二十四日目 心のなかに浮かび上がる選択肢

 さあさあ、来たる日曜日の前日。内島に誘われていた学生時代の友人、後輩らとの飲み会を終え、終電を過ぎていたためにタクシーを使って帰宅。


 明日、先輩が何時にいらっしゃるのか聞いておかないと。二日酔いの可能性大だから起きたら頭痛薬飲んで外の居酒屋に向かうまでゆっくり身体を休めたい。


『夜分遅くに申し訳ございません。明日のことでお聞きしておきたいことがございまして、何時にどこの居酒屋に向かわれますか? もし、よろしければ俺の方で探しておきますよ』


 返信が来るまで起きておくのは辛い……素直に話せば今すぐに寝たい。だから、早く返信が来てくれるとありがたいんだけど。


 蒸し暑いから服を脱いでパンイチになってベッドイン。

 冷感シーツを一人暮らしが始まる前に買っておいてよかった。凄く気持ち良い。

 やばい、このままいたらすぐにでも寝てしまいそうだ。と、今通知音鳴ったな。先輩から連絡が来てる。


 良かった、珍しく起きててくれて。


『そのことなんだけど、棟永とうながくんが良ければお家にお邪魔してみたいな。外だと酔ったときのこと考えて思い切り楽しめないから、お願いしたいんだけど、どうかな?』


 これ本気で言っているのか? 俺からしたら目が覚めるほどの驚きなんだが。


 わざわざ先輩が俺の家まで来てくれるなんて……これ夢じゃないよな? 寝落ちしてしまった世界線じゃないよな? 


 ベタだけど頬をつねって確かめてみよう……うん、痛い。

 酒のせいで想定より強くつねっちゃったからちょっとヒリヒリするぐらいには痛い。でも、これで現実だということは証明された。


 それだけで対等、いや、痛み以上の価値があったと言える。

 

『もちろん俺は大歓迎ですよ! 先輩、前に俺の住所は資料で見たから知っているって仰ってましたもんね。そうだ、せっかく来てくださるなら俺、先輩に手料理振る舞いたいです!』


 この前の弁当の件があるからな。

 ここで美味しい料理をご馳走することであの時のことが本当に俺が作ったと嘘を信じさせたい。


 これはその絶好のチャンス。


『そこまでお世話になっていいの?』

『俺のことは全然気にして頂かなくていいので存分にお世話されてください。これまでたくさんご迷惑かけて、今なおお世話して頂いている身なのでその恩返しがしたいんです』


『まだそんなこと気にしてたの? 最近はすこぶる順調だし、一昨日なんて通常勤務時間の間に私のお手伝いしてくれるまで成長したじゃない。だから仕事のことは言わないの。まあ、でも気持ちは嬉しいから遠慮なく頂くね』

『はい! お待ちしてます!』


 それから時間の話になり、十九時にやってくるという運びになった。

 時間も時間なので今日はそこで終わり。十分すぎる成果だ。


 そうして明日何をつくろうか、来るまでに何をしておこうか、そんなことを考えているうちに疲れが限界に達し眠ってしまった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 翌朝、案の定二日酔いはあったものの頭痛薬を飲み、先輩が来るということを考えたらすぐに体調は優れていった。


 こういう恋のパワーは人の話を聞いていても信じられないくらいの力を引き起こすから凄いよ。それに比べたら俺のなんかちっぽけなもの。


 昼までに食材の買い物と部屋の掃除を終え、以前結局意味を成さなかった香りの確認を済ませて一度眠りにつく。目覚めたときには約束の一時間半前、ちょうど良い頃合いだろう。


「よし、準備していくか―」


 メニューは酒に合うものにしようと考えていたので餃子にチヂミ、ナムルと今となってはもう日本でもおなじみのラインナップ。


 ナムルはほうれん草と合わせて二色。

 個人的にはチヂミが一番好きなので先輩にも喜んでもらえるといいなぁ。

 餃子はシンプルなものにしておいた。好き嫌いを聞いておくのを忘れていたし、にんにくを強めにしたり肉を替えたり、そういったアレンジは失敗の可能性があるから。


 つくり終えた頃には約束の時間まで残り十分となっていた

 一応つまみになるようなお菓子やチーズ、煮卵なんかも買っておいたから量の少なさに困るなんてことはないと思う。


 思えば優梨愛ちゃん以外でここに誰かを招待するなんてこと初めてだ。そう考えたらそもそも先輩という部分だけで緊張していたのにさらに増した。


 と、とにかく今日は失敗をしないこと。それを重視しつつ、無難で面白みのない人間にならないよう頑張ろう。


「あれっ、優梨愛ちゃんから連絡だ」


 この前用事があることは言ったのに。まあ、まだ先輩が来ているわけじゃないからいいけど。


 それに誰かと話すことで緊張が解れるかもしれないし。


「もしもし?」

「あっ、お兄さんごめんなさい、今日大事な日だって言うのに」

「そんなことないよって言いたいところなんだけど、もう約束の時間まで十分ほどしかないんだ。用事があるなら早く済ませて欲しい」

「ですよね。えっと、お聞きしたいことがあって、この前グッズショップで見たなかで斎藤選手のキーホルダーを買ったんですよ。それで家に帰ってから気付いたんですけど、間違えて二つ買っちゃってたみたいで。良かったら受け取ってくれないかなって……」


 なんだそんなことか。それぐらいならまた明日にでも掛けてくれたら良かったのに。


「ありがとう。ぜひ、頂くよ。また今度会うときにね」

「はい! 楽しみにしてます!」

「ああ、それじゃあね」

「……はい、それじゃあ」


 最後はすこし声のトーンが下がっていたように聞こえたな。

 ちょっと冷たくあしらうような形になってしまっていたかな。今度会ったときに謝っておこう。


 ピンポーン


 おっ、きたきた。先輩だー。


「はーい、すぐ行きますから!」


 早足で玄関に向かい扉を開けようとしたその瞬間、そういえば初めて優梨愛ちゃんと会ったときもこんな感じだったなと思いはしたが、今は先輩のことを考えようと頭を振って意識外に遠ざける。


「どうぞ、いらっしゃいませ」


 扉を開けた先には優艶な姿の先輩が待っており、俺の顔を見て微笑み一言。


「お邪魔します」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る