第二章:懐疑の念が邪魔をする
二十二日目 待ち人はふとした瞬間に
先週、優梨愛ちゃんとの初めての試合観戦を上手く進めることができ、今週は先輩が持ってしまった、俺が彼女持ちだという誤解を解けたうえに仕事を順調に終えられ、ずっと気分が良い。
ちなみにあの日から一度も優梨愛ちゃんとは会っていない。そもそも頻繁に顔を合わせるような交流の仕方を取っていたわけではないから当たり前だけど、仲を深めるまでがあまりにも急展開で物足りなさは正直なところ感じてしまっている。もちろんMINEでのやりとりは行っているし、なんなら昨日はテレビ観戦した試合のことを話したいと言ってくれたので電話もした。
それでもあの日、グッズショップを出た後に得た寂しさが姿を消すことはなく、今でも心の隅に棲みついている。
「まあ、そんなこと考えすぎても仕方ないか」
アパートの階段を上り終え、今日もスーパーで買った刺身の盛り合わせが入った袋を提げて自宅へと向かう。
優梨愛ちゃんが本格的に野球に興味を持ってくれたおかげで試合をリアルタイムでテレビ観戦する意味が出来たので、最近は早めに出勤して十八時半には家に着くように調整し始めたおかげで健康的な生活が出来ているのは良いことだろう。
あっ、またいらっしゃる。
視線の先には背の高いブロンドの女性。先週とは時間が違うけどまた外でお隣さんのことを待っているのかな。
「こんばんは」
今回は俺から声をかけてみる。
六月になったからか日の入りが遅く、まだ外は赤く明るい。こういうとき、こんにちはと言うべきか悩んじゃう。
「どうも」
ヘリンボーンのワンピースドレスを着飾っているみたいだ。髪色や整った顔立ちに黒が良く似合っている。それとこちらを向く前に背中がすこし空いているのが見えた。そういうセクシーさ、もしくはフェミニンさが男心をくすぐるのかな。
「今日はお早いんですね」
「えっ、ああまあ」
「ほらっ、先週お会いしたときは夜でしたから。覚えていませんか?」
「もちろん覚えていますよ。お綺麗な方だなと」
一瞬、どうして俺の帰宅時間なんかを知っているんだと思ったけど、そういうことか。まあ、忘れるわけがないわな。
褒め言葉に微笑を浮かべているあたり、感触は悪くなさそうだ。
「それで今日もお仕事帰りですか?」
以前話しかけてきたときは特に用がないと言われてすぐに別れたから話を広げてくれるとは。時間に余裕がないわけではないし、今日は特に優梨愛ちゃんと連絡をする約束もしてないからせっかくだし乗ろうじゃないか。
「仰る通りです。貴方もお隣さんを?」
「ふふっ、そんな丁寧に話さなくても大丈夫ですよ。私、多分年下ですから」
「そうでしたか。ちなみに俺は今年で二十三歳」
「やっぱり私の方が下ですね。それとさっきの質問ですけど、別に
「えっ?」
じゃあ、どうしてと聞くのは怖いからやめておこう。もしかすると、他の女の存在を見つけて証拠にでもしようとしていたところだったり。考えただけで寒気がするな。
表情から感情が読み取れなくなっているし、あまり長居しない方が良いかも。
「あれ? もしかして、本気にさせましたか?」
俺が距離を取ったことに気付いたのか、ごめんなさいと謝りすこし冗談を言ってみたかっただけなんですと説明してくれる。なんだ、そういうことだったのか。
まさか話した時間が三十分もない相手にそんなジョークを言うとは思わないから、普通誰が聞いても怪しいと思うぞ。まあ、口にはしないけど。
「驚いちゃったよ」
「あはは、本当にごめんなさい。実は私、未鷹の本命の優梨愛と仲良くて一方的にですけど、お兄さんのこと聞いていたので勝手に仲良くなったつもりで話しちゃいました」
「なるほどね、優梨愛ちゃんと」
やっぱりか。スマホケース似せるぐらいだもんな。もしかしたらお揃いの同じものかもしれないし。
ただ一旦それは置いて、どこまで俺のことを聞かされているのか気になる。優梨愛ちゃんのなかでどう評価されているのか本音に近い部分を晒しているのではないだろうかと考えると気が気でない。
「初めてお兄さんの話を聞かされたときからずっとお兄さん、お兄さんばかりなので情報ばかり揃っていてつい。そこまで気になるなら未鷹と別れたらって言ったんですけど、それはどうだろうねってはぐらかされて」
「そんなのお隣さん一択でしょ。あんなに格好良くて性格も良いんだから」
女癖のことは言わないでおくか。わざわざ相手を下げるようなこと言ってもな。
「どうですかね。私にはそこの真意までは分かりませんから。逆にお兄さんはどう思われているんですか? 優梨愛のこと」
これまた難しいことを聞いてくるもんだ。さて、どう答えるのが正解かね。
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