二十日目 感情豊かに駆けていく
優梨愛ちゃんとグッズショップ内を一通り見回り、後に通販で頼むものと試合終了後に買って帰るもの、それから応援のために今買うものを決めてショッピングを終わらせた。終始ニコニコな優梨愛ちゃんが見れて俺は既に満足。
それから入場して席に着くまえに飲食店を見て回る。廊下には試合観戦ができるテレビやその前に設置された立ち食いができるテーブルがあり、対面に並ぶ多種多様な飲食店との相性は抜群だ。
「こういうところの食事っていつもと変わらないものを食べているはずなのに、どうしてか美味しく感じられますよね」
「わかる。実際ラインナップはファストフードだったり、ラーメンとかたこ焼きだったり、気分の問題なんだろうけどね。お昼まだだったから先に買って席で食べようか。せっかくの試合中に席を離れるのもなんだろうし」
「ですねー。即決も出来そうにないですから今のうちに十分悩んで買っちゃいましょう!」
そう言って手に持ったスケジュールや球場案内が掲載されているパンフレットを広げ、視線をうろうろさせている。
こんな風にその場の雰囲気を素直に楽しんでくれる子は一緒にいて気持ちいい。もしかしたらお隣さんがこの子を本命として置いているのはこういうところを気に入ったのかも。実際に交流を深めないとわからない部分がお隣さんにもあるから、優梨愛ちゃんも他の女と遊んでいる彼と別れないのかな。
結局十分ほど悩んだ末に初めては思い出にしたいからと選手考案のお弁当を食べることにしたみたいだ。ちなみに俺もここの斎藤選手が考案した牛肉弁当にした。味付けが異なっていて三種のバリエーションが楽しめるから食べていて面白いんだよね。
「よし、無事買えたからお待ちかねのアイビーシートに行きますか」
互いに弁当を片手に、もう一方にはチケットを持っている。そこに書かれている最寄りの通路前に立ち、優梨愛ちゃんの顔を見た。
同様にこちらを向いていたようで、期待で手にすこし力が入っているのが可愛い。
「はい! あっ、でも、その前にお聞きしたいんですけどアイビーシートってどういう場所なんですか? 内野とか外野とか、そういうのは聞いたことがあるんですけど」
「まあ、分かりやすく言えば一塁側の内野席だよ。この球場の特徴にちなんでそういう名称がつけられているだけでね」
「じゃあ、このN段っていうのは?」
「それも簡単な話で、AからOまでと1から40までの段があるんだけど、そのN段の列ってことだね。ちなみにN段は一塁側ベンチの上側だからそれなりに選手の動きが見えると思うよ。最前列がA段で前から数えても十三番目だし」
「えっ、そんないい席譲ってもらったんですか!?」
口に手を当て驚いている。
そりゃ、これまで全然興味なかった人間からすれば凄さなんて分からないよな。初観戦にしては十分良い席だし、初心者同士でイマイチ盛り上がりに欠けるなんてことも無いし、思えば好条件が揃いすぎなぐらいじゃないか。
これで無事趣味に昇華してくれたらいいんだけど。
「そうだよ。だから今日は思う存分楽しもうね」
「はい!」
「それじゃあ、改めて行こうか」
期待を胸にゆっくり歩を進めていく優梨愛ちゃんに合わせて顔を上げ、日光の差す通路の先を見つめる。
まるで異世界の入口のように近付けば近付くほどその光は強くなり、すこし目を細めた。そうしてようやく潜り抜けた瞬間、心地良い風が髪をなびかせる。
「おー! いい景色ー!」
山頂にでも辿り着いたかのような言葉。優梨愛ちゃんは腕を大きく広げて深く息を吸っている。
どうにもその姿が可笑しくてつい笑ってしまった。
「なんですかー? だって、気持ちよくないですか?」
間違いを指摘されたみたいに頬を赤くさせ、ムスッとして珍しく睨んでくるなんて可愛すぎやしませんかね。これまでで初めてハッキリとした反抗かもしれない。
それだけ仲が順調に深まっているんだと思う。
「うんうん、分かるよ。俺だってそうだったし」
「うわぁ、その初心者を見て懐かしむ感じ嫌だなー」
「あはは、でも実際懐かしいからねぇ。俺は優梨愛ちゃんがちゃんとここで一度感動してくれて嬉しいんだよ。この一瞬一瞬を大事にして欲しいからさ」
これは初めから考えていたことだけど、今日は俺のために行動するのではなくて優梨愛ちゃんの記憶に残せるようにとここまでやってきた。
同じ趣味を共有できる相手が出来たらそれは結局俺にとってプラスになるわけだから、一石二鳥を狙うためにも主役を彼女に譲るべきだと判断したんだ。
まあ、このチケット自体がおこぼれみたいなものだもんな。野球でも巡ってきたチャンスを逃していちゃどれだけ投手が抑えていても勝てっこない。絶対に今日、優梨愛ちゃんをTGファンにさせてみせる。
「お兄さん、今日凄く私のこと考えてくれてますよね」
やばっ、バレたかも。いや別にバレてもいいんだけど、なんだか演技臭いと思われていないか心配だな。
「それはやっぱり好きを共有できるっていいことだから」
「わかりますよ、その気持ち。前に傷つけ合える関係が良いって言ったと思うんですけど、そこには互いの内面を尊重し合えていることが前提としてありますから」
「だよね。優梨愛ちゃんならそう言ってくれると思った」
「ご期待に添えることができて良かったです。それじゃあ、私たちの席の方に行きましょう。N段の81と82ですよね」
生で球場を見た興奮を抑え切れないようで席まで階段を駆け上がっていく。
その後ろ姿は身長のことがあってか到底大学生には見えなくて、某テーマパークではしゃぐ高校生のようにすら思えてくる。気にしているかもしれないから絶対に本人には言わないけど。そんなことをしたら傷ではなくてただ貶しているだけになってしまうし。
後を追っていく前にグラウンドを見ればアウェー側の打撃練習が始まっているじゃないか。ちょうど良い、昼食中の話題が尽きることはなさそうだ。
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