第一章:君のなかに住み込んで生きたい
五日目 事情聴取で暴かれる事実
日は経って日曜日。一昨日を楽しく終えられたことで身体はいつもより休まっているように思える。
それに土曜日には先輩から嬉しいメッセージが届いた。
『昨日は無理言ったのに迷惑かけちゃってごめんね。また今度一緒に飲も! 仕事ない日にさ。社交辞令じゃないからね!』
だってさ。最高すぎない? テンション上がりまくりで何も手に付かなかったよ。お隣さんに優梨愛ちゃんの事話そうと思っていたけど忘れちゃったもん。
もちろんぜひ、お願いしますって返したらまた会社で話そうだって。くぅー、焦らされちゃうね。
それと優梨愛ちゃんからもさっそく昨日試合をテレビ中継で見てみたという報告があった。友人のいないのこっちで趣味仲間が増えるのは嬉しいものだ。すこしは俺の寂しさも癒えるし。
思えば、特にお隣さんについては話してこなかったな。
「二人の間でやり取りがあったのかわからないから、お隣さんにはちゃんと話しておかないと。俺からも報告をしておいた方がいいだろ」
学生の彼なら今日が休日なのはほぼ確定、サークルの活動だったりそれこそ女遊びの予定だったりが無ければ家にいるはず。
あったとしても今は朝八時だからまだ出かけていない可能性が高い。まあ、優梨愛ちゃんのときみたいに居留守を使われなければの話だが。よし、行くか。
毎朝出勤の度に前を通るお隣さんの部屋。引っ越しのご挨拶以来となる訪問だ。
インターホンを押して数秒、声が返ってきた。
「はーい、何の用ですか?」
あらっ、女性の声だ。もしかしたら金曜日の子がずっといるのかも。
「すみません、隣の
「あー、一昨日のことですか? すみません声聞こえちゃってたみたいで」
うん、名乗ったときにこの勘違いはうまれそうだと思ったけど見事だな。
それに聞こえてきたのはベッドの音だから、逆に何が原因かとなってそれが出てくるぐらいに声を出していたと自ら晒してしまっていて面白い。
「いえ、そのことはたいして気にしてませんよ。今日は単に未鷹くんに話したいことがあって、すこしだけお時間ありませんか?」
「あー
「ありがとうございます」
とにかく誤解がそのまま進むことはなくて良かった。話の分かる人なのか、それとも面倒臭がって慎重になった結果の功績か、どちらでもいいか。
それにしてもここまで長居しているということは今出た人が本命さんで優梨愛ちゃんが遊ばれている可能性も十分にあり得るようになってきたな。
それから二分ほどして久しぶりに未鷹くんとの対面を果たす。
「おはようございます、棟永さん」
「ああ、おはよう」
英語が書かれているゆったりとした黒のTシャツを着て、腰は低くまずは挨拶を済ます。
「玄関前で大丈夫ですかね?」
「口うるさい説教みたいなことは今のところするつもりなんてないから、全然どこでもいいよ」
彼女さんがいる空間で俺も優梨愛ちゃんの話を口に出すのは憚られるし。今二人きりなら全く気にもしなかったが、何事かと聞き耳を立てられていてもおかしくはないだろうからしっかり配慮しよう。
未鷹くんがドアを閉めたことを確認してなるべく小さな声で話す。
「実は一昨日のことなんだけど、あっ、音が漏れていたのはまったく気にしてなくて別のことね」
「それならお話しする前に謝らせてください。多分、あのときの大きさで棟永さんの耳に届いていたのならこれまでも幾度かご迷惑をお掛けしていたと思うんです。それを我慢して頂いていたにも関わらず、全く考慮せずにいて本当にすみませんでした」
おいおい、そんな真剣な表情で急に謝られたら許しちゃうし、いい子だなって感心しちゃうに決まってんじゃん! 女遊びっていうイメージが優梨愛ちゃんと話したことで圧倒的に先行していた分このギャップが評価の上がり幅を広げているに違いない。
「本当、全然怒ったみたいなことはないから気持ちだけ受け取っておくよ」
「ありがとうございます!」
安堵が声から伝わってきて上辺の言葉ではないのだとわかる。
「それでそのことじゃないとしたらどんなお話しを持ってきてくださったんですか?」
うーん、優梨愛ちゃんはインターホンを押したと言っていたから少なからず見当はついているはずなんだけど、まさか俺がそことつながりを持ったとは思ってもいないんだろう。
