SIX・「野性的な速度」
ーーーー時計の針が3時40分を指す頃、突き進む1台の大型トラックは、大砲の弾と化し鉄火を轢き潰した。
ーードガシャァン!
「ぐがぁぁぁ!」
「いい悲鳴聞かせるじゃねぇかこの探偵よォ!!」
高速で走る鉄の塊、鉄火を潰したあとはその先へと突き進んでいき、数メートル先で静止した。
鉄火はうつ伏せになるように、そのタイヤの軌跡の上に倒れている。
轢かれた鉄火に向けて建琉は鉄火の名を叫んだ。
しかし返答はなく、それに対し能力を解除した鷲雄が言う。
「……死んだやつが言葉喋るわけねぇだろシャバ僧が!
次はお前をこの能力、『ファスト・アンド・フューリオス』で殺してやろうかぁ!?」
その言葉の後、鷲雄は紙粘土をこねるように変形を開始する。次に変形したのは、白と黒を基調とした、赤いサイレンのあるパトカーだった。
能力が鉄火よりしょぼい相手ならパトカーで轢き殺すだけで十分と考えたためのパトカーなのだ。
そのパトカーは、先程と同じく猛スピードで建琉へと発進する。
能力によるものなのか、そのスピードは一瞬にして時速150kmを超えた。
ーーブルルルォン!
弾丸のごとく高速で突っ込むパトカーは、瞬きをした頃には建琉の目の前に、今にもぶつかりそうな距離の所へと近づいていた。
「このままお前も轢き殺して、あとはゆっくり最後のやつ殺せばクリアだぜぇ!」
パトカーはギュルルと建琉をタイヤに巻き込もうかと言う勢いで、前進を開始していた。
ーーーーその頃、時を同じくして佐門と樺留は1体1、3mの間隔をあけて対峙していた。
2人は横目で3人の戦いをチラチラ見ながら、臨戦態勢に突入をする。
このジリジリとした空気の中、最初に話を始めたのは佐門の方だった。
「お前の能力、一見すれば何も対処のない能力に思えるが、1つ『
「ほぉ?この一瞬の戦いでそれを見抜けたのか?」
佐門はその後何も言わず、樺留に向かって駆け出した。
そして数センチという間合いに入ると、懐からなにか筒状のものを取りだした。
樺留はそれを投げつけられると予想し腕をクロスさせ防御を図るが、それは投げるために取りだしたものでは無いと、その数秒後わかった。
佐門はその筒状のものをぎゅっと握ると、その先端からなにか水のようなものが噴射された。
ーーピュッ!シャァァ!
その水分は全て外すことなく樺留にかけられた。
何も分からないこの現状に樺留も問いをかける。
「おい、この水はなんだ?服が汚れたじゃないか…。」
そう戸惑う樺留に佐門は返す。
「匂い、嗅いでみたらいかが?」
樺留は言われるがままに匂いを嗅いだ。
するとその直後、樺留は後ろへと逃げるようにステップを踏み、能力によって塵状へと変身をした。
今から何をされるかということがすぐに理解出来たのだ。
「お前……この液体はまさか、『ベンジン』か…!」
「そう、ご名答だ!『ベンジン』をお前にかけた!家事をよくする私には必須アイテムだからたまたま持ってたのさ!!」
ベンジン…それは油分を溶かす性質があり、洋服のシミ抜きなどに用いられるものである。
そしてこの液体は、「可燃性」である。
さらに、樺留の能力は「塵」……その能力ゆえ、1度火がついたら「粉塵爆発」の影響で燃え続けてしまうのだ。
ーーパシュン!ボォオオ!
「なっ!!熱!」
佐門の右手から明るく光を発する何かが射出された。
「……『
お前に今、火をつけたライターを撃ち込んだ!」
そして見事に佐門は樺留に悟られることなく、能力によってライターを火をつけたまま撃ち込んだ。
当然可燃性のものをかけられた樺留は塵になっても燃えることとなった。
ーーボォオオオオオオ!
