十七日目 自宅にいるとつい気が緩みミスを犯す
帰宅して扉が開かれた先に笑みを浮かべ俺の帰りを待っていたかのように現役JDが立っている。そうして掛けられたおかえりなさいの声。
一人暮らしの俺には久しぶりの感覚でどうにも心が温かくなった。
「あれ、もしかして
感動のあまりただ見つめたまま棒立ち状態になってしまっていた俺の反応に困ったのか、すこし恥ずかし気に聞いてくる優梨愛ちゃん。頬が赤くなっているように見えるのは気のせいじゃないだろう。
「ああ、いやいや、全然気にしないで。ちょっと驚いただけだから」
たしかに清史さん呼びもお兄さんとはまた違う良さがあるな。ていうか、それこそ夫婦みたいで良かった。ドキドキさせられたもの。
とりあえずそれを悟られないようになかに入って扉を閉める。
「良かったー。お兄さん、表情がお疲れのようだったのでウザがられたかなって」
「こんな可愛い子に出迎えられて嫌がる男なんていないと思うよ」
「それは褒めすぎです」
ようやく俺の心が落ち着き始めたところで話しながら優梨愛ちゃんの格好を見たら、既に部屋着に着替えている。
ホワイトの半袖パジャマワンピ、カーディガンのようなボタン留めのネックラインは前開きでゆるいVネックのせいか胸元の肌がすこし露わになっている。古風な父親が見ればけしからんとでも言いそうだ。
それから袖先にはブランドのロゴと思われるものとハートが描かれていて可愛らしい。こういう一枚完結型で脚が長く出ている服はどうしても視線がうろうろしがちというか、一人暮らしの男にはご褒美過ぎて辛い。
「あっ、お兄さんこの服気になります?」
やばっ、気付かれちゃった。とにかく誤魔化さないと。
「気になったっていうか、初めて優梨愛ちゃんの見るからどんなのかなーって」
「なるほどです。それでどうです? 私の格好嫌ですか?」
ちょっとポーズを決めてアピールする優梨愛ちゃん可愛すぎませんかね。やっぱり誰からでも褒められると嬉しいのかな。求められているのであればしっかり言葉にさせて頂きますけどね。
「似合ってると思うよ、シンプルで可愛げがあって。部屋着はそれぐらいの方が俺は好きだから」
「本当ですか? お兄さんに気に入ってもらえたなら嬉しいかもです」
その言葉に嘘はなさそうでパッと花咲いたように表情がさらに笑顔で満たされていく。
ここまでわかりやすく反応をもらえると言った側も気分が良い。
ただ、これ以上玄関で話すのは疲れが溜まるし、ゆっくりできないし、一旦話を切り上げよう。
「優梨愛ちゃん、もうご飯はできているのかな? もしまだなら先にお風呂入ろうと思うんだけど」
「あっ、ごめんなさい。つい舞い上がっちゃってその話するの忘れてました。一応、帰ってきてからハンバーグを焼き始めようと思っていたので、シャワー浴びるぐらいなら先に済ませて頂いても大丈夫ですよ」
「じゃあ、そうしようかな。夏も近づいてきて汗かいちゃったから」
「わかりました。私もその間に作り上げちゃいますね」
そう言ってダイニングへ向かう優梨愛ちゃんとは別にその前にある自分の部屋に入っていく。
そこでスーツをかけて下着をタンスから取り出し、畳んでおいた部屋着も手に取り洗濯機の上に置いて風呂場のなかへ。汗を流すようにシャワーを浴び、頭と身体を洗って十五分ほどで済ます。バスタオルは洗濯機の上に作った簡易棚にある収納かごのなかに入っているため、それを取ろうと折れ戸を引いた時だった。
ちょうど対面上にあるトイレからお花摘みを終えたのであろう優梨愛ちゃんが出てきたのは。
「「あっ」」
やばいやばいやばい! 超やばい! どうしようどうしよう。目が合っちゃったよ。それに優梨愛ちゃんが視線を下に動かして何かに気付いたようにすぐ元に戻しているし、最悪だよもう。
と、とにかく一旦なかに戻って優梨愛ちゃんが出ていくのを待つしかない。そうだ、それがいい! ていうか、それ以外の選択肢がない!
