六日目 天使と女神の加護を受ける

 部屋の明かりだけが頼りになる時間。自室のベッド上にてうつ伏せになり、スマホで来週のスケジュールを確認している。一昨日の夜からいろいろと振り回され気味でもし重要な会議でもあるなら絶望だったけど、一通り確認した限りでは俺に関していえば問題なさそうだ。


 ちなみにお隣さんに優梨愛ちゃんのことを無事伝えた数時間後、彼女からありがとうございましたと簡潔に感謝の言葉が届いていた。今のところ怒号が壁から漏れてくるということはないので、泊まりに来ていた沙耶ちゃんになにかしらバレたということもないと思う。


 さて、ここから一週間また頑張っていくためにそろそろ寝よう。目覚ましは九時出勤予定の七時セットで大丈夫……いや、朝一に先輩に資料を確認してもらうわけだから先輩よりも前には着いていた方がいいよな。まだ起きているのかはわからないけど、連絡してみよう。


『夜遅くに失礼します。金曜日にご報告した資料を確認して頂く件で加えて先輩にお聞きしたいことがございまして、よろしければ何時頃に出社されるのか教えて頂けませんか?』


 普段からプライベートな話は殆どないとはいえ、仕事の話は指導役と新人という関係上それなりにある。もし寝ていなくて気付いたのならすぐに返事をくれるはずだ。


 一応三十分を目途に時間を潰して待っておこう。


 そういえば今日も優梨愛ちゃんから野球のことで連絡が入っていたな。今日はデイゲームの中継を見る以外は一人の時間を楽しんでいたから昼食時以降今まで確認していなかった。


『今日の試合見ていて凄く楽しかったです! 両チーム譲らずって感じのシーソーゲームで。最終的には私たちの応援している方が負けてしまって悔しかったですけど、明日は絶対勝ってくれるって信じてます!』


 おー、いいね。順調に嵌まってくれているみたいだ。でも、明日は月曜日だから基本的に休養日なんだよな。それに今は別リーグとの交流戦中で、もうこのチームと戦うことは日本シリーズに出ない限り有り得ないし。


 そういうところをまだ理解していないところに初々しさがあって微笑ましい。


 ていうか、私たちってどういうことだろう。もしかして優梨愛ちゃんもTGのことを好きになってくれたのかな。あのチームは最近ドラフトがうまくてここ数年安定した成績を残しているし、ロマン砲の選手がいてファンも盛り上がっているし、初めて見てその雰囲気に飲まれたのなら納得だ。俺もその熱量に目を奪われたうちの一人だから。


 中継でもわかるぐらい歓声が大きくて心惹かれるんだよ。


『明日は残念だけど、試合ないよー。月曜日は大抵定休日! 俺も悔しかったけど、優梨愛ちゃんがTGのファンになってくれて嬉しいからむしろ今は気持ちが晴れてる』


 身近というほどの関係性ではないとはいえ、趣味を共有できる人間がいるというのは良いこと。出会いはひょんなことだったが、その相手が現役大学生の十二分に可愛い女の子なら、殆どの男は手錠をかけてでも繋がりを保ちたいと考えるんじゃないか。


 実際、俺もこの機会を易々と手放すなんてことはしたくない。


『えー、じゃあ、この気持ちのまま明日を過ごさなきゃなんですね……。でも、喜んでもらえたなら私もなんだか嬉しいです!』


 そうなんだよなー。日曜日、特にデイゲームで接戦を落とされるのが一番見ている側からすれば辛いんだよ。早くもその感情を理解しているのは素晴らしいね。


『あと、やっぱり形から入るのが大事かなーって思ってこれ買っちゃいました!』

「ん? なんだろう」


 球団マスコットのグッズとか生活用品とかかな。


 すこし待っていると写真が一枚送られてきた。


 マジかよ、これキャプテンの背番号入りユニフォームじゃん! 形から入るにしてもそう簡単に買おうと思えるものでもないって。普段着として使えるチームロゴが刺繍されたジャージも販売しているのに、わざわざそこいったんだ。