「アッッツツツツツツツァァォ!」
塵になった樺留は人型へ姿を戻すと、頭に手を乗せてその熱さにもがき苦しんだ。
紅色の炎は激しく燃え、黒煙を上空に漂わせていた。
そしてしばらく苦しむと、その場へ座り込み、突然左腕を天へと伸ばし焼けた喉で叫ぶ。
「ぐぁぁぁぁ!『
奥の手を使うぞぉぉ!『
その叫び声が響くと、樺留は佐門の目の前で燃えたまま塵となった。
そしてその塵はふわりふわりと上空へ風に乗り浮かぶと、段々とひとつの「大きな
その大きさは一辺が5メートルもあり、異様な雰囲気を放っている。
そして炎はいつの間にか鎮火をしていた。
佐門は口を開けてその立方体を見ていると、どこからか声が聞こえた。
その声は樺留の声だった。
「……どうだねこの姿!!これが俺の能力の奥の手!!!
ここからが俺の本気というやつだ!
炎は塵が重なり合うことによって酸素を阻害し、消火を行ったのだ!」
するとその立方体はひとつの面いっぱいに大きな穴を6つ生成した。
その面は段々と塵が霧のようにかかっていき、ドサァァァという大音量を出しながら、何か灰色のものを一瞬放った。
その放ったものは佐門の目には見えず、佐門の足元へと音もなく「何かを」撃ち込まれた。
佐門は反射的にそれを覗き込むと、それが何かは少量の憶測があったが何となくわかった。
「……これは……塵をまるでレーザーのように、水圧カッターのように撃ち込んだのか……。」
「その通り!!塵も積もれば山となる……塵も積もればレーザーとなるのだ!」
樺留の立方体はさらに数十発音を立てず塵のレーザーを撃ち込む。
ーーパシュパシュ!
「くそ!意外と痛てぇ!」
今度は見事佐門の右手と、左の肩にヒットした。
佐門は出血するその手を抑え、後ろへと引くように逃げた。
しかしそのレーザーは的確に佐門を撃ち抜き、右足と左の太腿の行動を奪った。
「いくら足掻こうとも、撃ち抜かれる。ここで諦めて降参しな!!」
佐門は動くことが出来なくなり、絶好の的となってその場に座り込んでしまう。
ーーー佐門と樺留が戦うその横にある車道では、建琉の2センチ前に、鷲雄が能力によって変身したパトカーがピタリと停まっていた。と言うより、動くことができなかった。
ーーゴン……ガガガガガ……
「なんで、タイヤが空回りしてしまうんだ……!」
ぐぐぐという鉄の軋む音を立てて停るそのパトカーの後ろには、先程轢かれた鉄火が、パトカーに能力によって光る右手の指を食い込ませ、それ以上前へ進まぬように捕まえていた。
「お、お前は!!!
な、なんてバカ力なんだこの探偵!!」
「お前とは、『馬力』が違うんだよ。」
鉄火はそのままパトカーをスーパーマンさながら怪力、片手1本で真上へと突き上げた。
パトカーはぐおおおんと唸り声をあげる。
「も、持ち上げるとか正気か貴様!!降ろせよ!
というか、なぜ生きている!!!死んだはずでは……」
「車で人轢くやつが言えたことじゃないし、第1に車に轢かれた程度で死ねば無敵名乗れねぇだろうがよ!」
ーーー……遡ること2分前。
鉄火は大型トラックに変形した鷲雄に轢かれうつ伏せになるように倒れてしまうのだが、本当は轢かれてはいなかった。
トラックが鉄火を轢き殺すその手前、その鉄の塊は少しだけ「浮遊」をしたのだ。
これは建琉の能力によるもので、鷲雄がこのトラックに変形する際、アスファルトに転がる数個の小石を投げつけ、それは鷲雄のポケットにサラリと侵入をしていた。
そして轢き殺すという間際、その小石から蝶の羽が生成され、トラックの内部から押上げ、鉄火を轢くことを阻止できていたのだ。
建琉が今までに能力を使わなかったのは、これに対して能力を集中させていたからである。
通常、1匹分の羽根で約10kgの重さを持ち上げることが出来るが、それ一点に集中することにより、1匹分で数トンの重さを持ち上げることが出来るのだ。
そんなことも分からない鷲雄は酷く混乱を起こしていた。
しかしそんなことはお構い無しに、鉄火はその持ち上げたそれを思い切り地面に叩きつけた。
ーーーガシャァァァン!
