九日目 上位互換に心を乱される

 会社の所有するフロアが七階から十階の四フロアで俺が働いている事務は八階にある。そこから出てエレベーターに乗り、休憩室のある十階へ向かう。


 ここでは発売前のおもちゃについて企画するための会議室や実際に出来上がったものを用意して実用性を試すためのスペースが設けられていて、その隣に休憩室があるから基本静かで過ごしやすいんだよな。


 皆山さんにはご飯食べた後に呼びに行くって話しておいたから優梨愛ちゃんから貰った弁当を堪能しよう。


「失礼しまーす」


 一応、挨拶は忘れずに。ぱっと見渡した限りだと五、六人ほどでこっちを向いて軽く会釈をしてくれる程度。俺も返して空いている席に向かう。


 この部屋のなかは大まかに二分割されていて、身体にフィットする某ビーズソファが数個置かれているスペースと食事用に相席可能なテーブルが十ほど設けられたスペースがある。当然、俺は後者の方に一人で座るわけだが、そもそも人によって休憩時間はバラバラなので席がないなんてことはない。季節に合わせてエアコンはつけられているからどの時間でも快適に過ごせることが最高の利点だ。


 入って右側奥の席で包みを広げてさっき先輩と一緒に見た弁当箱との対面。二度目なのに一段目にぎっしり詰められたお米と二段目の色とりどりなおかずたちには味がする。食べてもないのに味わえるってもう矛盾してんだろ、これ。


 普段からコンビニ弁当にこの休憩室で数個だけ用意されている総菜パックを買っている俺にとって、手作りなことには変わりないけど温かみを感じるこの弁当は何倍にも美味しく見えてしまう。


「よしっ、頂きます」


 まずは軽めの卵焼きから……んっ! これ、白だしと醤油入ってるだし巻きの方だ! なるほど、だから一応のため仕切りが設けられていたのか。たまに他の料理の汁と混ざって最悪なときあるもんな。


 それにしても味が濃い目で凄く美味しい。普段から塩コショウを愛用している俺にとっては味のはっきりとしているものはそもそもポイント高いんだよ。運動していると逆に薄くてパッと食べられるものが欲しいときも多々あったけど、辞めてからは胃袋だけが大きくなっているがために満腹感を得ようとよくかけて食べてたから。


 初手から高評価で他のおかずも期待しちゃうなー。特にポテサラ。もちろん焼き鮭も唐揚げも好きだけど、味は大抵想像できる。ただ、ポテサラは各家庭の味が顕著に出るというか、そもそもコーンをいれるタイプやリンゴを使うタイプ、あとはキュウリをいれて味付けを濃くしたり、ベーコンや卵黄を入れて色とりどりにしたり、はっきりと派閥が分かれる料理だと思う。


 ちなみに俺は味がいくつもあるのは好きじゃないからじゃがいもに人参、ベーコンが入っていて塩コショウで味付けがしっかりとされていれば十分な人間なんだけど、優梨愛ちゃんが作ってくれたのがまさしく、それに近い! プラスでキュウリが入っているぐらいで邪魔にはならないからもう最高! これだけでお嫁さんに欲しいって思っちゃうぐらい、この相性は大事なんだよ。


 うわー、カップだからそこまで単体の量がないのが残念だ……。もっともっと食べたい。ていうか、箸が止まんねぇ。


「おっ、良い食べっぷりだな」


 内心テンションがあがりながらも黙々と食べ進めていたら、知らず知らずのうちに皆山さんが来ていたみたいだ。


「お疲れさまです。良かったらどうぞ」

「おう。すまんな」

「いえいえ」


 素直に話せば特に関わりのない先輩との飯なんて気まずくて仕方がないけど、一応俺に用事があったっぽいし、元々ここに集まる予定だったし、受け入れるしかない。


「俺も今から飯だから、先に食べ終えたらあっちで待っていてくれていいからな」

「あっ、はい。ありがとうございます」

「それにしても、おまえ、弁当なんか持ってきてるんだな。あっ、もしかして彼女か?」


 またこの流れだよ。そんなに俺が料理できないみたいに見えます? それとも恋人いそうな顔に見えてるんですか? それなら視力悪くなっているので今すぐ眼科にでも行ってください。絶対見間違いなので。


