二十三日目 一人でなにかを成し遂げられるわけがなく
お名前の知らないお隣さんのお友達兼優梨愛ちゃんのお友達から、優梨愛ちゃんのことをどう思うか聞かれている状況なわけだけど、はっきり答えるのは角が立ちそうだな。
「妹みたいな可愛らしさがあるよね。どちらかと言えば犬みたいなタイプかな」
「なるほど。たしかに懐いたらずっと傍にいるかもしれないですね。年下だからなおのこと」
「多分、そこが一番大きく影響しているかもね。君もそう感じることあるの?」
「家で遊ぶときは強く感じますね。よく肩に頭乗せてきて本を読んだり、動画を見たりしているので」
この二人だと絵になるなぁ。想像しただけで微笑ましくなる。身長差から考えてもちょうどぐらいだろうし。
「家で遊ぶと言えば、前もお隣さんを待っているように見えたけど、お隣さんってそんなに居ない時間多いの?」
「うーん、外仕事が忙しいんじゃないですかね。出張先がいくらでもいるものだから」
「あー……」
なんともコメントしづらい返しだ。この子すら知っているのだから他の子もお隣さんが遊んでいるのを理解したうえで会っているのかなぁ。
それでもあーだこーだ突っ込める話ではないことに変わりない。
「それであの日は結局二時間ぐらい待ってましたよ。さすがに夜は寒くて辛かったので今日はこの時間にしましたけど」
「そういうことだったんだ」
「人気者の彼女は面倒ですね」
「ん? 君もそうなの?」
「ああ、いえ私の言葉じゃなくて優梨愛がそう言っていたので借りたまでです」
そういうこと。すこし焦った様子に見えたからまさか交際までしている状態なのかと思ったよ。
まあ、俺の前ではお隣さんに対して強気な態度でいたとはいえ、優梨愛ちゃんの本心はそこなんだろうな。いつどこで捨てられるか分からない不安は付きまとっているわけだし。
「そういえば、優梨愛で思い出したんですけどこの前二人で遊びに行かれたんですよね? しかもお泊りしたとか」
「そういうことも聞いたんだ」
「一応一番仲の良い友人ですからね。慕ってくれる良い後輩でもありますし」
後輩なんだ。そういえばさっきもお隣さんのこと
じゃあ、二十一、二か。
綺麗なお姉さんの雰囲気があるなと密かに思っていたのは間違っていなかったんだな。
「他にもいろいろ聞きましたよ。お兄さんの好きなビールだったり、歯磨き粉のメーカーだったり、あー、あとこれ言っていいのかわかんないですけど、お腹が凄く綺麗っていう意味わかんない話も」
「それはまあ、いろいろ事故が起きてね……」
これには苦笑い。
ビールは同じものを買っていたから見抜かされたんだろうけど、まさか歯磨き粉までチェックされていたとは。
それにお腹がどうこうって風呂場でのときに見られたってことだよね。それを友人に話されていたかと思うと凄く恥ずかしいな……。
聞かされたときのこの子の表情も多分俺みたいになっていたか、もはや興味なしといった様子で無表情だったかのどちらかだろう。
「最近はお兄さんに嵌まっているみたいですから、弥咲のことよりもお兄さんの話の方が多いですし、気を付けないといろいろ私に情報が流れちゃうかも」
「俺のいないとこで楽しむ程度なら全然いいよ。でも、今みたいに報告されるとさすがに気になっちゃうなって」
「あっ、ごめんなさい。ついつい」
「ううん、咎めているわけじゃなくて内容が内容だからさ。恥ずかしくて」
「ああ、まあそうですよね。でも、それぐらい愛されている証拠じゃないですか? 深く知ろうとしてくれているのって」
「優梨愛ちゃんが彼氏持ちじゃなければそう思っていただろうね。ただ、事実は異なるから。人として好きでいてくれている可能性があること自体は嬉しいけども」
そんな風に話していたらスマホのなる音が聞こえてくる。どうやらこの子のものみたいだ。
俺にも見える位置で操作していたからつい目がいっちゃった。画面にはYUuとある。これは優梨愛ちゃんのアカウントだな。
応答ボタンを押す前に俺の視線に気付いたようで良いことを思いついたとでも言うように口角を上げてスピーカーボタンを押したこの子はなんとなくだが、優梨愛ちゃんと馬が合うのも納得できると思った。
「もしもし、どうした?」
「先輩、明日大学の近くに出来たカフェ行きません? 先輩の好きなシフォンケーキあるみたいなので」