 驚きのあまり、うわぁと口を開いたままでいたらさらに送られてくる。


『着てみました! 似合ってます?』


 おいおい、サービス精神旺盛すぎやしない? ユニフォーム着てバッチリポーズを決めているやつも可愛いし、カンフーバットを持っているパターンもミニサイズで顔の両端に構えているのに全然顔が大きく見えないし、こんなの送られてきたらニヤニヤですよ。


 夜に一人、ベッドの上で現役JDの写真を見て頬を緩ませる社会人って誰がどう見てもヤバいだろ。でも、それだけ優梨愛ちゃんが輝いているってことなんだよな。


『似合わないわけがないよ。現地でこんな娘いたら絶対声かけるレベル』

『えっ、お兄さんってそうやって女の人誘ってるんですか?』


 あっ、やべ。ついテンション上がって変なこと言っちゃった。訂正しないと。


『いや、そういうわけじゃなくて、なんていうかそれぐらいを引くっていうか』

『そんな焦って打たなくてもわかってますよー』


 うわー、絶対スマホの向こうで笑われてるよ。

 恥ずかしくて顔も耳も熱くなってきた。一人暮らしで良かったわ……。こんな姿家族なんかに見られでもしたら当分の間擦られるだろうな。


『まあでも、お兄さんになら連れて行かれちゃってもいいかも? なんて』


 ほら早くも弄ってきてるじゃん。引かれて冷めた対応されるよりかは断然いいけど、なんて返したらいいものか。何言っても墓穴掘りそうで怖いなぁ……おっ、ちょうど良いタイミングで先輩から返事が来た!


 これを口実に今日のところはこの辺りで話を終えよう。本当にありがとうございます、先輩!


『ちょっと電話かかってきたから今日はこの辺で。おやすみ』

『わかりました! おやすみなさい』


 なんとか乗り切ったとは言い難いにしても逃げきれはしたんじゃないかな。


 次また連絡をくれたとき凄く気まずい感じになっていたらと思うと怖いけれど、今は一旦忘れよう。未だに残る頬の熱を引かせるためにも。


 さてさて、救世主となってくださった先輩はどんな答えをくれたんでしょうか。もちろん俺から時間を割いてもらっているわけだからすぐに確認する。


『明日は特に何もなくて先週上がっていた各店舗からの売上報告をまとめるぐらいだから九時に行くよ。棟永とうながくんはいつも通り来てくれたら大丈夫!』


 うわぁ、これ俺がいつもより早く出勤しようとしていることを見抜かれて合わせてくれてるやつじゃないよね。もしそうだったら本当頭が上がらない。


 それに気を遣わせてしまって申し訳なくなってくる。だからといって、せっかくの優しさを無下にするのは違うよな。


 それにしてもこっちはこっちで優しさに触れて笑みがこぼれちゃうわ。


『わかりました。ありがとうございます!』

『うん。まあ、先週色々考えていたかもしれないけれど、お世辞抜きに棟永くんは毎日成長してくれているし、うまくしなくちゃっていうプレッシャーに立ち向かおうとしてくれているし、凄く助かっているからもうすこし自分に自信を持ってもいいと私は思うよ』


 …………これ、泣いちゃうよ。さっきまでJDに恥かいてた男がこんな温かみのある言葉に包まれたら。自分で自分を追い込んで、それでも何とか先輩の力になりたいって思っている人間にかける言葉じゃねぇよ。ずるいって、本当に。


『先輩、やばいです。このまま話してたら涙で画面が見えなくなってしまいそうなので、今日はこの辺りでありがたいお言葉を噛み締めながら寝ます。おやすみなさい』

『あらら、泣かしちゃったかー。明日、コンシーラー持って行ってあげようか? なんて。ちゃんと寝て元気な状態でおいで。おやすみ』


 ああ……もう最高かよ。お願いしたら必要以上に関わろうとしてこなくて、かといって離れるわけでもなく傍で見守ってくれているこの感じ。


 駄目だ、枕に顔埋めないといろいろ出てきちゃいそう。そのままワイヤレスイヤホンを装着して陽気な音楽を流しながら眠りについた。

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