十二日目 価値観の擦り合わせを第一に
高校生のときからの友人である
「まあ、とりあえず何があったか話してくれよ。なにかしら悩んでいることがあるんだろ?」
ていうか、溜めて話すのを渋った上で実はなにもありませんとか全然笑えないから用事があってくれ。想定できることで言えば、会社関連だけど。
「ありがとう。本当はパッと話すつもりだったんだけど、なんだか空気悪くすんのもなーって思ってさ。ちょっとその言葉待ってたところある」
「めんどくせーやつだな。おまえわざわざ遠まわしなことするタイプじゃなかったろ」
「まあ、それぐらい悩んでるってことでここはひとまず進ませてよ」
「それもそうだな」
本当に声をかけられるのを持っていたみたいで表情は明るくなったように見える。さっきまで下を向いていた視線もしっかり画面を捉えているし、声にも弾みが出てきたし、良かった。
「んで、話しってのはさ、俺の彼女のことなんだけど」
「はっ?」
なんだこいつ。まさか重い雰囲気醸し出して彼女とうまくいってます報告か?
てか、いつ付き合ったんだよ、全く聞いてないぞ。こちとら先輩に振り向いてもらえないし、良いところ殆ど見せることできないしで本気で悩んでいるっていうのにさ。
「いや、さすがに反応が早すぎるって。多分今おまえが一瞬で考えた最悪なルートには進まないから。俺はしっかりバッドエンド直行してるから」
「えっ、つまりは別れそうになっているってこと?」
「なにちょっと嬉しそうにしてんだよ。まあ、間違ってないけど」
やべっ、顔に出てたかな。ちょっと性格悪いかも。
「別にそんなんじゃなくてさ、とにかく俺はその彼女さんについて何も情報持ってないからそこから頼むわ」
「そういえば話してなかったな。じゃあまずは――」
そこから十分ほどで出会いから現在までを把握した。交際期間は現在一年半で大学時代にサークルで知り合った後輩らしい。ちなみに高校のときは俺と同じくテニス部だった内島だが、大学に入ってからは天文サークルに入っている。
理由は可愛い先輩が多かったからみたいだ。まあ、天体観測やプラネタリウムを観に行くことが活動の大半だったらしいから、楽に可愛い人といれる場所が良かったんだろうな。
「それで初めは健気に尽くしてくれた後輩が一年経って態度が急変したと」
「そうそう。ご飯も作ってくれなくなったし、家事も雑になったし、同棲始めようって話してたから凄く嫌になっちゃって」
「それってさ、前から今言ったことしに来てくれてたの?」
「来てくれてたよ。だから、尚更おかしいなって」
いや、おかしいのはおまえだろ。完全に任せっきりになってて彼女ちゃんは心配だから試そうとでもしたんじゃないの?
一緒に住む人が仕事して帰ってきたらあとは自由ですみたいな人間だと知っていたらどれほど綺麗な人でも無理だわ。
でもまあ、率直な感想をぶつけるのは良くないな。一応、愚痴を吐きたいだけかもしれないが相談しているわけだから。
前に優梨愛ちゃんと話したけど、こういう面で互いに助け合えるような人と一生を共にしたいと思うのが俺の常識のなかでは普通だということを念頭に置きつつ、内島に沿った答えを用意する必要もある。
さて、どう訂正しようか。
「んー、どっちが悪いとかそういう話は置いといて、たとえばおまえとその子が順調に交際続けて結婚したとするじゃん。そこでめでたいことに二人の間に子供が生まれましたと」
「うん」
「毎日おまえが帰ってきたら赤子の世話をしながら料理や家事をする彼女の姿があるわけよ。それを当たり前だと思える?」
「働いてないならそんなもんじゃね?」
うわぁ、マジかよこいつ。そんな考えの持ち主だとは思ってなかった。俺が一番人から話聞いてて嫌なタイプの人間だわ。多分、友人とさらに深い関係の人とで態度をうまく切り替えられる性格なんだろうな。
「じゃあ、もし彼女が働くから家事やら世話やらやれってなったら出来んの、おまえに」
「いや、それはさ――」
「それもどれもないんだよ。自分の出来ないことをやってくれていた相手に対してもっとリスペクトを持て。彼女だって何も好きで全てやってたわけじゃないだろ。おまえのことを想ってのことであってだな」