まさか俺に聞かれているとは思ってもいないだろう優梨愛ちゃんは自分の要件をこの子に話している。俺のことを基本お兄さんと呼ぶようにこの子の呼び名も先輩なんだな。
仲の良さに問わずそのスタイルなのはすこし変わってて面白い。
先輩ちゃんも何も知らずに話す姿を想像してのことなのだろう。悪戯な笑みを浮かべている。
「いいよ。お昼に行こうか」
「やったー! もちろん先輩の奢りですよね?」
あっ、後輩特有の誘っておきながらしっかり世話になるやつだ。
人付き合いの上手な後輩に同じタイプのやつがいたなー。実際、一緒にいて楽しいからこれぐらいならいいやって思っちゃうのがずるいところ。
しかも毎度じゃないからせこさを感じないのがなおずる賢い。
「まあ、いいけど」
「ありがとうございます! それでその後時間ありますよね?」
「うん、あるよ」
「じゃあ、この前話したアロマディフューザーと椅子買いに行くのついてきてくれません?」
「それ、車出して欲しいだけでしょ」
「バレちゃいました? でも、いいでしょ?」
このやりとりも今回が初めてじゃなくていつものことなんだろう。指摘はしたものの、先輩ちゃんの表情は柔らかいままだ。
「私は全然構わないけど、そんなワガママなところ、今お兄さんに聞かれているのはいいのかな?」
おっ、このタイミングでバラすんだ。
「えっ、ちょっ、それ本当? 先輩ダメですって! お兄さん、いらっしゃるんですか?」
あーあ、焦っちゃって。
自分の関係ないところで起こるハプニングは見ているだけで楽しいから最高だな。それと試合観戦した日の素の感じがまた見れたからちょっと嬉しい。
「ごめんね、優梨愛ちゃん。ちょうど帰ってきたところでこの子と出会ってさ、前にも顔を合わせていたから偶然だなって話してたら優梨愛ちゃんから電話かかってきて」
「もう、それなら初めから言ってくれたら良かったじゃないですか!」
「ごめんごめん。私がこうしようって提案したの。こういうワガママなところもあんたの可愛らしさだからさ。ね? お兄さんもそう思ったでしょ?」
「そうだね。ワガママなところも良かったけど、焦ってる声が見事罠に引っかかったと思うと抜けてて可愛らしかったよ」
「うぅ……、まあそれならいいですけど。先輩! また明日お話ししますからね!」
「はいはい。じゃあ、また明日ね。切るよ」
「あっ、ちょっと待って。お兄さん、今週末遊びに行っても大丈夫ですか?」
「厳しいかな。今週はちょっと先輩と用事があってね」
私ですか? と先輩ちゃんが自分を指さしたので違うよと伝える。
たしかに紛らわしかったな。
「先輩さん……ですか。わかりました。前、ダメになったって言ってましたもんね」
「そうそう、その埋め合わせでね」
「なるほどです。ぜひ、楽しんでくださいね」
「ありがとう。それじゃあ、またね」
「はい。ああでも先輩、あとひとつだけ未鷹くんのことでお話ししたいのでスピーカー切ってくれません?」
「はいよ」
そこから数分、先輩ちゃんと優梨愛ちゃんは未鷹くんのことをなにかしら話していた。基本先輩ちゃんが相槌を返しているだけの時間だったけど。
そろそろお腹が空いてきたし、帰りたくもあったとはいえ、さすがにここまで付き合って別れを告げずに家のなかに入っていくのも申し訳ないので待っていたら日もそろそろ消え入りそうだ。
ようやく電話を終えた先輩ちゃんは俺の方を見てお待たせしちゃってすみませんと軽く頭を下げ、それではと去ろうとする。
「えっと、お隣さんに用事があったわけじゃないの?」
てっきりそう思い込んでいたから一連の流れのなかで出てきた疑問をそのままぶつけてみた。
ああと言葉を漏らし、パッと振り返った先輩ちゃんはなんだか達成感に満ちた表情を浮かべている。
「用事ならもう終えましたよ。私はいろいろと協力しているだけなので。それじゃあ、今度こそ本当にさようなら」
「さようなら……」
あまり先輩ちゃんの言っていることがよく分からないけど、済んだならいいか。
もしかしたらさっき優梨愛ちゃんと話していたことなのかも。それこそお隣さんに内緒でなにかを行うために協力していたとか。
この前の沙耶ちゃんにも同じように頼んでいたからその線が濃厚だろうね。
まあ、考えすぎても仕方ないし、空腹は限界だし、早く家に入って飯でも食べよう。
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