「全然そんなんじゃないですよ」

「いやいや、その反応の速さは図星だろ。別に隠す必要ないって」


 なんだかこの感じ、学生の頃、部活の先輩に弄られているときの面倒臭さを思い出すなー。


 先輩ぐらい綺麗な人だと話しているだけでこっちはこっちで幸せだから緩和されるんだけど、たしかに明るくて周囲も照らしてくれるほどの陽気さがあるとはいえ男の人と話してても何も盛り上がる要素ないんだよ。


「本当になにもないですって。それより、この後の話の方が大事ですからご飯食べましょ」

「あー、ちょうどいいや。話はあとでってなった矢先で悪いけど、実はさ、これおまえに良かったらと思って」


 バッグを持ってきていたみたいで、持ち上げてなかからなにかを取り出そうとしている。てっきり重い話かと思っていたからこの展開は予想外だ。それにちょうどいいってなんのことだろう。


 なにも繋がるような話はしていないと思うんだけど。


「何ですか?」


 一旦箸をおいて話を聞く体勢をつくり待っていると皆山さんは取り出したものをテーブルに置いた。

 パッと見たところはただの封筒だ。


「これさ、本当は俺が見に行こうと思って買ったんだけど、仕事が入っちゃって。どうしようか困ってたら花宮はなみやがおまえの好きな球団だって言うから」


 おっ、もしかしてそれってTGのこと? それぐらいしか先輩がおすすめする俺の球団ってないし。


「ちょうど今週末のデイゲームのチケットなんだけどさ」

「マジっすか⁉」


「お、おう、急に乗り気になったなー」

「あっ、す、すみません。でも、その日、ちょうど通算百勝まであと一勝のエースが登板予定の日で、相手も今最下位のチームなんで期待値高くて」

「そうなんだよ。だから、俺も行きたかったの」


 心底残念そうに肩を落とすところから考えて皆山さんもしっかりファンなんだろうな。それがまさか仕事に邪魔されるなんて……。


「それで、ちょうどいいっていうのはどういうことなんです?」

「ああ、それが花宮も誘ってたんだよ」

「えっ、先輩もですか?」


 全然そんな話聞いてないし、先輩は俺が野球の話したとき全く興味なさそうだったのに? 嘘嘘、もう信じらんない。やだよ、このあとどうやって先輩の前で仕事すればいいの?


「それって皆山さんからお誘いしたんですよね」

「そうそう。んで、日曜日に行こうって話してたんだけど、俺も花宮も今度の会議で上にいろいろと報告しないといけなくて、そのために係長に急遽呼ばれちまってさ。振替で休日が貰えるとはいえ、試合は関係ないからな」


「あー、なるほど」

「そこで先週、花宮と飲んでいたらおまえがTGのことが好きだと言っていたって教えてくれてさ、彼女いるなら二人で行けばいい。俺もよく知らないやつに譲るより、ファンに楽しんでもらった方が気持ちいいから」


「理由はよく分かりました。もちろん頂けるのは嬉しいんですけど――」

「じゃあ、決まりだな! ほらっ、受け取ってくれ」

「――あ、ありがとうございます」


 どうしよう。勢いに押されて受け取ってしまった。それにまだ彼女がいるって勘違いされてるし、先輩との関係性も気になるし、ぐっちゃぐちゃだよ。


 とにかく今から返すなんてことはできないからポケットにしまっておいて残りの飯を食べていく。先輩もバッグからコンビニの袋を取り出して、サンドイッチを食べ始めた。


 話自体は重くなかったのに気分は右肩下がりだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る