなかったとしても気持ちを上昇させた状態で眠ることが大事だから。うん……うん。

 そうしてサイトを開き、リストから再生しようとしたとき、通知音と共に優梨愛ちゃんからのありがたいお言葉が画面上から降ってきた。


『急に恋する高校生みたいなの送ってきてどうなさいました? もしかしてお悩み事ですか?』


 察しが早くて助かるよ、本当に。ここはお願いする立場なのだから下手に隠そうとせず、先輩のことだと伝えよう。


『昨日さ、先輩との飲み会自体はうまくいったんだけど、関係性が会社の上下関係で固まってしまいそうで。だから、若い優梨愛ちゃんにその辺りのアドバイスを貰いたいんだ』

『また先輩さんですか。本当好きなんですね。まあ、いいですよ。じゃあ、これまでの先輩さんとのお話しをいろいろ聞かせてください。情報がないと何もできないので』

『わかった。返信してくれたってことは今から電話しても良いってことだよね?』

『はい。明日、朝早くから授業があるので長くは話せないんですけど』


 そんなこと気にしなくていいのに。俺が無理言っているんだから。


『了解。それじゃあ、かけるね』


 そうして通話を始め、コール音が鳴ると同時に優梨愛ちゃんは出た。


「こんばんは、お兄さん」

「うん、こんばんは。それでさっそくなんだけど……」


 そこから俺は話しても問題ない程度の先輩のことを伝えた。

 どういう出会い方をしたのか、仕事を淡々とこなしながらもお荷物でしかない俺の面倒を嫌がらず見てくれる優しさとその美貌に惚れたのはいつか、それからここ最近の扱いは変わってきたのかなど。そうして最後は昨日、弟みたいな存在だと言われたこと。


 話している間、メモを取っていたのだろう。ペンで文字を書くときのシャッ、シャッという音が聞こえていたから。

 そういう知り合って約一か月程度の年上の男の恋愛相談にも真剣に向き合ってくれていると思わせる行動を取れることがこの子の優しさであり、俺が頼った理由でもある。

 これまで礼儀としてでも何かしらを行おうとすることが多く、それは相手のことを考えての行動であり、それが自然と出ているように思えた優梨愛ちゃんは信頼値が高い。


「一通り聞き終えましたけど、なかなか前途多難という感じですね」


 二十分ぶりに聞いた優梨愛ちゃんの声がすこし弾んでいるように聞こえたのは多分気のせいだろう。


「本当にね。どう打開していくべきか困っているんだ。もし優梨愛ちゃんが先輩の立場だとしたらどういう行動を起こされたら意識するかな?」

「うーん、それは先輩さんの好みによるんじゃないですか? お兄さんみたいにちょっと抜けてる人が異性として好きな人もいれば、頼りがいのある屈強な男の人が好きだという人もいます。先輩さんがどちらか分かったりしないものですかね? あっ、因みに私は前者ですけど」


 流れるようなそのアピールはどこに向けているんだ。最後だけワントーン高い声で、お隣さんが聞いたら泣くぞ。

 でもまあ、たしかに先輩のそういった好みについては聞いたことがなかった。そこに合わせていくというのは簡単な例のひとつだよな。


「あと、お兄さんはずっと先輩さんが一番近くにいる存在となっている分、余裕のなさが無意識に露呈しているのかもしれません。先輩さんの一生懸命という言葉は良く言ったもので、本当は頼りないと思われている可能性もありますから」


 うぅ……厳しい意見だが事実そうなっている可能性は考えられる。相手が誰であれ、俺でさえ二ヶ月も一緒にいたらそんなふうに思っているだろう。ただ、その相手がサボっていたり、適当に仕事をしたりしていない分褒めてあげるしかないという状況が出来上がっているのかも。


「そこでおひとつ提案なのですが、お兄さんが心の余裕を持つ為に他の女性と実験として付き合うというのはどうでしょう? 自分に自信をつける意味でもやはり人との関係を良好に保つことは重要ですよ。精神衛生的にも」

「たしかに、社会人になってから自分の無力さばかりに目がいって人とコミュニケーションを取ること自体怖がっていた節はあったなぁ。大学までは困ることなかったのに」

「じゃあ、ちょうどいいじゃないですか。相手はこちらで用意しておきますから」

「いやいや、ここまでなんだか流れで来ちゃったけど、その相手の方に失礼じゃない?」

「大丈夫です。その人、基本的に私の言うことなら何でも協力してくれるので。それにお兄さんも会ったことある人ですし」


 なんだこの展開は。優梨愛ちゃんが俺を良い方向に導こうとしてくれているのか分からない。いやでも、言っていること自体は納得できるから、仕事が順調になってきた今先輩からいろいろと任せられるような存在になるためにも乗ってみる価値はあるか。


「わかったよ。それで、いつ会おうか」

「えっと、よく木曜日に未鷹くんの家の前にいると思うんですけど」

「あー、先輩ちゃんのこと。いや、でもあの子はお隣さんのことが好きなんじゃないの?」

「その辺りは本人に会ってから聞いてみてください。それにせっかく協力してくれるかもという機会を逃していたら、先輩さんの近くに居座れる存在から遠ざかっていきますよ。使えるものは使う。そういう精神で貪欲にいきましょう!」


 本当、この子は心が強いなー。目標を達成するために過程を重視するのではなく、結果を求めるタイプなんだろうね。そのためなら多少あくどいこともやってのける根性、正直見習うべきだよな、男としては。なにもかもを健全に手に入れることが出来たら世の中平和になっているはずなんだから。

 そう上手くいくよう作られていないのが現実で、だからこそそういった行動を起こせる者が成功を掴むのかもしれない。

 俺もその仲間入りを果たせるようここからより一層努力していかなければ。

 ただ、ひとつ思ったのはこういうとき優梨愛ちゃんなら自分を差し出すのかなと予想していた分、驚きだった。前にも誰かと遊んでみたいと受け取れるような発言をしていたし。

 まあでも、とにかくは先輩ちゃんと会ってからだな。木曜までは先輩にまた頼りないところを見せないよう努めていこう。

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