その後また持ち上げ、今度はやり投げのごとく持ち構えた。
肩に乗るパトカーの形をした鷲雄は震えた声でラジオから話しかける。
「……あ、あの、これってどこかに投げようとしてますよね……?」
「あぁ、投げるけど?」
「それってどこに……?」
鉄火は空に浮かぶ、四角い物体を見ながら、質問に返した。
「いい的があるじゃない。」
そういうと鉄火はその場から助走も付けず、パトカーを投げた。
砲丸投げのようなフォーム、そしてまるで白黒のパトカーを、同じく白黒のサッカーボールかと思わせるような素振りで投げた。
パトカーは弧を描くように飛んで行った。
そして見事、樺留の変身した正方形に衝突し、2人まとめて真っ逆さまに落下した。
「鷲雄!!!な、何やってるんだお前はァ!!」
「すまねぇ樺留〜!!!」
轟音を鳴り響かせて着地する頃には、鉄火達3人が目の前にすぐ立っていた。
2人は能力を解除し元の形を取り戻したと思えば、着地地点のその場で土下座をし始め、3人にすみませんでしたと連呼をするのだった。
「や、雇われてたんだァ〜俺も鷲雄も、『
「そ、そうだよぉ!俺は工事現場で働いてるんだァ!ほら、この通り!」
情けない声で喋る2人をみて鉄火は近くに歩み寄る。
そしてポケットから携帯電話を出し、110の番号を押すと、電話を耳に当てて話す。
「あの〜、もしもし?探偵やってるものなんですがねぇ、ある殺人鬼を捕まえたんですよォ〜。」
すると鉄火は優しく樺留の肩を掴むと、その掴む手を金色に光らせた。
「た、助けてくれr……」
ーーズガン!
そして一瞬のうちに、樺留の身体を高速道路のアスファルトにめり込ませ、身動きを取れなくした。
もがく樺留を横目に鉄火は電話を続ける。
「あーはいはい、埋まってますから、捕まえに来てく……あーわかってますよォ〜そんなもんでじゃ、よろしく〜。」
ピッと電話を切ると、今度は鷲雄の胸ぐらをつかみ、耳元で囁く。
「さーて、よわよわ君。
私たちの車はあーなっちまった今、ここからの移動手段及び、情報提供をきみにやって貰おうと考えているのだが、異論は……?」
その問いに素早く震えながら「あ、ありましぇん!」必死にと答えると、鷲雄は素直に黒い高級車へと変身を始めた。
「うぅ……『ファスト・アンド・フューリオス』……。」
案の定その車に佐門はまた釘付けとなり、すべすべと表面をさすった。
「おい、これは米国の大統領を乗せる、通称『タイガー』と呼ばれる防弾高級車じゃあねぇかぁ!」
「いいから佐門……それは中で聞くから……。」
鉄火は佐門の首根っこを掴み、車内へと引っ張って行った。
そして鉄火は綺麗な運転席に座ると、ハンドルを握り、赤いニット帽をかぶり直す。
「それじゃあ行こうか。組のアジトにね。
それと、なにかつまる話ぐらい聞かせてくれよ。」
高級車に変身した鷲雄は「ぎょ、御意!」と返事をし、自動的にアクセルが踏まれその場を後にした。
その黒い車体には、明るい日光が反射し、道路脇のたんぽぽを明るく照らしていた。
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