「そんなのはわかってるけど」
「いいや、分かってなんかないね。本当にどれほどの労力が必要で、どれだけ自分の時間を犠牲にしているか理解してたらそんな言葉出てこねぇよ。おまえは俺より実家暮らしが長かったから特に感じないんだろ。そのありがたみってやつを。なかなかいないぞ、可愛くて身の回りの世話を率先してやってくれる子なんて」
「まぁ、それは……そうだと思うけど」
あっ、いかんいかん。ついカッとなってしまった。
ほんの数分前は相談に乗っているんだからという気持ちだったのに、内島の言葉が許せなくて。まあでも、あからさまにダメージは負ってるっぽいし、今度はぐったりって感じで下向いてるし、言われたことに感じた不満より納得の方が勝ってはいるみたいだな。
そこだけはまだ救える余地があるかもしれない。
「でも、やっぱり一緒に住むならどっちかがやらなきゃいけないって思うんだよね」
前言撤回。こいつは救う余地も価値もないドクソです。
「おまえが本当にそう思ってるならそのままちゃんと伝えれば? そしたらキッパリ彼女さんも踏ん切り付けられるだろうから」
「なんだよ、そんなこと言わないでくれよ! ああ、もうわかった。この話はここで終わり。持ち帰って考え直すから。ほらっ、別の話しようぜ、おまえのこととか」
子供かよ、こいつ。都合が悪くなったら不機嫌になって全て放り投げるように解散とか考えられねぇ。絶対持ち帰るだけじゃん。
なんだかこいつに先輩のこと相談するの嫌なんだけど。全く気の利くアドバイスを出してくれなさそうだし、加えて言うならば先輩のことを馬鹿にするような発言が飛び出そうで怖い。
ピンポーン
「おっ、インターホン鳴ってるぞ。出たほうがいいんじゃないのか?」
ほらっ、こうやって場を濁そうとしているし。
「別にいいよ。多分、適当な勧誘とかだろ」
「二十一時に? お隣さんがおまえの声がうるさいとか言いにきたんじゃないの?」
「お隣さんは今出かけてるよ。でもまあ、たしかにこの時間に勧誘とかはおかしいか。かといってなにか頼んだ覚えもないんだよな」
「それでもさすがに無視はやばいだろ。俺が逃げたいと思っているみたいなこと考えているなら違うからな。ただの心配だ」
うっ、心を読まれてしまった。ここは一旦、誤魔化すためにも見に行くか。
「別にそんなんじゃないけど、まあ、たしかにドアから覗いてみるか」
「そうしろそうしろ」
グラスに注いでいたビールを一口飲んでから立ち上がって玄関に向かう。大事な用事であったらもう一回ぐらいはインターホン鳴らすだろうから、勧誘でないにしろ適当な人間だと思うんだよな。
さて、真実はいかに…………ほらっ、誰もいない。
わざわざドアを開けて外を確認するほどでもないし、このまま戻ろう。
それからは結局先輩の話をせず互いに気持ちを切り替えるため、昔の思い出話に華を咲かせた。その間は内島の嫌な部分が一切見えなかったところを鑑みると表を良くしすぎた結果、溜まったストレスで裏が激しく悪い方向に振れてしまっているのかも。
まあ、初手から気分が悪くはなったものの最終的にはビールを三本も開けてしまったのだから楽しめたと言っていいだろう。懐かしい後輩たちと連絡を未だに取り合っているらしく、今度皆で久しぶりに集まろうという話が展開されていたようで有難くも誘われた。
ちょうど二日休暇の土曜日だから次の日に影響はないし、存分に再会を楽しめそうだ。
「それじゃあ、また今度な。詳細決まったら連絡するわ」
「了解。ちゃんと彼女さんとは仲良くしろよ」
「だな。おまえにしっかり正論ぶつけられて意地で反論しちゃったけど、本当に持ち帰って話してみるよ。ありがとな」
「お、おう。別れ際に言われるとなんだかムズムズするな。まあ、とにかく俺の親友が悪に染まってなくて良かったよ」
安心したわ、本当に。
リモートアプリを落として今日はもうお終い。飲んで喋ってを繰り返していたからさすがに疲れた。寝る前に優梨愛ちゃんの弁当箱だけ洗って乾燥させたらベッドに思い切り飛び込もう。
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