二十五日目 酒は本性を暴くというけれどプラスでしかない

 ブルーの肩だしドレスは陽が落ちたこの時間でも少々目立ちはするが、綺麗な先輩にお似合いなので一緒に並んで歩いたら俺の不釣り合いさに注目が集まりそうだ。それにワンショルダーのラインがなおのこと肌の露出具合を強調しているように感じる。


 こういった格好をした人と会う機会なんてないからどこに視線を当てて良いものか、なにを褒めるべきか悩みはするけれど、まずは簡単に言葉を交わそう。


「先輩、よくナンパされませんでしたね」

「されるわけないでしょ。タクシーで来たし」

「タクシーならまあ、ないですよねー」


 やばい、ミスったな。簡単にということを意識したせいか逆に難しくなってしまった。


 最初から先輩を微妙な表情にさせてしまったのは反省点。


「ていうか、そんな変な言い回しせずに綺麗ですねって言葉、欲しかったんだけど?」

「すみません、まさかこれほどまで綺麗な人が俺なんかの家にやってきてくれるとは思っていなかったので……。それにまるでパーティーにでも向かうかのような衣装がまたお似合いで、頭が混乱しちゃって」


「ああ、これ。実はさ、今日ここに来る前に君が言った通り友人からパーティーに誘われて行っていたから。その後帰って着替えようと思ったんだけど間に合わなかったの。家でお酒飲むっていうには場違いな感じあるよね」


 そう言って手に持っているこれまたどこかのブランド品だろうバッグの中身を見せてきた。


 先輩チョイスのお酒が数本入っているのがあまりにも格好と違いすぎて……。それにパーティーからここの落差が。


「そのパーティーがあまりにも私の興味のない部類だったから、話聞いてるだけの時間ばかりだったし、ほとんど自慢話ばかりだったし、ここからはたくさん飲んで満喫するよ!」

「ぜひぜひ、楽しんでいってください。少々長くなりましたけど、どうぞ」


 ようやくなかに先輩を迎え入れる。


 出鼻をくじかれた雰囲気は否めないとはいえ、まだまだこれから取り返すチャンスはいくらでもあるはず。しっかりポイントを稼いで先輩にアピールしなくちゃ。


 ハイヒールを脱いで客人用に用意しておいたスリッパを履いた先輩はさっそく何かに気付いたようであっ、と声をあげる。


「この香り、やっぱりいいわね」

「本当ですか? ちょっと前にアロマ機器を貰ったことを思い出して、料理の匂いに部屋が支配されないようつけてみたんですよ」


「グレープフルーツでしょ。爽やかで気分をリフレッシュしてくれる感じ、玄関で香っていたら最高よね。やっぱり出かける前にも帰ってきたあとにも気持ちを切り替えたいから」


 よしよし好印象。

 無難ではあるけども、一生付きまとう香りでミスをするわけにはいかないから万人受けするグレープフルーツを選んでおいて良かった。


 それに俺自身が好きな匂いでもあるから褒めてもらえるのは嬉しい。

 とにかくさっき悪くなった表情もここでリセットされて今は明るいものとなっている。


 このまま料理で加点稼ぐぞ!


「先輩、お荷物はこちらにどうぞ」


「わざわざかごなんて用意しなくてよかったのに。それにしても1DKだからこの部屋自体にも余裕があるのね。物が散らかっていることもないし」


 ダイニングで優梨愛ちゃんとの流れから既に客人用となっている座椅子に座りながら、先輩は部屋を見渡してそう言った。


 ミニマリスト程ではないけれど、そもそも物欲が少ない人間だからいつも散らかり具合はこんなものなんだよな。その分埃等の汚れが目立ちやすいから、人を呼ぶときは一層力を込めて掃除しないといけないのが面倒だ。


「先輩のご自宅はそうでもないんですか?」


「言ってなかったと思うんだけど、私今、妹と二人暮らしなんだよね。だから互いの荷物でリビングはすこし忙しい感じになっているの」


 おっ、これは以前会議室前で盗み聞きしたときに得ていた情報だ。

 これで今日からはその存在を知っている人間として話すことが出来るな。まあ、一人っ子の俺にはあまり意味のない情報かもしれんが。


 そこから俺が料理を盛りつけた皿を持っていくまでにグラスを用意したり、先輩の持ってきてくれたお酒を冷やしておいて先にビールを注いだり、過度な遠慮はなく楽しんでくれてはいるみたいだ。では、お待ちかねのお披露目と行こうじゃないか。


「さっそく食べながらのお話しになるんですけど、じゃじゃーん、こちら今日の飲み会のために用意したお料理くん達でーす!」


「おー!」


 テーブルの上に並ぶ餃子、チヂミ、二色ナムルにわかりやすく目を輝かせる先輩。

 グッドです! 余程パーティーが面白くなかったんだろうな。ありがとう、招待した御友人さん!


棟永とうながくん、本当に料理できるんだねー」

「まだ疑ってたんですか? 俺には弁当を作ってくれる彼女はいませんよ」

「じゃあ、それ以外の世話をしてくれる彼女さんはいるんだ?」

「先輩、そんなこと言ってたら取り上げますよ?」

「ふふっ、ごめんごめん。さあ、君も座って乾杯しよう」


 よし、ここから始まるぞってタイミングでまた電話だ。


 今度は先輩に。


「ちょっと待ってて、多分妹から」

「全然お構いなく。待ってるんで」


 くぅ、妹さん空気読んでー。


 今、貴方のお姉さんのことを狙っている男が全力で頑張っているんですよー。将来のお婿さんかもしれないんですよー。


はるか? 今日は後輩の家行ってるから電話しないでって言ったでしょ。違う、そういうのじゃないから……はいはい、それじゃあ、切るからね」


「えっと用件話した風には見えなかったですけど良かったんですか?」

「大した用事じゃなかったみたいだから気にしないで。ごめんね、せっかくの勢い削いじゃって」


「いえいえ! さあ、乾杯しましょう」


 グラスを持つと先輩も同様に手に持ち、どうぞと俺に音頭を譲ってくれる。


「それでは僭越ながら。先輩、先週の会議お疲れさまでした。今日はたんと休日をご堪能下さい! カンパーイ!」


「カンパーイ!」


 そういえばお隣さんが今いるのかどうかわからないけど、まあこれぐらいの騒ぎなら許してもらえるよね。


 あー、喉に染みわたるこのビールの感覚が堪んねえ。


「って、先輩、一口目からもう半分いってません?」

「えっ、だって今休日をご堪能下さいって言ったじゃん」

「それはまあ言いましたけど」


「なら、異論は認めません! これだけそそられるものが目の前に並んでいるんだから手を止められるわけがないよ」


 その勢いのまま俺のつくった料理たちをつまんではお酒を入れ、息を吐けば幸せに蕩けるのではないかというほど頬を緩ませる先輩。その姿はあまりにも普段とのギャップがあって最高です。


 こういう隠された一面というか、普段しっかりしている人が堕落したかのように酒と食事に脳を支配されている姿は微笑ましい。

 食べ方が汚いわけでもないし、口から酒をこぼすわけでもないし、ただこの瞬間を楽しんでいるその表情が何より好きだ。


 俺も下手に先輩に気を遣わず、自分のペースで酒を楽しもう。それこそ、目の前にいる先輩の笑みを肴に。

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