あくまで何もなかった体で通すつもりかな。
「一昨日の夜さ、それこそ俺が壁ドンをしたときの話なんだけど」
大事な話だと分かりやすくさせるため、身体を近付けた。
その行動に反応するように未鷹くんは耳を傾けてくれる。
「君たちが静まり返っている間に俺の家のインターホンを鳴らす人がいて、出てみたらどうやら君の知り合いみたいだったんだ」
「えっ、それ本当ですか?」
この反応は脈ありか。
顔をこちらに向けてきた。
「ああ、嘘じゃない。その子の話によれば当日、君の家で会う約束をしていたらしいぞ。でも、電話に出ないから家に入れなくて困っていると」
「ちょっと待ってください……うわー、マジか」
恐らくあの日は情事に意識を集中させるため、マナーモードにしていたかなにかで気付けなかったのだろう。
見るからに焦り始めている。この雰囲気から察するに本命は優梨愛ちゃんで決まりか。さっき対応してくれた子が遊び相手で。
外面が良いことに越したことはないけど、内面が汚くなってしまっては意味がない。
ついさっき頂点に達したんじゃないかというぐらい好感度が高くなった未鷹くんだけにショックが大きいな。
「一応僕の思い違いじゃないかどうかスマホを確認してきてもいいですか?」
「そりゃ、もう既に遅れているんだから早く行動に移すべきと思うよ」
「ですよね。ちょっと待って頂いても」
「俺のことは気にしなくていい」
「ありがとうございます。一旦失礼します」
そう言ってパッと扉を開きなかに入っていったわけだが、急いでいる様子で戻ってきたら今なかで待っている女の子に後で何があったのか聞かれそうだけども、大丈夫だろうか。
まあ、俺の知ったことじゃないが、そこでいざこざが起きてしまっては内密に教えようとした意味がなくなってしまう。
一分のしないうちに帰ってきた未鷹くんの額には梅雨入りが近く蒸し暑さの出てきた季節のせいか、汗が滲み出ているのが乱れた髪の隙間から見て取れた。
「すみせん、家のなかだと
どちらにせよ既に疑いの目を向けられているとは思うけどな。
あと、今いる子が沙耶ちゃんだという新情報を得ることができた。かといってそれを何に活用するのかと問われれば今後、この件に関わろうとは思わない俺からすれば無益なものに変わりないが。
目の前でパスワード入力を二回もミスしている姿を見ると、自業自得な上滑稽で面白い。親に内緒で悪いことをしていたのがバレた子供みたいですこし微笑ましさもある。
被害者であるかもしれない優梨愛ちゃんなり沙耶ちゃんなりからすればそんな優しく終えられるものではないことに違いないけどね。
ようやく開かれたMINEのトーク一覧には、最新のものから女の子だろうと思えるアイコンやアカウント名が四つは並んでいる。そこに優梨愛ちゃんのものはなかったから、最悪五人とどれほどの深さかは分からないにしても付き合いがあるということか。
これ以上覗くのはプライバシーの侵害すぎるのでやめておこう。
それから何度かタップとスクロールを繰り返した未鷹くんは相手が判明したようで深くため息をついた。
「棟永さんの言っていた通りですね……三件も来てました。昨日出かけてて上の数人しか確認できてなかったから気付かなかったみたいです」
「俺に言い訳しなくていいから、とりあえず返してあげな」
「そうですよね。本当に教えて頂いてありがとうございます。あと、今回のことちゃんと反省します」
「ハハッ、別に俺は君の親じゃないんだから、俺宛にじゃなくてさ」
「彼女宛にですよね。ちょっと下降りて連絡してきます」
「はいよ。それじゃあ、用件は伝えたし、俺は帰るね」
結局すこしだけ親父クサい注意の仕方になってしまったな。でも、優梨愛ちゃんの言っていたことは正しかったわけだからこれぐらいはあって然るべきだろう。
この休日を共にした沙耶ちゃんのためにもね。
さて、未鷹くんは最後に頭を下げて階段を下りていったし、俺はこの後外に出かける予定はないし、家に戻って優梨愛ちゃんにメッセージでも入れておくか。
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