焦りで思考がぐちゃぐちゃになってしまう前に行動を起こす。
「ごめん!」
叫ぶように大声でそう言いバタンと扉を閉めた。最後まで優梨愛ちゃんはこっちを見たまま固まっていたけれど、視界から俺の姿が消えたおかげかすぐにダイニングの方へ駆け足で向かう足音が聞こえてくる。
はぁ……良かった、なんてことはないよなー。ここから出てどう対応しよう。絶対気まずい空気流れるじゃん。しかも不可抗力だったから互いに誤魔化しようがなくてハハハと笑い飛ばせるものじゃないし。
かといって、ここで今日一日を過ごすわけにもいかないのは当然のこと。どんどん時間が経ち、なにかしら考える時間を与えて複雑になるよりかはむしろ今の間にパッと出ていった方が良かったりするのかな。
よし、それで行こう。仕方なかったで許されるものではないかもしれないけど、それで押し通すしかない。優梨愛ちゃんだってそう思ってくれているはず。
覚悟を決めて身体を拭き、部屋着に着替えダイニングのなかへ入る。ハンバーグのソースの匂いと炊かれた米の匂いは何事もなければ食欲を掻き立てられる最高の調味料となっていただろうが、今はそんなことどうでもいい。
キッチンからグラスを二つ取り出してきた優梨愛ちゃんは少々耳を赤くさせているみたいだ。
「あっ、お兄さん。えっと、その、とりあえずお席にどうぞ」
「あ、ああ、そうさせてもらうよ」
うん、覚悟を決めたとはいえそう易々と話を切り込めるような空気じゃないが。でも、明日にこの空気感も距離感も持っていきたくはない。
意識を俺に向かわせないためか、優梨愛ちゃんはグラスを置いてすぐに冷やしておいたビールを持ってきてくれたり、盛り付けたハンバーグの皿を並べてくれたりしていたけど、そんな仕事はすぐになくなり、対面する形でテーブルの前に座った。
顔は若干下を向いて、盛られたご飯をただ見つめている。
切り込むなら今しかないな。
「えっと、食べる前にさっきのことなんだけど」
俺の言葉に頷きを返して聞いていることを知らせてくれる。これは続きを促しているとも取っていいだろう。
「もう少し他の誰かがいるっていうことを俺が意識して声掛けでもすべきだったね、ごめんね」
その瞬間、パッと顔をあげた優梨愛ちゃんはその勢いに乗るように口を開いた。
「お兄さんが謝ることないです! お風呂にいるってわかっていたのに、お手洗いをお借りしていることを私が伝えなかったからで、その、お兄さんが早く扉を閉めてくださったおかげで火照ったお顔ぐらいしか見えなかったので!」
「そ、それなら良かった……本当に」
「は、はい。私も気まずいままお泊まりしたくなくて、どうにかしたかったのでお兄さんから話し始めてくれて助かったっていうか、本当に全然気にしてませんから。楽しくご飯食べましょう?」
そうだよな、食事中は楽しく笑顔でいたいよな。わかるよ、優梨愛ちゃん。
互いに申し訳ないって気持ちを持っているのだから、このまま行けば無事この居心地の悪さは解消されるだろう。いや、されてくれ。
せっかく楽しくなるはずの時間を潰しかけて焦った……。でも、これでもう大丈夫。あー、なんだか凄く疲れた。この短時間で頭使いすぎたよ。
そこからは会話を交えてゆっくり優梨愛ちゃんの手作りハンバーグとポテサラを頂いた。知ってはいたけどその美味しさを口にしていくうちに嬉しさからか優梨愛ちゃんの表情もこれまで通りに戻ってきて、食べ終わる頃にはまた笑顔を見れた。
それにしても、もしこれが神の悪戯なら今回限りにして欲しいものだ。配慮してくれてのことだろうが絶対顔しか見えなかったなんてことないんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます