THREE・「再戦コンビPart1」

 ーーその日、天候は雨。午前10時。


 事務所内は左門が掃除したのだろう。ゴミひとつない綺麗な部屋にて、


 ポツポツと窓に雨粒がぶつかる音と、スピーカーから流れる音楽が混じり合う中、いつも通り鉄火はソファで眠り潰れていた。

 左門はその対面の席で、書類の整理を行っている。


「はぁーっお前、寝てないで少しは宣伝とかさぁ、ポスター作成するとか何か……もっとこう、有益に時間潰せないかねぇ……寝てばっかでさぁ。

 俺がいない2ヶ月どうしてたんだ全く。」


 左門は書類をパサパサ見ながら問うが、鉄火は夢の中であり、何も聞こえてはいなかった。


 そのまま事務所内は雨音、陽気な音楽、書類の音の中時間だけが過ぎていった。




 ーーー事務所内の壁掛け時計が12時を指した頃。



 ーードガァン!



 急にも、事務所のドアが強引にも開けられる。

 蹴破られたようだ。


 その音に反応し、左門はパチンコ玉を右手でつまみ相手へ向ける。その際左手は右手に添えるだけである。

 そしてはね起きた鉄火はとりあえず両腕を金色こんじきに光らせた。


 そのドアからは、ビショビショに濡れた、「カタギ」ではなさそうな強面の男が入ってきた。

 そして蹴破られたドアからはちょろちょろと雨が流れてくる。



 ……その男は事務所のソファに座ると、懐から拳銃を出したと思うと、テーブルに置いた。

 そして鉄火たちの方を睨むと、タバコを咥えて火をつけ始める。



「急にすまねぇな……。頼みてぇ事があって来たんだが、邪魔じゃねぇか?

 この町にシノギ置いてる『星産組ほしうみぐみ』のモンだ。

『すたーいずぼーん(Star is born)』って覚えてくれや。


 俺がこうしてチャカ置いたのは、分かるよな?


『攻撃はしません』つーこったよ。」


 左門と鉄火は構えを解く。

 すると男は「分かってるじゃねぇか。」と話を続けた。


「俺の名前は『岡西・波佐実おかにし・はさみ』ってんだ。

 気軽に『はさみん』って呼んでくれや。


 そんで依頼なんだが、



『ある組を潰して欲しい』……。ってことなんだがよ。」


 それを聞いて鉄火は、鬼の形相で思わず怒鳴る。

 その声は事務所内をこだました。


「何言ってんだてめぇ?

 俺たちはなぁ、『便利屋なんでもや』じゃねぇんだよ!

 それにヤーさんに首突っ込むこともしねぇ!」


 怒鳴る鉄火に「まーまーまーまぁまぁまぁ。」と手のひらをこちらに向けながらなだめると、口からプフゥと煙を吐きまた話し続ける。


「お前の言い分もわかるし、これは組長命令だ。

 俺もちょっとは抵抗はしたぜ?

 しかしまぁ、お前らに適切だと思うネタなんだよ。


 それがな、俺たちのライバルの組はいま、そこらじゅうから『進化した者ニューエイジ』を集めて回ってるって話だ。

 これは情報屋から聞いた確かな事だ。

 その例をあげるとだな、

 この間この近くの公園での騒動があった『泡日 包あわび つつむ』……

 マンション荒らし事件の『伊崎 勇いさき いさむ』なんかがスカウトされ、今もまたシャバでその組のために働いているのさ。」



 その話に思わず鉄火は、


「なんだって!?」


 と、声を出してしまった。

 そして話の中で出た2人の男の名前を聞いて、鉄火と左門は驚きの表情を隠せなかった。

 またその2人と、今度は組み絡みで対峙することになるのだ。

 その顔を見て、まだ波佐実は話を続ける。


「これはお前たちが動かないなんてことはないだろ?

