十八日目 ほろ酔い気分なままに
夕食後、テレビでバラエティー番組を観たり、それをBGMに明日の話をしたり、不慮の事故による気まずさは完全に解消された。明日の試合観戦まで引きずることなく済んで一先ず安心だ。
「そろそろ寝ようか」
余裕を持って行動することを考えればこの時間に寝ておいた方がいい。初めてなら球場の案内もしてあげたほうが楽しいだろうし、選手考案のお弁当や美味しいファストフード店も教えてあげたいし、試合観戦だけが全てじゃないってことを知ってもらいたいから。
一応そういうものに興味があるのか聞いてみたら、ぜひ教えてくださいと言ってくれたので嫌だとは思っていないはず。まあ、すこし言わせてしまった感じは否めないけど。気遣える子だから尚更ね。
それより、俺の声に酒を二缶程飲んだせいかほろ酔い気分で身体を揺らしている優梨愛ちゃんがえへへと微笑みながら言葉を返してくれるのが凄くいい。
「そうですねー。私もお兄さんと寝たいですぅ」
「いやいや、一緒には寝ないから」
もし何かの間違いでも同じベッドで横になったらお隣さんに申し訳ないよ。これからどんな顔して会えばいいか分からなくなる。
「ていうか、お酒本当に弱いんだな、優梨愛ちゃん。言っても五%のお酒だぞ。これは明日、球場で飲むにしても俺が管理してあげないとな」
「そうですよー、お兄さんが私を管理してくださーい」
声が甘くなっている上に、ずっとゆらゆらしているからだるまさんみたいで可愛らしい。それに言葉はとても甘ったるいけれど、べたべた触れてくる嫌な酔い方じゃないのが好きだ。
やっぱり酒は楽しく飲みたいからな。どれほど可愛くともこっちがその気でないのにグイグイ来られるのはサークルに所属していた時代に嫌というほど味わって思い出すだけで気分が悪くなる。
「はいはい、お喋りはこれぐらいにしてちゃんと寝ようね。今日は俺のベッド使ってくれたらそれでいいから」
「ダメですよ。それじゃあ、お兄さんが床で寝ちゃうことになるじゃないですかー。ここソファがありませんし、お兄さんのお部屋にも多分ないですよね?」
「あー、そうだけど別に大丈夫だよ。冬とか炬燵に潜りながら寝落ちしちゃうことあるから慣れてるし」
「そういう問題じゃないんです!」
ピンと人差し指を立て、生徒を注意する教師のように俺に向けてくる。どういう問題なのかはさっぱりわからないけど、この姿を見れたら何でもいいや。
「今日は私がお邪魔しているわけですし、そもそも明日のチケットも一枚頂いた身ですし、残業でお疲れのお兄さんにはちゃんと休んでもらわなきゃ!」
くぅ、なんて良い子なんだ。酔ってもなお消えない心遣いは素晴らしい。
本当会う度に思う。こんな子を彼女にして女遊びに興じれるお隣さんのメンタルは吹っ飛んでいるとしか考えられない。
それとは別で優梨愛ちゃんの提案は飲めないけど。家に女の子が遊びに来ていて床で寝かせるなんてできるわけがないんだよ。
「優しさは身に染みるよ。でもね、本当に気にしなくていいから今日は寝なさい。俺だって、そのせいで明日優梨愛ちゃんの体調が優れなかったらと思うと心配なんだ。ここは家主の意見を尊重してくれないかな?」
「うーん、それを言われてしまうと困ります……。じゃ、じゃあ、マットレスだったから私がそのベッドフレームで寝て、お兄さんがマットレスを隣に降ろしてそこで寝るっていうのはどうですか?」
意外にも譲らない優梨愛ちゃん。ここまでくるとお節介だなぁ。でも、そこには俺の事を思っての意見が含まれているのだから無下にはしたくない。
このままお互い一歩も引かずにいても平行線を辿るだけだろうし。
「わかった。もうこうしよう。俺が羽毛布団を出してきてベッドフレームに敷いて寝るから、優梨愛ちゃんはマットレスで寝る。これで恨みっこなしで行こう」
「それなら……うん、納得します。ごめんなさい、ワガママ言って」
律儀に頭を下げてまで謝罪するようなことじゃないけどね。多分、酔っているがための無意識なんだろうけど。
「いいよ。それだけ優梨愛ちゃんが家主の俺を気遣ってくれている証拠だと思うから。無礼じゃなくて良かったって安心してる。さっ、せっかく寝床決めたのにこのままここで寝てしまったら元も子もないよ。洗面台で歯を磨いて寝よう」
「はーい!」
園児のように手を挙げ元気よく口を開けて返事をする姿。許されるのであれば一枚写真を撮って保存したいぐらい可愛い!
そうしてしっかり意識があるときに見せて頬を紅潮させたい……絶対気持ち良いもん。
まあでも、盗撮まがいのことはさすがに出来ないので一緒に洗面所まで行き、歯を磨く。
優梨愛ちゃんはウトウト、瞼も上がったり下がったり、いつ寝てしまうか分からない状態で磨き終え、洗い流して俺の部屋に入っていった。
その後を追い言った通りマットレスを隣に置いてあげる。そうしたら、ありがとうございますを頂けた。そこにさっそく横になって最後にスマホを触っているところを確認してから、一旦ダイニングへ戻り食器等を片付けて自分の部屋の押し入れに仕舞っておいた羽毛布団を取り出す。
そのタイミングで優梨愛ちゃんのスマホが鳴った。どうやら電話が掛かってきたみたいだ。
「もしもしー? どうしたの?」
誰と話しているのか分からないけど、話し方から見て仲の良い知人かご家族かな。酔っているから変なこと言わないか心配だ。
「うん……うん、そう。今、彼氏の家だから」
ん? 初めから何を言っているのかな? 彼氏の家はお隣さんだよ?
「ダメだよー、話してみたいって言われてももう寝ちゃったから」
ああ、この感じはお母さんかな。多分お世話になっている人にご挨拶をしたい性格なのだろう。俺の母親もそういうところがうるさかったからよく覚えている。
それに彼氏って嘘をついたのは誰の家にいるのか簡潔に伝えるためだったのかも。まあ、友達でも十分通ったとは思うけどね。
「仲悪いわけないじゃん。今日はお酒飲んだから先に寝ちゃったの。私も明日一緒に出掛けるために寝るからもう切るよ、彼氏が起きちゃうかもだし」
この流れで仲が悪い、悪くないの話はすこし心臓に悪いなー。どんなことをお母さんが言ったのかここだけ聞いてみたい。
「うん、私は全然大丈夫だから。こっちの生活も慣れてきたし……じゃあ、おやすみ」
そうして通話を切った優梨愛ちゃんはすぐさま俺の顔を見つめてきた。真っ直ぐに向き合うと恥ずかしい……。
「ごめんなさい、うるさくて。それと理由つくるために彼氏だなんて言っちゃって。彼女さんいたら怒られちゃいますね」
「ハハッ、いたらの話だけどね、本当に。全く気にしていないからわざわざ謝らないで。さあ、寝よう」
「はい、おやすみなさい」
そう言い、優梨愛ちゃんはタオルケットにくるまり瞼を閉じた。
部屋の電気を消す。
足もとに気を付けながらベッドまで戻り、敷いた羽毛布団の上に寝転ぶ。隣を見れば我慢の限界だったのか既に寝息を立ててている。
今日はとにかく可愛いに振り切った優梨愛ちゃんを見ることが出来たから、明日は元気にはしゃぐ姿を引き出せるよう頑張ろう。
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