 倒した敵が今度は、手を合わせてやってくるんだからな。


 そこでだ。2人じゃアレだろうと、うちの組から唯一の『進化した者ニューエイジ』を手伝わせてやる。」


 そう言って指をならすと、蹴破られたドアから1人の男が、革靴を鳴らしながら現れた。

 その男も同様にビショビショである。


 ーーコツッコツッ……。


 髪型は白に染めたツーブロック。白いスーツと青いネクタイが特徴的である。


「こいつの名前は『白帆 建琉しらほ たてる』……。

 身長180cm……ガタイはいいしカオもいい男だろ。


 そしてなんと言っても、こいつの能力は……」


 波佐実がそう言うと、建琉は応じるようにに言った。

 その声はいわゆる低めのイケメンボイスと言うやつなのであろう。いい声をしている。



「フゥーッ……。

蝶のように舞えバタフライ・エフェクト』……!!」



 そう言うと建琉は傍にあった四角いラジオに触れる。

 すると突然、ラジオから青色の蝶の羽がバサッと生えたのだ。

 例えるなら「アレクサンドラアゲハ」という種の蝶の羽に似ている。

 そしてその羽はパタパタと羽ばたくと、ラジオが宙に蝶々のように浮きはじめた。

 ふわふわと浮くラジオを見ながら建琉は話す。


「僕の能力は『触れたものに蝶の羽を生やす』能力。

 羽1匹分で約10kgは浮かすことが可能。

 しかし生物には使えないし、そこまで素早く移動させることはできない。


 それが僕の『能力バタフライ・エフェクト』。」



 建琉は能力を解除し、ラジオを元の場所へ戻すと、波佐実はそれをカチカチといじりながら話を進める。

 ラジオからは天気予報やら音楽やらが垂れ流しである。



「と、まぁ依頼はこんな感じだ。

 情報によればあっち側の『進化した者ニューエイジ』は8人程度らしい。

 それと資金援助とかは気にすんな。俺の組から出してやる。


 ……これで依頼成立でいいか?」


 最後に波佐実は睨みを効かせるが、その睨みに対して鉄火はさらに睨みを効かせて返す。




「依頼したからには、それ相応に依頼料貰うし、責任というモノも持てよ……いいな?」


 波佐実はその睨みにフッと笑うと、鉄火の肩を2度叩き席を立つと、そのまま玄関口まで歩いてくと、ドアを開けて一言。


「覚悟なきゃヤクザやってないんでね。」


 そう言い残しこの事務所を後にした。




 ーーー時間は進み午後1時。天気はすっかり晴れていた。



 左門が建琉にコーヒーを入れようとした時のことである。

 キッチンにて、コーヒーカップを持ちながら鉄火に向かって叫んだ。

 鉄火はソファに眠りこけながらその叫び声に耳を傾ける。


「おーい!そこの暇人、ちょっとコーヒーの粉買ってきてくれよ。

 もうとっくに空なの忘れてたぜ。」


 その声に対して鉄火は顔に新聞紙を被せると、

「んなもん自分で行きゃあいいだろうに。」

 と、返す。


 しかし左門は

「お前、もう掃除も家事もやらねぇぞ。いいのか?」

 という禁断の交渉にでる。

 さすがにそれは嫌なのか、渋々鉄火は玄関に歩み、眠そうな面のまま事務所から出ていくのだった。




 ……通りを歩いて数分が経った頃。



 鉄火が目の前のコーヒーショップに立ち入ろうとした時である。

 ふと、ツーっと背中に冷たいものを感じたのだ。


 物理的ではなく、感覚的な、なにか視線のようなもの。


 それは前にも感じたことのあるもの。しかしその正体はすぐにわかった。



 鉄火の影からぬるりと、見覚えのある男が現れたのだ。

 その男よ顔は、間違いなく「泡日 包あわび つつむ」 その本人だった。

 格好は変わらず黒いマリンスーツであり、短めの髪型だ。


 冷静にも、お互い睨み合ったまま1分をすごし、先陣をきったのは鉄火の方だった。



「誰かと思えば。1度俺が倒したやつじゃねぇかよ。

 また負けに来たのかァ?それともリベンジマッチか?どちらにせよ、受けて立つぜ?


 ……『無敵インビンシブル』!!!」


 そう言うと鉄火は自身の両腕両脚りょうわんりょうきゃく金色こんじきに光らせ、ボクサーのように構えた。


 その構える鉄火に対し、包は髪をかきあげ、言葉を返す。

 その表情は怒りにも笑いにもとれる、複雑な表情だった。



「お前は俺が倒す……それは計画の内の一つである。

 あのヤクザがお前の所へ行って、俺たちを潰す依頼をしたのはもうわかってるのさ……。


 だからよ、俺はお前をころす。

 そしてお前以外のあの二人をよぉ、

伊崎 勇いさき いさむ』が殺すっていう計画なんだよぉ!

 俺は金で組のやつに雇われたのさぁ!」



 それを聞き、鉄火は構えながら「なんだと?」と反応すると、その反応で一手遅れたのか、いつの間にか走り込んできた包のフックが鉄火の顔に直撃した。


「ごぉお!」



 鉄火は自ら鼻を抑えると、包に向かって光る右の裏拳で攻撃を仕掛けた。


「ファーストアタックはくれてやる!」


 が、しかし、その攻撃は包が足元にある街路樹の影へ潜ることによって避けられる。




「甘いぜぇ!そんな攻撃当たるかぁ!」




 すると今度は鉄火の左にある街灯の影から、素早く包が飛び出してきたと思えば、その勢いのまま鉄火の頬を殴り抜ける。


「いっ……ぐぁ!」


 次に鉄火の右にある、先程とは別の街路樹の影へ潜ると、次に鉄火の後ろにある郵便ポストの影から飛び出し、勢いを殺さず後頭部を蹴り抜ける。


 その乱撃に思わず鉄火も動揺するが、自然と守りの体制へと移っていた。

 しかしその構えを無視するかのように、影から影へ飛び移る攻撃の嵐は止むことは無かった。


 金色に輝く、「無敵インビンシブル」が発動された四肢にダメージは無いと知る包の攻撃は、ほとんど腹や脇、顔に対する攻撃が占めていた。


 そしてその乱撃はしばらく続くのだった。


 ポストの影から……


 パシュッ


 木の影から……


 ドゴォッ


 自分の影、街灯の影、車の影、ありとあらゆるこの近くの影から飛び出し、殴られる……。


 鉄火は吐血し、頭から血が出るほど殴られる。そして被っている赤いニット帽が脱げ、地面にパサリと枯葉のように落ちていく。

 殴られ続ける鉄火を見て、包は殴りながら上から目線の態度で話しかける。


「どうだねこの乱撃は!

 技名つけるとすれば、『K・Jキリング・ジャーク(Killing・Jerk)』ってところかァ!?」



 鉄火はその声を無視し反撃しようと殴りかかるが、包はその拳を避け、今度はサバイバルナイフで鉄火の胸を切りつけた。


「遅いぞ……探偵!」


 今度の傷は深く、出血も多いその傷を見て包はニヤリと微笑む。

 包の内心は余裕綽々である。

 乱撃、斬撃の末、ついに鉄火をボコボコにし、勝つ未来しか見えなかった。

 しかし、その余裕は、鉄火の次の行動で打ち砕かれる。




 なんと鉄火はその傷を抑えると、無防備にも棒立ちになった。

 そして拳を下げ、目を瞑る。瞑想をしているかのように静かに呼吸をする。




「おい、何突っ立ってんだよ!

 負けを悟ったのかぁ!

 じゃあお望み通りぶっ殺してやるぜぇ!」




 包は性格が変わったかのような言動とともに、そのまま真っ直ぐ突っ込んでゆく。

 まさに猪突猛進。右手には逆手持ちでナイフが握られている。


 ……ダッダッダッダッ



 数秒で包と鉄火の距離は1mとなり、まさに今、包のナイフが鉄火を突き刺そうとしている……



 ……その瞬間である。




 1秒にも満たない刹那、包の顔には、光り輝く右拳がめり込んでいた。

 拳がめり込んだ彼のナイフが落ちると、鉄火は胸ぐらをつかみ、こちらに包の顔を寄せて話した。


「痛いだろ……今までお前が殴ったパンチ100発程度よりも、この一発はダメージを超えているはずだ……。」


 鉄火は胸ぐらから手を離すと、思いっきり腰を後ろへまわし、右拳はまさに真後ろへと伸ばされてゆく。

 左拳はその逆、真ん前……つまり包の顔の前に添えられた。

 鉄火のその構えが完成すると、右拳の光は一層強くなった。


「……さらに痛〜〜〜い一発……サービスしてやるからよ……そろそろ死んじまいな……



無敵の一撃てきなしのいちげき』……。」




 ーードッギャアオォオオオオオオン!




 鉄火は光のごとくスピードで右ストレートを包の胸に放った。

 そしてそれによるソニックブームが起こり、周りの建物や、車両のガラスがどんどん割れて行った。

 さらには周りには閃光が走り、一瞬だけ眩い空間と化すのだった。



 包は殴り抜けられると、体内でアバラを肺に刺したまま、近くに停められていた青いワンボックスカーに向かって吹っ飛んでいった。

 轟音を放ちその車にめり込むと、ビーッビーッとなるブザー音とともに息を引き取った。




 ーーー鉄火は額の汗を拭く。


 その汗は労働から帰った父親のような匂いの汗だった。


 鉄火は包のめり込んだ車を数秒見つめると、トレンチコートをパッパっと払って、聞こえもしないことを解りながらも語りかけた。


「これでお前とはさらばだ……あとは帰るだけさ……こんな怪我じゃコーヒーなんて買えないからな……。

 事務所の2人、もう1人が殺しに行ったって言ってたよな……。

 安心しろよ。あいつ左門は素の喧嘩なら俺よりつえーからよ。」


 鉄火は落ちたニット帽を被ると、ポケットに手を入れてその場を後にした。

 その際の心の中は、正直晴れた気分ではなかった。

 ヤクザに雇われただけの、一個人を殺めた。

 その事実は勝負に勝とうが変わらないからだ……。

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